テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
117
1,193
私だけを見てほしかった。
ただ、それだけだった。
けれど、その願いがあの人に届くことはなかった。
だって、見れば分かる。
あんな顔、私には一度だって見せてくれたことがなかったから。
その人となら、幸せなんだよね。
心から愛する人を、見つけたんだよね。
――それなら、私は止められない。
少しでもいい。
ほんの少しでも、私のことを好きでいてくれたら、それでいい。
そう思った、あの冬。
私は、あの人の前から姿を消した。
あの人の幸せを願って。
それから数年。
忘れるには、ちょうどいいくらいの月日が流れた。
ここねも、それなりに人と付き合った。
誰かを好きになろうともしたし、身体を重ねたことだってある。
けれど、誰と一緒にいても満たされなかった。
付き合ってはすぐに別れる。
そんなことを繰り返しているうちに、いつの間にか、恋人ですらない身体だけの関係を持つ相手までできてしまった。
そんな自分が嫌だった。
分かっている。
こんなことをしても、何も埋まらない。
それでも、一瞬だけ満たされるあの感覚を、やめることができなかった。
――そんなある日のことだった。
任務の報告書を提出するため、私は久しぶりに高専を訪れていた。
そして、そこで見つけてしまった。
久しぶりに見る、あの人の姿を。
「……悟」
少し離れた場所で、誰かと楽しそうに笑っている。
新入生だろうか。
昔と変わらない、眩しい笑顔。
懐かしい。
……羨ましい。
昔は、私もあんなふうに笑っていた。
悟とくだらないことで笑って、くだらない話をして。
けれど、線を引いたのは自分自身だ。
馬鹿だと思う。
素直になれない性格だから、いつも空回りして。
どうすればいいのかなんて、自分でも分からない。
だから結局、何もできないまま時間だけが過ぎていった。
――元気そうで、よかった。
それだけを思って、私は報告書を提出し、そのまま帰ろうとした。
そのときだった。
悟「もう帰るの?」
「……」
え。
嘘。
私に話しかけてる?
思わず周りを見回す。
悟「君しか今いないと思うんだけど?笑」
「……」
悟「久しぶりに会うのに、顔も合わせてくれないなんて……お前って、そんなやつだったっけ?」
胸の奥が、ズキッと痛んだ。
……うわ。
今の一言、結構くるな。
私は小さく息を吐いてから、ゆっくりと振り返った。
「……久しぶり」
目を合わせるのは、少しだけ怖かった。
それでも、悟の顔を見る。
「私って、元々こんな性格だったと思うけど?」
悟「へぇ~?」
悟は少しだけ目を細めて、私の顔を覗き込む。
悟「昔はもうちょっとニコニコしてたと思うけど?」
「……人って、変わるものでしょ?笑」
悟「……」
「それで?」
悟「それでって?」
「何か用?」
悟「用がなきゃ話しかけちゃダメなの?、久しぶりに友人の顔を見たから会いに来ちゃダメなわけ?」
「……友人」
その言葉だけが、妙に引っかかった。
胸の奥が、また少し痛む。
「別に?」
悟の顔を見ないように、視線を逸らす。
「ダメなんて言ってないけど?笑」
そして、何でもないことのように続けた。
「……私、このあと予定あるからさ。またね」
悟「……なんで」
「え?」
悟「なんで俺の前からいなくなったわけ?」
一瞬、息が止まった。
けれど、悟にはそれを悟られないように、私は笑った。
「……笑」
「気のせいだと思うけど?」
悟「……」
悟の視線が、じっと私に向けられる。
昔と何も変わらない、真っ直ぐな目。
――やめて。
そんな目で見ないで。
今さら、昔みたいに私を見ないで。
私はもう、あなたの隣に戻るつもりなんてないんだから。
「じゃあね、悟」
そう言って、私は背を向けた。
今度こそ、振り返らなかった。
高専を出てから、しばらく歩いた。
振り返らなかった。
振り返ったら、きっと悟がまだそこにいる気がしたから。
「……何やってんだろ、私」
小さく呟いて、スマホを取り出す。
通知を開けば、ちょうどタイミングよくメッセージが届いていた。
『今日、来る?』
画面を見つめる。
少しだけ迷ってから、短く返した。
『行く』
それだけ。
スマホをポケットにしまって、私はそのまま足を進めた。
――悟のことを考えないために。
今夜だけでも、忘れるために。
*
「……来たんだ」
部屋のドアが開く。
「うん」
「なんかあった?」
「別に」
靴を脱ぎながら答える。
「ただ、ちょっと疲れただけ」
「そっか」
それ以上は聞かれなかった。
この人は、そういうところが楽だった。
何をしていたのか。
誰と会っていたのか。
どうしてこんな顔をしているのか。
そんなこと、何も聞かない。
私も、この人に何も求めない。
それが、この関係のはずだった。
「……ねえ」
「ん?」
「今日、泊まっていい?」
「珍しいじゃん」
「……だめなら、帰るけど」
「いや、別に」
そう言って、彼が笑う。
その笑顔を見ても、胸は何も動かなかった。
悟の笑顔なら、あんなに苦しくなるのに。
「……そっか」
私は笑った。
自分でも分かるくらい、不自然な笑顔だった。
*
夜。
隣で眠る彼の寝息を聞きながら、天井を見つめていた。
眠れない。
目を閉じると、浮かんでくる。
――「なんで俺の前からいなくなったわけ」
「……」
あの声。
あの目。
昔と何も変わっていなかった。
「……忘れたと思ってたのにな」
自分でも驚くくらい、小さな声だった。
数年も経った。
その間に、いろんな人と出会った。
好きになろうとした。
忘れようともした。
身体を重ねれば、少しだけ寂しさが紛れることも知った。
なのに。
たった数分、顔を合わせただけで。
全部、元に戻された気がした。
「……ほんと、ずるいよ」
誰にも聞こえないように呟く。
隣にいる彼が寝返りを打った。
私は慌てて目を閉じる。
悟のことなんて考えていないふりをする。
自分自身にさえ、嘘をつく。
――だって。
もしまだ好きだなんて認めてしまったら。
あの冬、悟の前から消えた自分が、全部無意味になってしまう気がしたから。
*
翌朝。
目を覚ますと、隣はもう空いていた。
テーブルの上には、飲みかけの水と、簡単なメモ。
『先に出るね。また連絡する』
「……」
それを丸めて捨てることもできず、私はそのままスマホを手に取った。
通知を確認する。
――何もない。
当然だ。
悟から連絡が来る理由なんてない。
昨日だって、たまたま会っただけ。
「……何期待してんの、私」
自分に呆れて、スマホを伏せる。
その瞬間。
画面が震えた。
一件の通知。
知らない番号ではない。
数年間、一度も表示されることのなかった名前。
――悟。
「……え」
指が止まる。
怖くて、すぐには開けなかった。
それでも、震える指で通知をタップする。
そこに書かれていたのは、短い一文だった。
『昨日の「気のせい」ってやつ、僕は納得してないから』
「……っ」
心臓が、大きく跳ねた。
それからだった。
悟からの連絡が、少しずつ増えていった。
最初は、たった一言だった。
悟)今日、高専来る?
来ないよ。
悟)そっか。
それだけ。
なのに、その日の夜にはまたメッセージが届いた。
悟)じゃあ、明日は?
なんで?
悟)なんでって?
なんとなく。
悟)ふーん。
それ以上は返さなかった。
けれど、次の日。
任務帰りに立ち寄ったコンビニで――
「……え」
見覚えのある白髪が目に入った。
悟)やっぱりいた。
「……何してんの?」
悟)買い物。
「見れば分かるけど」
悟)冷たくない?
「普通でしょ」
悟)昨日も思ったけど、昔より冷たくなったよね。
「昔の私を知らない人みたいに言わないでよ」
悟)知ってるから言ってんだけど。
「……」
その言葉に、返事ができなかった。
悟は何でもないように笑って、私の横を通り過ぎる。
悟)じゃ、またね。
「……うん。またね」
その言葉が、妙に耳に残った。
「……なんなの。」
悟が何をしたいか全然分からなくて、でも嬉しいと思ってしまっている気持ちがあって複雑だった。
*
それからというもの。
妙に、悟と遭遇することが増えた。
任務先の近く。
駅前。
コンビニ。
高専へ報告書を届けに行った日には、ほぼ必ずと言っていいほど顔を合わせる。
「……ねえ」
悟)ん?
「最近、よく会わない?」
悟)そう?
「そうだよ」
悟)奇遇だね。
「……本当に?」
悟)何疑ってんの?
「別に」
そう言いながら、悟の顔を見る。
昔と変わらない。
いつも飄々としていて、何を考えているのか分からない。
でも――
昔より、私を見る時間が長くなった気がする。そんなことを思うと、少し口角が無意識に上がった。
悟)…
それを見られてたなんて本人は気づいてない
*
そして、連絡も増えた。
悟)今何してる?
仕事。
悟)終わった?
まだ。
悟)そっか。
数時間後。
悟)終わった?
「……しつこ」
思わず笑ってしまう。
「終わったよ。」
すぐに既読がついた。
悟)じゃあご飯行こ。
「なんで?」
悟)久しぶりに友人とご飯食べたいから。
まただ。
――友人。
その言葉を見るたびに、胸の奥が少しだけ痛む。
「今日は無理。」
悟)予定あるの?
「うん。」
悟)誰と?
「……」
なんでそんなこときおてかるんだろうなんて思った
「友達……」
嘘ではない。
少なくとも、そういうことにしておく。
少しして、返信が来た。
悟)そっか。
それだけだった。
なのに、その一言が妙に気になった。
*
その夜。
私はいつものように、セフレの部屋にいた。
「今日、なんか考え事してる?」
「……え?」
「ぼーっとしてるから」
「そんなことないよ」
「ならいいけど」
そう言って、彼はそれ以上何も聞かなかった。
私はスマホを伏せる。
画面には、最後に届いた悟からのメッセージ。
悟)また明日ね。
「……また明日、って何」
誰にも聞こえない声で呟く。
まるで、明日も会うことが決まっているみたいだった。
そして翌日。
高専へ向かう途中。
悟)――ここね。
「……」
振り返る。
そこには、悟がいた。
悟)おはよ。
「……おはよう」
悟は私の隣に並んで歩き始める。
悟)今日も会ったね。
「……うん」
悟)偶然って、面白いね。
そう言って笑う悟を見て、私は小さく目を細めた。
――本当に、偶然なのかな。
その疑問だけが、日に日に大きくなっていった。
高専へ向かう道を、悟と並んで歩いていた。
昨日のことが、頭から離れない。
別に、何も悪いことをしたわけじゃない。
ただ、いつものように彼の部屋にいただけ。
それなのに。
隣を歩く悟の存在が、今日はやけに気になった。
悟)ねえ、ここね。
「ん?」
悟)昨日は楽しかった?
「……え?」
心臓が、大きく跳ねた。
一瞬、足が止まりそうになる。
「……昨日?」
悟)うん、昨日。
「……何のこと?」
悟)何って、ご飯。
「……」
ご飯。
そうだった。
昨日、悟には「友達といる」と言った。
分かっている。
分かっているのに――
一瞬でも、別の意味を考えてしまった自分が嫌になる。
「……うん。まあ、普通に楽しかったよ」
悟)へぇ。
「……何?」
悟)いや、別に?
そう言いながら、悟は前を向いたまま笑っている。
「……なんか変じゃない?」
悟)何が?
「昨日のこと聞いてくるなんて」
悟)だって気になったから。
「……」
さらっと言われて、また胸が跳ねる。
悟)友人が誰と何してたのか気になるのって、そんなに変?
「……友人、ね」
思わず小さく呟く。
悟)ん?
「なんでもない」
悟)ふーん。
しばらく沈黙が続く。
私は悟の横顔を見ないように、前だけを見つめた。
――本当は。
昨日は、楽しくなんかなかった。
身体を重ねても、何も満たされなかった。
頭の中に浮かんでいたのは、ずっと悟だった。
でも、そんなこと言えるわけがない。
「……悟は?」
悟)ん?
「昨日、楽しかった?」
悟)俺?
「うん」
悟は少し考えるように黙ってから、口元を緩めた。
悟)うん。楽しかったよ。
「……そっか」
それ以上、聞けなかった。
けれど――
悟)でもさ。
「?」
悟)昨日より、今のほうが楽しいかも。
「……え」
悟)だって、久しぶりにここねと一緒に歩いてるし。
「……」
顔が熱くなる。
悟はそんな私を見て、楽しそうに笑った。
悟)なに、照れてんの?
「……照れてない」
悟)顔赤いけど?
「うるさい」
悟)ふふっ。
――ずるい。
そんなふうに笑われたら。
昔みたいに、戻りたくなるじゃん。
皆さんお久しぶりです❣️
ちょ〜久しぶりに投稿しました!!新しい小説を書いてみたんですけど、昔より上手くなってる気がします笑、昔の投稿を読み返したんですけど、……めっちゃ恥ずかしかったです。若いって素晴らしいなんて思いました笑
未だにこんなの書いてますけど、皆さんにいいなって思って貰えるようなものを書いたのでぜひ色んな方に読んでもらいたいです!
続きも出すのでお楽しみに~❣️
ぜひフォローもしてください😊
コメント
1件
おお…このエピソード、すごく切なくて、でも甘くて、一気に読んじゃいました。 再会した悟の「なんで俺の前からいなくなったわけ?」という言葉に、ここねの心が一瞬で揺れる感じが伝わってきて、胸がぎゅっとなりました。それでも「友人」と距離を置こうとする彼女の強がりが、逆に恋心を際立たせていて切ない…。ラストの「昨日より今のほうが楽しいかも」には思わず頬が緩みました。続きがとても気になります!😊