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月のない夜、灰に沈む聖堂の跡地に、一人の少女が立っていた。
白い衣を纏い、黒い瞳で空を見上げる。
その名はアリサ。
その瞳の奥に、ルシエルは見た――懐かしい“闇”の揺らぎを。
彼は思わず名を呼んだ。
「……エリシア?」
少女は首を傾げ、穏やかに微笑んだ。
「その名前、どこかで聞いた気がする。」
その言葉が、刃のように胸を裂く。
幾千の転生を経て、ようやく辿り着いた魂。
だが、彼女はもう彼を覚えていない。
ルシエルは膝をつき、焼けた大地に手を押し当てた。
「私は……おまえを探していた。永遠に。」
アリサは涙を流す。理由もなく。
魂の奥が、懐かしい痛みで満たされていく。
「……どうして、涙が止まらないの?」
「覚えていなくてもいい。もう二度と、おまえを奪わせはしない。」
そのとき――空が割れた。
眩い光が雲を裂き、天の軍勢――神の裁きが降臨する。
アリサの魂の“覚醒”を察した天界は、またしても二人を裂こうとしていた。
「やめろ……もう、奪わせはしない!」
ルシエルの叫びに応じて、黒い翼が再び広がる。
燃えるような炎が天を覆い、聖なる光を押し返した。
「神よ、赦さぬ。
おまえが彼女を奪うなら――私は、この世界を奪う。」
その瞬間、天地が逆巻いた。
海が煮え立ち、山が崩れ、星々が墜ちた。
天使たちの羽が燃え、人間たちの祈りが灰と化す。
それは“憤怒の終焉”、世界の葬送曲だった。
神の創りし秩序を、ひとりの堕天が焼き尽くした瞬間だった。
炎の中、アリサは震えながら彼に叫んだ。
「お願い、やめて! あなたが消えてしまう!」
ルシエルは彼女を抱きしめ、微笑んだ。
「かまわない。おまえが還らぬなら、この世界もいらない。」
二人の唇が触れた。
その瞬間、世界が白く弾けた。
――それが、終焉の口づけ。
光も音も消えた後、残ったのは灰だけだった。
彼の腕の中で、アリサの身体は崩れ、風に散った。
彼女の魂は、もうどこにもなかった。
燃え尽きた愛だけが、永遠の灰として残った。
神の声が再び響く。
“汝は光を裏切り、愛を業とした。ゆえに孤独の王となれ。”
ルシエルは微笑み、静かに目を閉じた。
「罰なら望むところだ。
愛を失った今、もう恐れるものはない。」
そして、炎が消えた。