この作品はお名前をお借りしているだけでご本人様とは関係ありません。
昨夜の喧嘩は些細なことだった。
一緒にいる時間がすれ違ってしまって、あなたの苛立ちとロウの疲れがぶつかっただけ。
「勝手に拗ねんなよ」
「ロウが全然話聞いてくれないからでしょ!」
そんな言葉を投げ合って、ロウは配信部屋にこもり、あなたは布団にもぐりこんだ。
仲直りなんて、まだ先の話だと思っていた。
翌朝。
目を開けた瞬間、下腹部に鋭い重さが響いた。
(……最悪……今……?)
そっと手を動かすと、寝間着の内側が湿っている。
焦って布団をめくれば、薄い赤い染み。
喧嘩中。
ロウに話しかけづらい。
でもナプキンもない、薬もない。
(言えない……こんなの……)
胸がぎゅっと締まった。
恐る恐る部屋を出ると、ロウがキッチンにいた。
フードを深くかぶり、無言でコーヒーを淹れている。
あなたを見ると、一瞬だけ視線をそらした。
「……おはよ」
「……おはよ……」
言葉を交わしても距離が冷たい。
ロウはマグを持って配信部屋に戻ろうとする。
その背中を見て、助けを求める言葉が喉まで出たのに――
「……ロウ、あの……」
振り返った目のトーンが少し冷たくて、言葉が消えた。
「なに?」
「……ごめん、なんでもない……」
「そ。じゃ、俺戻るから」
バタン、と扉が閉まる音だけが響く。
胸がきゅっと痛くて、喉の奥がつまる。
そして、生理痛は刻一刻と強くなり続けた。
下腹部に波のような痛みが来るたび、足元がふらっとする。
(薬……買いに行きたい……でも外に出られる状態じゃない……)
歩くたびに血が落ちていくような感覚がして、冷汗が背中を伝う。
タオルを押し当てながら、ソファに倒れ込む。
それでもロウに声をかける勇気はなかった。
―― 気まずさのほうが、痛みに勝ってしまうなんて。
扉の向こうでロウの声がした。
「……いや俺が悪いわけじゃなくね?
ちゃんと言ってくれなきゃわかんないじゃん……」
会話相手は多分友達。
喧嘩の愚痴をこぼしているんだ。
(ロウだって、腹立ってるよね……)
そう思うと、また言えなくなった。
その瞬間、痛みが鋭くなり、視界がじわっと滲む。
「……っ、いた……」
ソファにしがみつきながら小さくうずくまる。
(お願い……誰でもいいから……少しだけ助けて……)
心の声だけが空回りする。
昼近く。
痛みは波どころか嵐みたいに襲ってきた。
顔から血の気が引き、手が冷えていく。
(……ロウ……)
名前を呼んだだけで、涙がにじんだ。
立とうとした瞬間、足がふらつき、テーブルに手をついて支える。
(やばい……倒れる……)
その時――
ガチャッ。
配信部屋の扉が開く。
「……飲み物取ろ……って、おい待て」
ロウがこちらを見た瞬間、表情が変わった。
「は? ちょ、お前……顔色……」
次の瞬間にはもう駆け寄ってきた。
「なんで震えてんの……え、寒い? てか汗……」
肩に触れたロウの手が、驚くほど優しく震えていた。
「ロウ……ごめ、ちょっと……」
「歩けないの? 痛いの? どこ?」
必死な声。
あなたが言えずに飲み込んでいたものが、堰が切れたみたいにこぼれた。
「……生理……きちゃって……ロウのシーツ汚しちゃって……でも……喧嘩してるから……言えなくて……ごめ……」
言った瞬間、ロウが固まった。
「……っ……マジ……?」
ひと呼吸おいて、唇を噛んだ。
「……バカ。なんで……それ言わねぇんだよ……」
怒っているようで、でも怒っていない。
ただ、自分を責めている声だった。
「俺……気づかずに……こんなになるまで……無視みてぇなことして……」
「ロウが悪いんじゃなくて……私が……」
「いいから黙れ」
ロウはあなたの肩をそっと抱き寄せた。
「泣かせんなよ……俺……」
震えた声で、額をあなたのこめかみに寄せる。
「歩ける? 無理なら抱っこする」
「……無理かも……」
「よし。もうしゃべんな。任せろ」
ロウはあなたを抱き上げた。
冷えた身体を温めるように、強く抱きしめながら。
ベッドに横たえると、ロウはシーツの汚れを見て一瞬だけ眉を下げた。
「こんなのどうでもいい。洗えば済む」
それだけ言い切って、あなたの髪を撫でる。
「……喧嘩なんて後でいい。今はお前が先。
ってか……これ気づけないとか、俺どんだけ鈍いんだよ……」
「昨日の……私も言い過ぎたし……」
「うん。でもそれとこれは別だろ」
ロウはそっとブランケットをかけてくれた。
「まず薬買ってくる。温かいのも用意する。
今日はずっとそばにいるから、もう無理すんな」
その声は、昨夜の冷たさなんてひとつも残っていなかった。
「……ロウ……」
「あい。言いたいことはあとで聞く。今は寝ろ」
あなたの頭を撫でながら、ロウは小さく呟く。
「……心配したんだぞ……」
その言葉は、涙がこぼれるほど優しかった。
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