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──あまり眠れなかった寝覚めの悪い翌朝、ようやく通って来た、家政婦の森本いづみさんに話を伺うことになった。
「私の部屋を掃除した際に、指輪を見なかっただろうか?」
すみやかに問いかけた彼に、彼女は一瞬目を大きく見開いて、それから無言で首を横に振った。
その素振りにどこか違和感を覚えていると、どうやらそれは彼も同じだったらしく、
「本当にか?」
と、問い詰めるような口調になった。
「……私を、お疑いになられるんですか? 私は、ここに勤めてもう長いのに……。疑われるのなら、もっと勤続年数の短い新参者の方が、怪しくはないんですか?」
にわかに口を開いた彼女が、急に冗舌に喋り出す。
「勤続年数の古い新しいは、関係などない。森本さんは、本当に指輪を見ていないのか?」
貴仁さんが有無を言わせぬ理詰めで話して、先ほどと同様に再び問いかけた。
「……。」
敢えて名指しをされたことで、彼女が動揺を顕わに黙り込む。
「話してくれないか。指輪は、大切な物なんだ」
「……私は、何も……」と、彼女が唇をきつく引き結ぶ。
「お話がお済みでしたら、私はこれで……」
踵を返そうとする彼女の手を、彼が「待ってくれないか!」と、とっさに掴んだ。
腕を捕られたことで、森本さんの顔がみるみる赤くなっていく。
それははた目に見ても、憤りとは違うように思えていると、
掴まれた手を振りほどいて、「……だって!」と、不意に彼女が感情的に声を荒げた。
「だって、私の方が、ずっと前から、あなたのそばにいたのに……なのに、そんな……そんな未熟そうな女性と、急に結婚だなんて……!」
彼女がキッと私の方を睨む。
その鋭い視線に怖気づく私に、
「心配しなくていい」
彼が顔を向けふっと微笑むと、
「理由はわかった。指輪を返してもらえれば、私は何も問わないから、出してくれないか」
ごく穏やかに、彼女へ話した。
持っていたカバンを探り、彼女が拳に握ったそれを、苦々しげにテーブルの上へ取り出す。
「ありがとう。もう行ってもらって構わない」
指輪を受け取って、変わらない物静かな口調で言う彼に、
「……どうして、責められないんですか?」
と、彼女が食い下がる。
「私が身勝手な恋愛感情で、結婚指輪を盗み取ったのに……!」
ヒートアップする家政婦の女性へ、
「……感情に、罪はないからな。君がそれほど思いつめていたことを、私は責めるつもりはない」
貴仁さんは淡々と告げた。
「だが、君自身が償いたいと思うのなら、今後は任せる」
決して強く咎めているわけではないのに、その言葉の重圧がひしひしと伝わるように感じる。
ただ、「……わかりました」とだけ口にして、森本さんが背を向けると、私にはやや釈然としない気持ちが残ったところも、少なからずあった……。