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ピンポンピンポンピンポン
けたたましくチャイムが鳴る。
賢一がドアのロックを外すや否や新二が飛び込んできてきた。
「花は?」
「今、雪と二人で部屋に居る」
「話を」
賢一は部屋の扉をノックして新二が来たことを告げるが、中からは「無理」という花の声は震えていた。
新二は扉の前に行くと
「本当のことを言ったら花に嫌われるんじゃないかと思って、このまま黙っていたら何とかなるんじゃないかと言い出せずにいたんだ。ごめん、花を失いたくないと思う自分のエゴで大切な花を傷つけてしまった。本当にごめん。ちゃんと話すからチャンスをくれないか?」
しばらくの沈黙の後、カチャリと音がして雪が一人で出てくると新二に「中途半端なことをしたらコロスわよ。別れるなら潔く別れて。わかった?潔く別れて!いい?別れてね」と、不動明王のような形相で睨みつけた。
完全に別れることを前提にしているように思えた。
部屋に入るとずっと泣いていたんだろう、目を腫らし、鼻は赤くなっていた。
おれが花を泣かせてしまった。
椅子に座る花の前で正座をして、花の顔を覗き込む形で声をかける。
「ごめんな、ちゃんと話すから。森川さんに何を言われたのかはわからないけど、おれと森川さん、そして兄さんのこと、花が聞きたいことも全て話すから」
花はコクンと頷いた。
「森川さんとは11年くらい付き合ってました。ただ、森川さんとは幼馴染で彼女はずっと兄さんのことが好きだったんだ。それで、森川さんが高校に入学するタイミングで兄さんに告白したけど断られて泣いていて、そこにつけ込む形でおれが森川さんに告白して付き合うことになったんだ。だから、おれが中学の時から付き合っていたことになる。」
膝に置かれた手の甲に涙がぽたぽたと落ちてくる。どうしていいかわからず、横に置いてあったボックスティッシュから勢いよく数枚を抜き取ると花の手の甲を拭いた。
「でも、付き合っていた間も森川さんが好きなのは兄さんで、話を聞いていると思うけど仮の婚約者をしている時、兄さんんが帰国した途端兄さんに執着しはじめて、兄さんとの婚約から結婚を強行しようとしたんだ。焦ったおれは森川さんを有る方法で縛ろうとしたんだけど」
さすがに、妊娠させようとしたなんて言えないし、このあたりをどう説明したらいいのか悩んでいると
「妊娠」
バレていた
「そう、卑怯だけどおれとの子供が出来たら兄さんを諦めてくれると思った」
恐る恐る花を見ると、ティッシュで鼻を押さえながらも明らかに好奇の眼差しでおれを見ていた。
「どうなったの?」
「あっ、えっ」
「えっと、その生理が来ないっておれじゃなくて兄さんに報告して、兄さんの子として生みたいって、もし兄さんが嫌なら堕すって言われてたって」
「何それ!」
「あっ、うん。それで兄さんから連絡をもらっておれが立ち会って検査薬で検査してもらったら、陰性だった」
「待って、森川さんって新と付き合っている間ずっとお義兄さんが好きだったてこと?」
「・・・うん。おれと付き合うことで兄さんと間接的にでも繋がっていたかったって言っていた」
「それって」
花は言葉に詰まったように、黙ってしまった。
「だから、義姉さんと兄さんの仲のいい写真を見せれば諦めてくれると思ったんだ。それが、義姉さんを傷つける原因になってしまって、怒った兄さんが森川住販を潰して、全てを精算したんだ」
「あの日、両親の前でも森川さんは兄さんをずっと好きだと公言して、すごくショックだったけどまだ森川さんに気持ちが残っていて、両親が待たせていたハイヤーで森川さんを送っている時に、一度もおれを好きだと言ったことがないことに気がついたんだ」
いつの間にか泣き止んだ花は目が合うと、手のひらを見せて催促している。
「考えてみたら11年もの間、二人の交際は両親にも秘密にしていて、だからこそ、兄さんが仮の婚約者になっても疑われなかった。もしかしたら、兄さんの代わりにすらなっていなかったんじゃないかと、この後に及んでも兄を好きだと言った森川さんに絶望した」
花はうんうんと頷きながら、またもや手のひらを見せて催促する。
「そんなことを考えていたら、森川さんがおれの手を握って言ったんだ。“あなたしか残ってないから仕方がないわ”って」
「ええええええええ、ごめんなさい。それで?」
「そこでやっと目が覚めた。森川さんはこれっぽっちもおれを好きだったことはないんだって、そこで別れを伝えたんだ。だから、おれ達はもう別れているだよ」
「ねえ、それって。セフレってやつだったわけ?」
「え?あっ」
そう言われると、誰にも言えない関係だった。
恋人だと思っていたのはおれだけだったのかもしれない。
花に指摘されてなんだかストンと腑に落ちた。
「とりあえず、自称元カノさんってことでいい?」
「えっ、うん」
「自称元カノさんが姉ちゃんのことを泥棒猫とか言ったことはお義兄さんに説明してもらって嘘だったことは分かったけど、自称元カノさんはしばらく冷却期間を置いてから結婚するって。新が自称元カノさんと一緒にいたくて一緒に働くように勧めたって言ってた」
「は?」
多分、おれは今とてつもなく呆けた表情をしていると思う。
それほど、身に覚えがなさすぎて驚いてしまった。
「いやそれは無い。全てを無くした森川さんが可哀想だと思って同情した。森川さんは学生時代もアルバイトもしたことはなかったし、卒業後も仕事をしてなかったから、就職は難しいと思ったんだ。同情でもあり、おれを11年間見下してきたことへの小さな復讐でもあったんだ。おれが口利きをしてやったんだって」
「ちっさ」
花がぼそりと呟いた。
「小さい男でごめん」
「それでどうするの?自称元カノさんが新を好きだって言ってくるかも知れない。会社ではわたしなんかよりずっと長くそばにいるでしょ」
「パート社員だとしても、一度雇用をした人を私情で解雇はできないから。森川さんが自主的に退職するまでは同僚として仕事をして行くことになる。まさか、おれの浅はかな行動が今大切な人の禍になるなって思ってもみなかったから。これに関してはごめんとしか言えない。でも、森川さんにはきちんと言うから。この先、おれが森川さんに“情”を感じることは無いよ」
花の手を握って、しっかりと目を見つめる。
「おれは花が好きで好きでたまらない。これから先、何年かかるかわからないけどもう少し大きな男になるから。だから、ずっと一緒にいてほしい。花を愛してます」
赤く腫れた目に優しい光が灯る。
「避妊はちゃんとしてね」
まさかの言葉にきっとおれは埴輪のようになっているに違いない。
「独りよがりなことは絶対にしない。花が大切だから」
「じゃあ、過去ってことでいいんだよね?」
「もちろん。過ぎた過去はもうどうしようもないけど、未来は花と作りたい」
「うん」
二人で手を繋いで、兄夫婦がまつリビングに行き義姉さんに色々と謝罪をした。