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『指切りげんまん…』
嘘ついたら針千本飲―ます
指切った
はっきりと鼓膜に残った残響に鼓動がドクドクと異常な速さで高鳴る。小指に隠れていた“イザナくん”の体温が蘇る。
記憶の奥底に眠っていた“アノ子”と、私を誘拐した“イザナさん”が重なる。
『…イザナさん』
違う
『イザナ、くん』
酷く震えた、掠れた声でその名を呼ぶ。
その瞬間、脳に大きな衝撃が走り、ぐらりと視界が上下に揺れる。
そうだ、思い出した。イザナくん。大事な人。大好きな人。
二人一緒に過ごしたあの時の思い出が脳内に甘酸っぱく蘇ってくる。イザナくんの表情1つ1つがまるで何枚もの写真のようにはっきりと浮かび上がってくる。
イザナくんがいなくなった寂しさから古い記憶を埋め込んでいたあの日の自分の姿が鮮明に目の奥に焼き付く。
自暴自棄になって何度も何度も自分を傷つけたあの日の自分が。
憂鬱な感情が胸にいっぱいになって痛くてくらくらする。
『イザナくん…、イザナ、くん……』
今度は忘れないようにと、バカみたいにそう繰り返しながら急いで状況を見回す。
いつの間にか半間さんは私から離れ、稀咲さんの傍にいた。
「すっげ!!イザナはここまで強ぇーのかよ!!」
血塗れ、傷だらけ、泥だらけの中、半間さんの歓声は滑稽な残響となって木霊する。
「オイ!!マイキー!!!マジかよ?」
「これがオマエの実力か!?」
夏祭りでも来たかのような賑やかな表情で佐野さんを蹴り飛ばすイザナくんに絶句する。
鶴蝶さんも、タケミっちと呼ばれた金髪の少年も、他の男の人たちも、イザナくんと佐野さんの戦いを食い入るように見つめている。
「オレはオマエを救いたいんだ」
兄を想う強い弟の眼差しがイザナくんを突き刺す。
「うるせぇ!!」
イザナくんは鋭い声でそう叫び、またもや蹴りを一発佐野さんの鼻先目掛けて披露した。
─だが、それが佐野さんに当たることは無かった。
「もう当たんねぇよ」
佐野さんはするりとすんでのところで身をかわし、捻るような姿勢をとるとゴンッと鈍い音を鳴らしイザナくんの顔を殴った。その光景を目にした瞬間、のどの奥に指を突っ込まれたような苦しい衝撃が走り、思わず立ち尽くす。
カハッと血を出すイザナくんに追い打ちをかける様に佐野さんはまたもやこめかみ辺りを蹴った。ダンッと体を地面に打ち付ける固い衝撃音とイザナくんの耳飾りのカランという木製の涼しい音色が混じり合う。
「イザナぁあ!」
鶴蝶さんの断末魔に似た激しい叫び声が鋭く耳を破り、言うべき言葉を失う。血の生臭い匂いが吐き気を催し、今にも胃から何かが込み上げてきそう。
近付きたいのに、イザナくんの傍に行きたいのに足が地面にくっついたように動かない。居間にでも叫び出したいのに喉が凍って声すらも出せない。
「うあああああ!!」
その間も止まることなく地獄は続いていく。ぐしゃりと耳を抉るような音が鳴りやまない。
「稀咲!!!貸せ!!」
え、と言葉を零すよりも先にイザナくんが稀咲さんから奪い取ったものが視界の端を掠り、言葉を失う。
銃
さきほどの銃声と、金髪の少年が負った足の怪我を走馬灯のように思い出す。足だったから、致命傷に当たる部位じゃなかったからあの子は助かった。今も生きている。
でも今は?
銃は佐野さんの脳天に突き付けられていた。脳、心臓と同じくらい大事な部位。
「喧嘩でまで負けたら全部なくなっちゃうだろ?」
虚ろな表情で、そう呟くイザナさんの瞳はもう何も映していなかった。その真っ暗な瞳に冷ややかな感触が水のように背筋を滑り落ちる。
『やめて!!!』
さっきまで凍っていたのが嘘みたいに気付いたら勝手に体が動いていた。
カタカタと震える体を無理やり動かし、佐野さんを背に庇うように私は両手を広げる。その間に鶴蝶さんは振り払うようにしてイザナさんから銃を離させた。そのまま銃は重力に従い、カランカランと固い音を鳴らし、地面を飛び跳ねる様に遠くへと飛んで行った。
「鶴蝶…○○…、テメェら何しやがる?」
不機嫌を詰め込んだようなイザナくんの低い声に体をブルブルと犬みたいに震わせる。
冷や汗が体中に湧き出てきて気持ち悪い。乾いた涙が頬にくっついていてなんともむず痒い。
『わ、わたし。思い出したよ、全部。』
『イザナくんだよね…?ごめん、ごめんなさい。わた…し、全部忘れちゃってて』
『………ごめん、なさい』
声が恐怖で震えるのを抑えきれない。顔の底に溢れ出しそうになる涙を湛える。
「…もういいだろ…?オレらの負けだ」
必死に言葉を紡いでいく私たちを見つめるイザナさんの目は変わらず真っ暗で空っぽだった。
「おい幹部共、何ボーっと見てやがんだよ」
「はやく鶴蝶殺せよ」
生きるための重要な何かが、抜け落ちた表情に寒気がした。
「オマエはもう絶対に外に出さない。四肢切って鎖で繋いでずっとオレの傍に居させる。」
スラスラと綺麗に整った薄い唇から告げられた言葉にヒュッと喉が息を掠る。血だらけの自分の姿が脳裏を掠り、記憶の端に残る少年と目の前で歪んだ笑みを向ける少年の違いに
堪えていた涙がポトリと零れ落ちる。
最早、鶴蝶さんの声も、イザナさんの声も聞こえなかった。鼻に住み着いていたあの鉄っぽい血の匂いも消えていた。寒さで凍えそうになった指先も、もう何も感じない。人は絶望に陥ると聴覚も嗅覚も感覚すらも全て無くなるんだなと頭の片隅で思う。
『……ごめんなさい』
誰にも聞こえない、自分にすらも聞こえないか細い声でそう謝罪の言葉を口にする。もう何に対して謝っているのかも分からなかった。
「うるせぇえええぇぇ!!」
やっと聴覚が戻ってきた、そう理解した途端、ドンッと肩に衝撃が走り、焼けるような痛みが肩を襲った。
突然のことに驚く私の鼓膜に銃声が響き、視界には弾丸が金属音を伴って乱れ飛ぶのが見えた。
『…ぇ』
肩が焼けるように痛い、視界の端にチカチカと白い火花が散っている。
「ジャマなんだよ、テメェらは」
稀咲さんの手に握られている銃を見る。
そこで初めて自分が撃たれたことに気づいた。