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深夜。
自室で仕事の後片付けをするラフィーナ。
貴族とはいえ、楽な仕事など無い。
そのため、ラフィーナは毎日忙しく過ごしていた。
そんな中、部屋の扉がノックされる。
ラフィーナが許可を出すと、リオンが入ってきた。
「失礼します」
「リオン君、どうかしたの?」
不思議そうな表情を浮かべるラフィーナ。
それに対し、リオンは真剣な眼差しを向ける。
「ラフィーナ様にお伝えしたいことがありまして」
「何かしら?」
「はい。実は…」
リオンは今の自身の境遇を説明した。
その上で、なんとか自身を雇ってもらえないか?
失礼を承知の上で言った。
リオンの提案に対し、ラフィーナは首を傾げる。
そして、リオンの顔をじっと見つめた。
納得するラフィーナ。
しかし、すぐに難しい表情になった。
「申し訳ないけど、今は人手が足りているわ」
「どんな仕事でもやります!どうか…」
「貴方はまだ若いもの。焦らずとも、そのうち見つかるはずよ」
そう言って、リオンに部屋から出て行くように促す。
遠回しに言っているが、要は断られてしまったのだ。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
リオンは深々と頭を下げた。
すると、その様子を見たラフィーナは大きくため息をついた。
「お願いします!どうか…」
「…直球に言うわ。『この屋敷には』あなたに回せる仕事は無い」
貴族が関わる仕事は、代々世襲の場合がほとんどだ。
外部の人間に新たに仕事が回ることは非常に少ない。
もちろん、全く無いわけではないが…
「信用の問題ね。下手に外部の人間に仕事を回して失敗されたら、私たちが信用を失うわ」
「それは…」
「分かるでしょう?私たち貴族が仕事を任せるのは、『信頼』に値する人物だけ」
「それは…」
「話は終わりよ。今のあなたにその『信頼』は無い」
リオンを部屋から追い出したラフィーナ
彼女は今、自室で一人、悩んでいた。
リオンを追い返してしまったのはまずかったかもしれない。
あの時、自分はリオンになんて言ってしまった?
冷静になって考えると酷いことを言っている。
「リオンさん…か…」
彼はリリアの命の恩人。
だから、彼を追い返すような真似はしたくなかった。
しかし、他の貴族たちからすれば、そうはいかないだろう。
貴族にとって『信頼』とは命にも等しい価値がある。
その『信頼』を失うことは死を意味すると言っても過言ではない。
それはブルーローズ家にとっても同じだ。
だから、仕方がなかった。
しかし…
「まあ、せめて出来ることだけはさせてもらおうかしら」
そう呟くと、一枚の紙を取り出した。
そして…
ラフィーナに追い出され、リオンは廊下を歩いていた。
手痛く断られてしまった。
いくらリリアを助けたとはいえ、所詮は名も無き冒険者の一人でしかないのだ。
それも仕方がないだろう。
用意してもらった来客用の部屋に入り、寝る準備をする。
すると、ドアを叩く音がした。
「誰だろう」
そう呟き、ドアを開けるリオン。
そこにはシルヴィがいた。
彼女は、このブルーローズ家の護衛をする女騎士の一人だ。
「どうした?」
「シルヴィさん…」
「ラフィーナ様のところに行ったんだろう?部屋の外まで聞こえていたぞ。先ほどの話」
「はい…」
リオンは暗い表情になる。
そんな彼を見て、シルヴィは苦笑した。
「まあ、そう落ち込むな。お前はリリア様を救った。その功績だけで言えば、十分すぎるほど『信頼』できる」
「えっ?」
「しかし、他の貴族はそうは思わないだろう」
シルヴィの言葉を聞いて、リオンも納得する。
他の貴族から見れば、いきなり外部の人間を雇いだしたようにしか見えない。
社会的地位も何もない人間を。
そんな話が広がれば、ブルーローズ家の社会的地位も危うくなってしまう。
この国の貴族というのは、それほどまでに面倒な社会構造の中で生きているのだ。
とはいえ、そのおかげで怪しい者が紛れ込むこともないのだが。
「なるほど、確かに…」
「話は変わるが私の剣の腕、どうだった?」
「え?」
「一切の世辞を抜きにして、正直な感想を聞きたい」
突然、シルヴィに問いかけられ、リオンは困惑してしまう。
だが、シルヴィは真剣な様子で答えを待つ。
だから、彼は素直な気持ちを伝えることにした。
リオンは少し悩んだ後、口を開いた。
「…正直、あまり腕が立つとは思いませんでした」
「ほう?」
「まず、足運びが素人です。それから無駄な動きが多く、おそらく実戦経験は少ないと思います」
「ふむ、やはりな」
シルヴィは満足げにうなずいた。
そして、そのまま言葉を続ける。
「私の実家は代々護衛の騎士を務める家系なのだ。幼いころより鍛錬を積んできた」
「なるほど…」
「それ故か私は他人よりも力が強くてな。そこを買われて護衛の騎士となったわけだが…」
シルヴィはそこで一度言葉を切った。
そして、なんとも言えぬ表情で心境を吐露した。
「なかなか、そうは上手くいかないらしい」
実力はあるのだが経験不足。
貴族お抱えのお座敷剣術使い。
そんな感じで陰口を言われたこともあった。
「単純に考えれば、私よりもリオン、キミの方が護衛としてふさわしいだろう。しかし…」
ここで問題になるのが貴族が仕事を任せるのは、『信頼』に値する人物だけという話だ。
実力のある人間を雇い入れることができない。
もちろん、身元がはっきりとしているため怪しい人間が入る隙がない。
という利点もあるのだが。
「貴族というのもいろいろ大変なんですね…」
「ラフィーナ様もそこは問題だと感じてはいるのだろう。しかし他の貴族連中の手前、勝手はできない」
「なるほど…」
結局のところ、現状ではリオンがラフィーナの屋敷で働くことは難しいという事だ。
となれば、別の方法を考える必要がある。
しかし、この場ですぐに良いアイデアが出るはずもない。
すると、ここでシルヴィが言った。
困っているリオンを見かねたのか、彼女は提案してきた。
「『この屋敷には』リオン、キミに回せる仕事は無い。しかし…」
シルヴィはそう言いながらリオンに手紙を手渡した。
差出人はラフィーナ・ブルーローズとなっている。
この手紙は推薦状。
ラフィーナから、手紙の送り先の人間に対してリオンを雇ってくれないか。
そう言った内容の手紙。
じつはシルヴィは、ラフィーナから預かったこの手紙をリオンに渡すために、彼に話しかけたのだ。
「これを『ゴールドバクトの錬金術師』の元に持っていけばいい。あそこには信頼できる人材がいるからな」
リオンは深々と頭を下げる。
これでようやく一歩前進できた。
問題は、その相手がリオンを受け入れてくれるかどうかだ。
ダメ元でも行ってみるしかない。
「ありがとうございます!」
「それと、これを」
「これは?」
「『ゴールドバクトの錬金術師』の元への地図だ。その道のりを辿っていけば迷うことは無いはずだ」
「助かります」
「それに人探しをしているのだろう?『ゴールドバクトの錬金術師』に聞いてみるのもいいかもしれないな」
「ありがとうございます!」
もう一度礼を言うリオン。
それを確認するシルヴィ。
軽い笑みを浮かべ、彼女は静かに部屋を出ていった。