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岩山の頂上にあるとされる宮殿にたどり着いたのは、日が暮れる夕刻の時だった。岩と岩を結ぶ吊り橋は、みるみるうちにルティの顔色を青くした。そんな恐怖に耐えてもらいながら、頂上に続くレンガの階段を何とか登りきることに成功する。
「……大丈夫か、ルティ?」
「はいっ! 地面が見えれば問題ありません!!」
帰りのことはこの際気にせず、とにかく彼女が元気を取り戻したので良しとしよう。
岩山とは無縁そうな場所に建つ宮殿――その宮殿を囲むようにして小さな家がおれたちを出迎える。すでに辺りは薄暗く、頂上を明るく照らしているのは空に浮かぶ月の灯り。それ以外の灯りは家々の中に灯された蝋の火だけ。登り切った時点では俺たち以外に、人の気配も姿も見えなかった。
しかし――
「――おぉぉ……! 神の使いが訪れられた! 皆の者、神の腕が来られたぞ。早く外へ出るのじゃ!」
村の一人が声を張り上げると、一斉に家から人がわらわらと出て来た。数にして数十人程度だが、彼らの多くはおれの腕を見た後、すぐに平伏し始めた。
「な!? 何だ……? 何事なんだ?」
「ウニャ~? アック、何かやったのだ? 人間が畏《おそ》れているようなのだ」
「まだ何もしてないしここに来たばかりなんだが……」
「ほ、本当ですね? アック様って、実はとんでもない存在として有名なんじゃないですよね?」
「そんなわけないだろ……」
村の人間が平伏している姿はどう見ても崇めているようにしか見えない。
「イスティさま。イスティさまのその腕のことだと思うなの。その腕は、きっと――」
「フィーサは何か知っているのか?」
「わらわたちが向かっている神族国家ヘリアディオス……そこは、人間であってそうじゃない姿をしている者が暮らしているなの。イスティさまのその腕は神族の姿。だからなの……」
「つまり、たまたま獣の腕をしているおれが神に見えるから崇めている――そういうことか?」
「わらわもこの村に来るのは初めてなの。でもでも、神族国に近づいているし天を仰げる位置に宮殿を建てているのはそういうことなの」
神族が半神だとすれば、今のおれはそう思われてもおかしくはない。そうだとしてもこの状況は異様だ。
「……悪いが、頭を上げてくれないか?」
このまま崇められ続けても話が進まないし、気が休まることがない。そういう存在と思われていたとしても話だけはしてもらわなければ。
「ははーっ! ありがたきお言葉……」「さすがでございます」などなど、村人の何人かが声を張り上げる。神族を崇めている村で宮殿まで建てて、ずっとおれの訪れを待っていたのだろうか。
宮殿と言っても立派な建造物よりも天高くそびえる壁が存在を放っているだけだ。村の人間がずっと守っているようだが、宮殿の周辺には人の気配が感じられない。
「アック、どうするのだ?」
「……そうだな。とにかく一息つこう。すでに辺りは暗いし、どこにも行けないからな」
「ウニャ」
獣の腕だけ残っていたおれにとってはまさかの展開だった。獣化して不便ではあったが、これが思わぬ場所で役に立っている。
「神族さま。早速ではございますが、宮殿にご案内いたします。従者と従魔も共に進まれますよう……」
「そちらに任せる」
「ははー! 神族さま、あなたさまの名は何とお呼び致しましょう?」
「名か……」
ここは正直に言うべきところか。それともそれらしい名で名乗るべきなのか迷うところだ。
「アック様! アック様です!! とっても素敵なんですよ~」
早くもばらされてしまった。
「アックさま!! アックさま!!!」
何もしていないのに何だか申し訳ない気持ちになる。とりあえず今は立派そうな宮殿の中を楽しむことにするしかない。
体を休ませて、それから考えよう。