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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第189話:バレンタインデー。極限環境下のカロリー計算
総額数十兆円という、人類の歴史上最もバグった協賛金が飛び交った「極東モナコ雪祭り」の狂騒から数日後。
十勝の限界集落は、祭りの熱気を完全に凍りつかせるような、氷点下二十度の猛吹雪に再び包まれていた。
すべてを白銀に染め上げる過酷な大自然の暴力。
しかし、我が古民家の居間だけは、赤々と燃える薪ストーブの炎によって、今日も真夏のような平和な熱気に満たされている。
コタツのド真ん中では、我が家の絶対権力者である純白の神獣シロ様が、実にお上品に香箱座りをキメて丸くなられている。
縁側では、雪祭りの労働から解放された巨大ヒグマがフカフカのお腹を見せて爆睡し、その上でキタキツネの兄弟であるコン吉とコン次郎が丸まって眠っていた。
そんないつも通りの冬の昼下がり。
ガラッ、と玄関の重い引き戸が開き、雪まみれの防寒着を纏った小春ちゃんが転がり込んできた。
「お、お兄さん! こんにちは……っ!」
外の猛吹雪のせいか、それとも別の理由か。
小春ちゃんの頬はリンゴのように真っ赤に染まり、その手には、いつも持ち歩いている農具や除雪スコップではなく、可愛らしい赤いリボンでラッピングされた小さな箱が握られていた。
今日は二月十四日。
世間一般の暦では『バレンタインデー』と呼ばれる、製菓業界のロジスティクスが一年で最も活性化する日である。
「……ふむ。悪天候の中、わざわざ物資の補給ご苦労」
俺――アキヤは、コタツから一歩引いたマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛けたまま、いつも通りストイックにタッパーのフタを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減で炊き上げられた『玄米』と、自家製の『大豆ミートのビターカカオ煮込み』である。
世間が甘いチョコレートに浮かれる日であろうと、俺の兵站(ロジスティクス)がブレることはない。
大豆の植物性タンパク質と玄米の食物繊維、そこにカカオのポリフェノールを組み合わせた、需品科特製のパーフェクト・ミリタリーレーションだ。
俺が真顔で玄米と大豆ミートを咀嚼していると、小春ちゃんは少しだけムッとした顔をしつつも、モジモジとしながらその小さな箱を俺の前に差し出した。
「あの、これ……。いつも、配信の機材とかお世話になってるし……その、手作り、ですからね!」
恥ずかしさを誤魔化すように、やや早口で箱を押し付けてくる。
箱の中からは、上質なカカオと砂糖の甘い香りがふわりと漂ってきた。
その瞬間、ジンバルに固定されたスマホの画面の向こう側、五千万人のリスナーが接続する生配信のチャット欄が、突如としてナイアガラの滝のような速度で流れ始めた。
『うわあああああああ!!! 小春ちゃんの手作りバレンタインキタァァァ!!!』
『顔真っ赤にして渡すの可愛すぎるだろ!! 破壊力ヤバい!!』
『アキヤ、お前ここで変なこと言ったら世界中の男を敵に回すぞ!!!』
『エモい! エモすぎる!! 限界集落の青春ラブコメ最高!!!』
世界中の視聴者が狂喜乱舞し、青春の甘酸っぱい空気に包まれる中、世界の経済を裏で操る超弩級VIPたちもこの『一大イベント』に即座に反応した。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A sweet festival of youth!! I will buy a massive cacao plantation in Africa right now as a return gift for Koharu!“(青春の甘い祝祭だ!! 小春へのホワイトデーのお返しとして、今すぐアフリカの巨大カカオ農園を丸ごと買収してやろう!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”The economic effect of Valentine’s Day is immeasurable! I will manipulate the global chocolate futures market in celebration!“(バレンタインデーの経済波及効果は計り知れない! 祝いとして、世界中のチョコレート先物市場を操作してやるぞ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Nooooo!! Akiya, do not eat that!! I am air-dropping a ten-ton truck full of Godiva chocolates from a stealth bomber right now!!!“(いやああああ!! アキヤ、それを食べてはダメよ!! 今すぐステルス爆撃機からゴディバのチョコレートを十トントラック満載でパラシュート投下するわ!!!)』
総額数千億円規模の電子マネー(赤スパ)が、祝福と嫉妬の極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
国家予算レベルのバレンタイン闘争が勃発し、小春ちゃんが「か、カカオ農園……?」と目を回しているド真ん中で。
俺は、可愛らしい赤いリボンを冷徹な手つきで解き、中の手作りトリュフを一つ指で摘み上げた。
そして、世界中の富豪たちの絶叫と、シロ様の神々しいオーラに照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、いつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「小春ちゃん、素晴らしい物資の提供に感謝する。そして画面の向こうで、ただの糖分補給に巨額の資本を投下して騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『バレンタインの甘い空気でも絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・バレンタイン完全スルー編ww』
『さあ、この手作りチョコをどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは甘い恋の駆け引きでも、青春の一ページでもありません。いいですか、カカオに含まれるテオブロミンという成分は、我が陣地の生体アセット(シロ様やヒグマ、キツネたち)にとって致死性の毒物となります。つまり小春ちゃんは、彼らを危険に晒さないよう、人間である私のみが安全に代謝・処理できる『高密度カロリーブロック』を意図的に配給したのです。さらに、氷点下二十度という極限環境下において、糖分と脂質の塊であるチョコレートは、急激な血糖値上昇と体温維持を可能にする『遭難防止用の携帯食料(コンバット・レーション)』として完璧に理にかなっている。私がこれを単独で全量摂取するのは、陣地の安全保障(毒物管理)と、己のホメオスタシスを維持するための、需品科としての徹底した『毒性物質処理およびカロリー充填任務』に過ぎません。ええ、すべては冷徹な『リスクマネジメント』と『兵站の最適化』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!
背後から、大木をへし折ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、おばあちゃんたちが大量の芋団子を潰すために使っていた『特大のすりこぎ棒(無垢の樫の木製・重量約三キロ)』をどこからか引き抜き、両手で大上段に構え、俺の背中に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
三キロの硬質な木材が肉体に直撃した、鈍くも大地を揺るがすような恐ろしい大爆音が、猛吹雪の空へと虚しく響き渡る。
「ただのカロリー充填任務で、わざわざ赤いリボンで可愛くラッピングして渡す乙女がどこにいるんですか!! どう見たって、いつも面倒見てくれてるお兄さんに感謝の気持ちを込めて一生懸命手作りした、最高にエモいバレンタインのプレゼントでしょうが!! 私のピュアな乙女心を、コンバット・レーションとか毒物処理とかいうお役所言葉で粉砕するんじゃないわよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大すりこぎ棒スマッシュ炸裂www(音が完全に丸太ww)』
『高密度カロリーブロック(ただの愛情たっぷり手作りチョコ)』
『毒性物質処理任務(照れ隠しで一人占めする口実)』
『適応力バグおじさん、ついにバレンタインのチョコを遭難防止用の携帯食料に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、ラブコメの波動が一瞬でへし折られたわww今日も最高!!』
俺の理不尽極まりない栄養学的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ないすりこぎツッコミに、五千万人の視聴者たちは感動の涙から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、相変わらずすりこぎで叩かれても直らない特大サイズの鈍感下僕ね)』
コタツの上から、シロ様が呆れたように俺を見下ろし、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数千億円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、薪ストーブの暖かさの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
縁側では、俺の限界言い訳など全く聞こえていないヒグマが「グゥ〜♪」と長いイビキをかいて平和に眠り、キツネたちも幸せそうに丸まっている。
どんなに莫大な金が動こうとも、彼らにとっては、この穏やかな古民家で家族が賑やかに騒いでいる時間が何よりも尊い宝物なのだ。
「……まぁ、理由はどうあれ。我が陣地の最重要労働力(小春ちゃん)からの補給物資が滞りなく受領され、厳冬期を生き抜くためのカロリーが完璧に確保されたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺はすりこぎ棒の凄まじい衝撃で少しだけ痺れた背中をさすりながら苦笑し、舞い散る猛吹雪の音を聞きながら、タッパーの玄米と大豆ミート、そして甘い手作りトリュフを一緒にゆっくりと噛み締めた。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすための隠れ家(シェルター)だったはずが、今では世界一美しいオッドアイの神獣と、数千億円のホワイトデーを準備する大富豪たち、そしてすりこぎ棒を振りかぶる女子高生に囲まれた、世界一バグっていて温かい『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の魅せる圧倒的な尊さと、元需品科のブレない大豆ミート咀嚼、およびコンバット・レーションの限界屁理屈。
猛吹雪の限界集落で繰り広げられるバレンタインは、すりこぎの快音と大爆笑に包まれながら、さらに強固になった絆と共に、新しい春という名の未来へ向かって、どこまでも力強く走り出していくのだった。
コメント
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**リオン**: いやーもう、今回も最高でしたね。バレンタインに訪れる「高密度カロリーブロック」を堂々と需品科任務に組み込む限界言い訳のクオリティ際立ってましたよ。でも何より、すりこぎ棒フルスイングの快音が象徴するこの関係性の空気感が本当に好きなんです。シロ様のオッドアイの描写も、この古民家のぬくもりを一層際立たせてて。極寒と熱狂の温度差が読んでて心がじんわりあったかくなりました!