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「私は文句の付け所がないと思うわよ。風磨さんの弟だからという身内びいきじゃないけど、怜香さんの執拗ないじめにも屈さなかった忍耐強い人だしね。あの歳にして人生の酸いも甘いも知っている感じだから、包容力はあると思う。同じぐらいの歳の男性より、ずっと大人びていると思うわ」
そう言って、彼女は残ったソースをパンで丁寧に拭う。
「三十代って言ったら大人に思えるけど、実際は二十代の延長で、まだまだガキっぽさが抜けていない人が多いわ。すぐにキレたり酔っぱらって路上で騒いだりね。でも尊さんは、何をしたら迷惑になるか理解している。篠宮家で息を潜めるように生きてきたから、というのは悲しい理由だけどね」
少し寂しそうに言ったエミリさんは、風磨さん越しに色々聞いていたのかもしれない。
「大きなストレスを抱えた人が非行に走るのは珍しくない。でも尊さんの胸の奥には、亡くなったお母さんと妹さんがいて『二人に恥じない生き方をしたい』という想いが強かった。少しでも道を踏み外せば怜香さんに『やっぱりあの女の息子』と嘲笑されるのが分かっていたから、意地でも清く正しく生きたのよ」
彼女は溜め息をつき、私を見て微笑んだ。
「その押し殺してきたものが、いつ爆発するか私は怖かった。でも彼は海外に行ったり、ピアノやダンスとか、興味を持ったもので自分を癒やしていった。とても素敵な事だと思うわ。……風磨さんはチマチマと車のプラモデルを作るタイプだから、家の中が凄い事になってるのよね」
「あはは、ホントですか」
まさか風磨さんがプラモデル好きとは思わなかったので、私は笑顔になる。
「私はアウトドアが好きだから、時々キャンプ場に引きずって行ってるけど」
「わぁ、キャンプ素敵」
目を輝かせると、エミリさんはニコッと笑う。
「アウトドアでのご飯作りや、キャンプファイアーとか、星空を見ながらコーヒーを飲むとか癒されるのよね。……今までちょっとストレスが多かったから」
目を逸らして微妙な顔をしているのは、怜香さんの事だからだ。
「まぁ、とにかく。そうやってストレスを自分なりに昇華できる人は大人だと思うわ。朱里さんとも浅からぬ縁があったみたいだし、尊さんなら彼女を大切にしてくれると思う」
エミリさんの見立てを聞き、恵は安心したように頷いた。
「私もいい人だと思うわよ」
春日さんはちんまりと盛られた豚肉と茄子のラグーソースのパスタをフォークでクルクルと巻いて言う。
「……何て言うかね……。器が大きいと思う。彼とまともに話したのは怜香さんを断罪する時だったけれど、計画を話してくれた時もピシッとしていて用意周到さがあるし、地頭のいい人だと思ったの。物凄い怒りを抱えていても感情的にならず、淡々と行動して社会的な制裁を与えられる人っていいと思うわ。子供っぽく喚くだけなら誰にでもできるから」
そういうものの見方をするのは、さすが春日さんだなと感じた。
男性を見る目が厳しい分、彼女の眼鏡に適った尊さんは大したものと思っていいんだろう。
創業者一族の令嬢だからこそ、コネと言われたり〝美人なお嬢様〟という見た目だけを意識され、有能さをなかった事にされる機会も多いかもしれない。
〝ろくでもない男〟を何人も見てきたからこそ、春日さんには審美眼が備わっていると思う。
春日さんは尊さんを評価したあと、私を見て微笑んだ。
「あっ、だからと言って異性としての魅力は感じてないからね? 私、人のものには興味ないから。……それに彼、どこか皮肉っぽくて暗い一面もあるから、あまり好みじゃないのよね。私は陽キャでキラキラしたタイプが好きかなぁ……」
言ったあと、春日さんはマンガのキャラの名前を言って「ぐふふ」と笑ったのだけれど、存じ上げない作品で申し訳ない。
「勉強しておきます」と言ってタイトルをメモしたので、あとから電子書籍をダウンロードしよう。
魚料理はオーブンで皮はパリッ、身はふっくらと焼いたヒラメに、アサリの出汁をベースにしたクリームソースが掛かった物だ。
「やっぱり恵さんは、親友だから心配?」
春日さんに尋ねられ、恵は「そうですね」と頷く。
「朱里は今でこそ明るく幸せそうですが、昔は思い詰めた表情をする事が多くて、何に対してもあまり楽しそうじゃなかったんです。そういう彼女を知っているから、結婚するって言うと色んな感情がこみ上げてしまって」
恵の言葉を聞き、二人は頷いた。
「本当に想ってくれる親友って貴重よね。結婚しても女同士の友情は続くわ。子育てで疲れている時に連れ出して、ガス抜きしてあげるのは恵さんの役目だと思う」
「……そうですね」
肯定された恵は嬉しそうに微笑み、――――笑顔で爆弾を落とした。
「春日さんってどうしてこんなに素敵なのに、彼氏がいないんでしょう」
「おんっ」
恵が言った瞬間、春日さんは撃ち抜かれた獣のような声を出し、両手で胸元を押さえた。