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#白血病
しらすのお部屋
夕方。
四人の影が、静かに伸びていた。
その中心で――
永夢の体が、支えられている。
病院は、すぐそこにある。
見えている。
それなのに――
遠い。
一歩、踏み出す。
ぐらり、と視界が揺れる。
「……っ……」
足に、力が入らない。
もう何度目かも分からないほど、身体が軋む。
大我が歯を食いしばる。
「……こんな距離で……」
吐き捨てるように言うが、足は止まりかける。
飛彩も無言のまま、永夢の体を支え続ける。
その腕は、わずかに震えていた。
貴利矢は肩で息をしながら、前を睨む。
「……あと、ちょっとだ……」
自分に言い聞かせるように。
もう一歩。
それだけで、息が詰まる。
肺が焼けるように苦しい。
それでも。
三人は、永夢を離さない。
引きずるように。
支え合うように。
一歩。
また一歩。
ようやく――
ようやく――
自動ドアの前に、たどり着く。
人の気配。
「鏡先生!?」
「宝生先生!?」
その声に、周囲がざわめく。
「その先生たちも……早く!」
「大丈夫ですか!?」
「ストレッチャー持ってきて!」
緊張が、一気に張り詰める。
その瞬間。
張り詰めていた糸が、切れた。
「……っ……」
飛彩の膝が崩れる。
視界が揺れる。
「ぐっ……!」
大我も支えきれず、体を預ける。
貴利矢は、最後まで永夢を抱えたまま――
その場に、倒れ込んだ。
腕の中の永夢を、守るように。
「……あとは……まかせ……」
かすれた声が、落ちる。
四人は、その場で崩れた。
――病院の、すぐ目の前で。
だが。
「ストレッチャー!急いで!」
「バイタル確認!酸素準備!」
「全員搬送!急いで!」
駆け寄る足音。
伸びる手。
白衣が視界を埋めていく。
担架が差し込まれ、体が持ち上げられる。
誰かが永夢を受け取り、
誰かが大我を支え、
誰かが貴利矢の脈を取る。
――もう大丈夫だ。
飛彩の意識の奥で、そう理解する。
もう、自分が動かなくてもいい。
そう思った瞬間。
視界が、ゆっくりと暗転した。
意識が、浮上する。
重い。
全身が、鉛のようだった。
「……っ……」
ゆっくりと、目を開く。
ぼやけた視界。
白い天井。
ここは――
「鏡先生!!」
声が飛び込んできた。
看護師だ。
飛彩はわずかに眉を寄せる。
「……ここは……」
「病院です!入口前で倒れているところを……」
そこまで聞いて、思考が一気に繋がる。
「…他のやつは…どうなっている」
声はかすれていたが、はっきりしていた。
看護師はすぐに答える。
「花家先生と九条先生は」
「別室で処置中です」
「命に別状はありません」
一瞬の沈黙。
飛彩は小さく息を吐く。
だが――
次の瞬間。
「……小児科医は」
空気が変わる。
看護師の表情が、わずかに曇った。
「……宝生先生は、現在ICUで――」
そこまで聞いた瞬間。
飛彩の目が、鋭く開かれる。
体を起こす。
「鏡先生、まだ安静に――」
制止の声。
だが。
聞いていない。
点滴のラインを外し、立ち上がる。
ぐらり、と視界が揺れる。
それでも。
「……どこだ」
低い声。
看護師が戸惑いながら指を向ける。
「ICUです、ですが――」
最後まで聞かない。
「どの場所か聞いている」
低く、短く。
看護師がとっさに指し示す。
「この先の――」
言い終わる前に。
飛彩はすでに動き出していた。
足元はふらつく。
それでも止まらない。
(……待っていろ)
視線は、ただ一点。
永夢のもとへ。
廊下の先。
ICUの前で、飛彩の足が止まる。
ガラス越しに――
ベッドの上の姿が見えた。
永夢だ。
白いシーツの中で、微動だにしない。
モニターの音だけが、静かに響いている。
ピッ――
ピッ――
その時。
「よぉ」
横から声がした。
大我の声だ。
視線を向ける。
そこにいたのは、貴利矢と大我。
貴利矢が肩をすくめる。
「……遅かったな」
飛彩の目がわずかに細まる。
「お前たちも抜け出してきたのか」
大我がそっぽを向いたまま、鼻で笑う。
「さあな」
興味なさそうな声。
だが――
その視線は、一瞬だけガラスの向こうへ向いていた。
永夢の姿を、確かめるように。
貴利矢が小さく息を吐く。
「……行けよ」
目線でICUを指す。
「一番気になってんだろ」
飛彩は何も答えない。
だが。
そのまま扉の方へ手をかけた。
背後から、大我の声が飛ぶ。
「さっさと行け」
ぶっきらぼうに。
一瞬だけ、飛彩の動きが止まる。
そして――
扉を押し開けた。
ICUの扉が開く。
静かな空気。
機械音だけが、一定に響いている。
ピッ――
ピッ――
飛彩は迷いなく中へ踏み込んだ。
その瞬間。
「鏡先生!? まだ安静に――」
制止の声。
だが。
「構うな」
短く、遮る。
足は止まらない。
その視線は、ただ一人へ向けられる。
宝生永夢。
白いシーツの上。
微動だにしない。
呼吸は浅く、今にも途切れそうだった。
顔色は蒼白。
“危険”という言葉では足りない。
飛彩はベッドの傍へ寄る。
「状態は」
低く問う。
医師がすぐに応じる。
「意識レベル、著しく低下しています」
「バイタルも不安定で……」
モニターの数値が揺れる。
血圧、低下。
心拍、不整。
どれも限界域。
飛彩は無言で瞳孔を確認する。
反応は鈍い。
「……意識レベルは依然低い」
小さく呟く。
そして、モニターへ視線を移した。
弱い。
不安定。
飛彩の目が、わずかに細まる。
「……おかしい」
医師が振り向く。
「この状態なら――」
一拍。
「とっくに心停止している」
言葉が落ちる。
誰も、否定できない。
それほどの状態だった。
だが――
ピッ――
ピッ――
波形は、消えない。
ガラスの向こう。
貴利矢と大我は、無言でその様子を見ていた。
中の声は、聞こえない。
ただ。
飛彩の動きと、モニターの光だけが見える。
貴利矢が、わずかに眉をひそめる。
「……やべぇな」
小さく呟く。
大我は腕を組んだまま、視線を逸らさない。
「見りゃ分かる」
低い声。
軽口はない。
ただ、見ている。
永夢の姿を。
その頃。
永夢の意識の奥。
暗い空間。
どこまでも続く、静かな闇。
永夢は、床にぽつんと立っていた。
「……ここ……」
かすれた声が落ちる。
少しずつ思い出す。
レウコイド。
戦い。
最後の一撃。
「……勝った……んだよね」
その時。
後ろから声がした。
「一応な」
永夢が振り返る。
そこに立っていたのは――
パラドだった。
腕を組み、壁にもたれている。
「ゲームクリアだ」
永夢が小さく息を吐く。
「……そっか」
安心したように笑う。
「よかった……」
その瞬間。
体がぐらりと揺れた。
力が抜ける。
永夢はその場に崩れそうになる。
パラドがすぐに気づく。
「おい」
腕を掴む。
「倒れるな」
永夢は苦笑する。
「……もう無理かも」
パラドの目が細くなる。
「まだっ…」
沈黙。
永夢は少しだけ考えてから、笑った。
「……そっか」
パラドが眉をひそめる。
「なんだよ、その顔」
永夢は言う。
「でもさ」
顔を上げる。
「みんなは助かった」
「世界も」
静かな声だった。
「それでいいよ」
その瞬間。
パラドの顔が険しくなる。
「ふざけんな」
永夢が驚く。
パラドは睨んでいた。
やがて、永夢が小さく言った。
「……ありがとう、パラド」
パラドが眉をひそめる。
永夢は続けた。
「僕の気持ちを受け取ってくれて」
「みんなを救ってくれて」
少し笑う。
「お前は……最高の相棒だ」
静寂。
パラドの表情が固まる。
そして。
「……何言ってんだ」
低い声。
「最期みたいな言い方するな」
永夢は目を伏せる。
「でもさ」
「分かるんだ」
胸に手を当てる。
「僕の体……もう限界でしょ」
少し間。
「だから」
「ありがとうって――」
そこまで言いかけた瞬間。
パラドが永夢の腕を強く掴んだ。
「やめろ」
永夢が驚いて顔を上げる。
パラドは真っ直ぐ永夢を見ていた。
「終わってない」
静かな声だった。
「お前はまだ生きてる」
永夢が言葉を失う。
パラドは一歩、踏み込む。
「勝手に終わらせるな」
低く言い捨てる。
「お前が諦めたら、そこで終わりだ」
永夢の目が揺れる。
「ここまで来たんだろ」
「だったら最後までやれ」
掴む手に、力がこもる。
「逃げるな」
一拍。
パラドの視線が、ほんのわずかに揺れる。
言葉を選ぶように、口が止まる。
そして――
小さく、息を吐いた。
「……お前は」
一瞬の間。
「俺の――」
わずかに、言葉が詰まる。
だが、すぐに言い切る。
「相棒だろ」
ICU。
その時。
ほんのわずかに。
永夢の指が、動いた。
ピクッ、と。
飛彩の目が、即座に捉える。
「……」
一瞬の沈黙。
「反射か……」
だが、その直後。
モニターの波形が、揺れた。
ピッ――
一瞬、乱れる。
そして――
ピッ……
ピッ……
リズムが戻る。
ほんの少し。
だが、確かに。
飛彩の視線が鋭くなる。
「……心拍が」
医師たちがざわめく。
「数値、持ち直しています……!」
あり得ない変化。
この状態からの回復。
説明がつかない。
ガラス越し。
貴利矢の目が細まる。
「……おい」
大我も気づく。
モニターのリズム。
わずかな変化。
貴利矢が、小さく笑った。
「……やっぱすげえな」
大我は何も言わない。
だが、その目は否定していなかった。
ピッ……
ピッ……
弱く。
それでも確かに。
命は、まだ繋がっている。
コメント
1件
読み終えました。もう、息を詰めて読んでました……。四人が病院に辿り着くまでの、一歩一歩が重くて、本当に苦しかった。飛彩が点滴抜いて永夢のところへ向かうところ、あの執念というか、「待っていろ」の一言に全部が詰まってる感じがたまらないです。そしてパラド……「俺の相棒だろ」って、あそこで言えるの、ずるいですよ。永夢が諦めかけてもまだ戦う意味をくれたのが、もう……。 波形が戻った瞬間、心の中でガッツポーズしました。命がまだ繋がってる——この一文だけで救われる。次が本当に気になります。