エントランスのろうそくにひとつずつ火を灯し、丁寧にランタンをかぶせる。
ちらちらと暖色に輝くそれを見ていると、心が落ち着く。
ホールが明るくなるこの時は、特別な夜という感じがする。
マスターは踵を返し、とある部屋へ向かった。
2つ並んだベッド。片方は樹、もう一つは北斗。それぞれ安らかな表情で静かに眠っている。
最後も2人一緒に、というのはスタッフの提案だ。
「お疲れ様でした。田中さん、松村さん、よい旅を」
手を合わせ、そっと告げる。
よい旅を、というのはマスターが旅立つ人にいつも言っている言葉だ。人生という第一の旅を楽しんだあとは、空の上での第二の旅に出かける。それがより良いものとなるように、スタッフ一同願うのだ。
きっと2人は今頃、自由になって空を飛びまわっている。
昨日の夕方、看護師が部屋を見に行ったとき、ベッドの樹の上に重なるようにして北斗が寝そべっていた。
たぶんベッドサイドに座っていて、そのまま倒れ込んだのだろう。
どんだけ仲良いんだよ、と突っ込みたくなるような距離の近さだった。
「もう少し、あの6人でいさせてあげたかったな」
スタッフルームで、マスターはつぶやく。やはり、誰かを見送ったあとにはわずかな後悔が残るものだ。
「でも花火を一緒に見に行っていたらしいですよ」
「そうか…」
「僕がセラピーに入ってたとき、高地さんやジェシーさんすごく楽しそうに話してました。気の合う人たちだって」
うんうん、と感慨深げにうなずいた。
「そういえば、森本さんもアロマセラピーしてたときそんなこと言ってたな」
あのときの幸せそうな顔を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれた。
マスターが窓を開けると、冷たい風が吹き込んできた。
「涼しいですね」
療法士が言う。昼間はそれほどでもないが、夜は寒くなってくる。
「あ、明日新しい入居者が来るから、よろしく」
スタッフを顧みて伝えた。
ここでは別れがあるのは当然。その次には、新たな出会いがやってくる。
スタッフは、ここで出会った人を大切に、送り出すまで寄り添う。また新しい人にもおもてなしを尽くす。
よし、と気合を入れた。
ふと肌を撫でるような風が吹き抜けたとき、あの6人の詩声が聴こえてきた気がした――。
終わり
コメント
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ガチ泣きしました。 一生心に残るような素敵な作品を読めて光栄です。