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清々しい青空の広がる、夏の始まり。
騒々しいセミ達が早くも大合唱を始めるその頃に、僕は学校の屋上で一人、雲の形を指先でなぞっていた。
苦しいだけの授業から抜け出して、灼熱の運動場で行われる体育の風景をぼんやり眺めたり、時には隠れて人の愛の告白を観察したり。
それが僕の日常だった。
夏休みだろうが関係なく学校に忍び込んで、ここで汗を垂らしながら宿題に頭を悩ませたり、それなりに屋上ライフを楽しんでいた。
「……………………暇だなぁ、なーんにもすることない……。トランプとか持ってくれば良かった…………。」
基本暇を持て余しがちな屋上ライフだが、今日は特にする事がない。まぁ、今日は定期テストの実施日だから体育がない、というのが大きい理由だろうか。
生徒指導の先生か、時々来る保健室の先生でも来てくれたらいいのに。
「………………………保健室、行こっかな。暑いし。」
そう呟いて、傍に置いてあったコンビニ弁当しか入っていないリュックを背負って、屋上の扉に手を掛けた瞬間だった。
ガタッガッタン、と立て付けの悪い金属製の扉が開いた。驚いて反射的にノブから手を離すと、そこから覗いたのはどこかで見覚えのある顔だった。こちらも驚いたような表情の、誠実そうな印象の群青の双眸に、色の一切抜けていない艶やかな漆黒の髪の毛。
「あ、隣の」
確か、僕が小学二年生の時に隣の家に引っ越して来て、僕が家に帰るのが遅いこともあり、引越しの挨拶の日から一切顔を合わせていないあいつだ。
なんで覚えてるかって、まぁ。
知り合いと呼べる人間でさえ、あまりいないから、だろうか。
「誰でしたっけ、すいません。」
案の定、相手は覚えていないようで、困惑したような表情を浮かべた。
当たり前である。七年間も言葉を交わしていないどころか、すれ違ってすらいない人間のことは、普通の人間なら覚えていないだろう。
「隣の家の白瀬。あの家の上から三番目の。」
そう言ってもあまりピンと来ていないようで、俯いて考え込んでしまう。
あの人達全員、全く家に帰っていないのだろうか。それなら隣の存在すらも知らないのかもしれない。
「…………………あ、あぁ!思い出した、あの引越しの挨拶の時の!」
考え込んでいる顔が面白くて覗き込んでいると、不意に勢い良く顔を上げて彼は叫ぶように言った。
いきなり大きい声を出されて、僕は若干の不快感を覚えながら彼の様子をじっと観察した。大きな音や声は苦手だ。小さい頃の無力感を思い出すから。
「詩音くん、だよね。久しぶり………っていうか、小二から会ってないか。」
あはは、と爽やかに笑う彼は見るからに『陽キャ』というやつだった。学校に登校してはいるが、教室な顔を出さないせいで認知されていない僕とは真反対の人間だ。
「………………今、テスト中じゃないの。」
疑問に思ったことをふと口に出すと、彼の笑顔が固まってしまう。あまりに動かないものだから、つんつんと頬をつついて様子を伺う。
もしかしてサボりだろうか、と密かに仲間が出来るかもしれない期待に胸を踊らせると、彼はぽつりと呟いた。
「死にに、きたんだ。」