「…ん、」
「あ、起きたかぁ〜?佐古。」
「え、…あ、え?…」
俺の名前は佐古大和。
先程まで守若の兄貴と守り代の回収に行き、色々あって足を痛めおぶってもらった帰りに兄貴の背中で爆睡を決め込んだ京極組の舎弟だ。
いきなりだが、今恐ろしい事が現在進行で起こっている…!
今、俺は組内屈指の狂人兄貴・守若冬史郎の足の間に収まり、全体重を預けている状態なのだ。
何時も一緒に行動を共にしているとはいえど、こんな事は初めてで、困惑のあまり心臓が激しく脈を打ちまくっている。これこそ、心臓が口から飛び出そうということなのか。
「あ、兄貴!…これはどういう状況で…」
「佐古が全然起きないからさぁ、佐古で遊んでた。」
「あそっ…⁉」
遊んでいたというワードを聞いた瞬間、背中から全身にかけて、ざあっと鳥肌が立っていくのが分かった。
思わず身体が飛び起きそうになるが、兄貴に腹をぐっと押さえつけられうぐっと情けない声を発しそうになってしまう。
毎日俺と、いや、俺を健気な子供のように公園、事務所の庭、色々な場所であらゆる遊び方でおもちゃ扱いをされている。
すなわち、兄貴の言う゛遊ぶ゛は一般の意味合いとは遠くかけ離れているということだ。
俺は何かされたんじゃないかと、自身の身体に変化や違和感が無いか全身をくまなく目線だけで探す。
が、それといった外傷や痛み、苦しさなどは無くいつもの黒・赤・白の色を纏った俺の身体があるだけだった。
それに、少し信じ難いが兄貴に
「そんな痛い事とか何にもしてないよぉ。」
と口元だけ笑った顔で言われたので、よほどの事はしていないと見た。
本当は気付いていないだけかもしれないが…
まあ、そのレベルなら日常生活も仕事にも影響は無いと思っている。というか思いたい。
「ほ、本当ですか…?とりあえず兄貴を信じます…。」
勝手に自己完結をし、安堵しきった俺は、再び兄貴に体重を乗せた。
本当は出来るならばあまり寄りかかりたくは無いのだが、俺のへそ辺りでがっちりと指を組まれていて立つ事も起き上がる事も出来ない。
ずっと起きようと奮闘するも俺の腹筋が見事に敗北し、もう諦め大人しく身体を預けることにした。
やっと頭の処理がじわじわと追いついてきた時、ふと思った。
おぶられている時もそうだったが、なんか兄貴って凄く良い香りがする。
しつこくなく澄み切った清香のような匂いが、俺の鳴り止まない鼓動を僅かに落ち着かせてくれていた。
やはり、いい香水でも使っているのだろうか…?
匂い以外にも子供体温な肌や、安定して俺の身体を支えているがっしりとした体格の上半身や…。
ゆっくりした背中越しに伝わる兄貴のどこか優しい鼓動。普段は白目を剥いてしまいそうになるぐらい恐ろしいが、今、この一時だけはリラックスできてしまう。
俺ってチョロいな……。
思わず再度、眠気に駆られるのを何とかして抑えようとする。少しでも気を抜いたらまた根てしまいそうだ…。
ことのほか良いかも…。
というか、そもそも何故兄貴の足の間なんだ?今、俺達がいる所は事務所のとある一室の大きい焦げ茶ソファの上だ。
ソファは成人男性一人分がギリギリ寝転がれるぐらいの大きさになっている。
173cmの俺だったら膝を少し折り曲げれば快適に横になれるのに、何故わざわざ兄貴の足に寝かせられたのか…。検討一つも付かない…。
でも、守若の兄貴はどこか仕草などが猫っぽい。猫は気まぐれと良く言うし、理屈は無いのだろう。そう無理やり脳内で自己完結させた。
「あっ、兄貴。今って何時ぐらいでしょうか?」
「ん〜?えっとぉ、今はぁ…、11時。」
「ありが……え゛っ!?マジですか!?」
「うん、マジマジ♪」
どのくらい寝ていたのか、時間の感覚が無くなり分からないので兄貴に聞いてみた所、もう3時間も熟睡してしまっていた…。
マズい、凄くマズい…!
今日の13:00までに俺の兄貴分、久我の兄貴に提出しなければならない書類があるのに…。
しかもまだ2/1程度しか終わっていないのだ。
今日の空いた時間で終わらせようと放っといた過去の自分を殴りたい。
今すぐにでも取り掛からなければ…!
「すみません兄貴、この後提出しないといけない書類を終わらせなければいけないので手を離してもらってよろしいですか…?」
「え〜、やだぁ。少しぐらい遅れたっていいよぉ。佐古は伝説なんだからすぐ終わっちゃうでしょ?」
「確かに俺は伝説の男ですけど、まだ結構残っているんで…。お願いです兄貴っ、この手をっ、どかしてくださいっ!」
組まれた指をどうにか引き剥がそうと力いっぱい引っ張ってみるが、予想通りビクともしない。
「うぐぐ…ッ!」
「ほらほら佐古ぉ、もっと頑張れぇ!」
しかも、守若の兄貴はこの状況を楽しんでいるようで、表情は見えないが声色が機嫌がいい時のトーンになっている事が分かる。
伝説というが、俺も2年目のぺーぺーでまだこれといった実績は上げていない。そんな男が組内戦力上位を争う兄貴に勝てる訳がない。
再度試みてみるが、またしても。
もういっそ説得して納得してもらい穏便に済まそう。そんな事を考えたのも束の間、
「ん〜…ま、いっか」
「うわッ!?」
呟きと共に少し緩んだかと思うと、突然指と指を離され兄貴の手首を掴んでいた手が思いっきり空中へ弾き出された。
「今日は色々遊べたから特別に解放してやる〜。それに、伝説の男佐古からの命令だもんね。」
「へ、あ、ありがとうございま…」
いきなり過ぎる兄貴からの解放に心底安心するが、その裏腹にとてつもない不安を覚えた。
鳥肌が止まらなくなり、せっかく安定し始めた心拍数もどんどん上昇していく。息をぐっと肺に押し込みか細い呼吸しか出来なくなる。
兄貴は何をしても恐ろしい事がよく分かった。
「よいしょっと…。」
「ぎゃッ!」
左右の脇腹を突如掴まれると力を込める素振りもなく、兄貴が立つと同時にひょいっと俺の身体を持ち上げ床にぽんっと降ろされた。
もう軽々と持ち上げられる事には驚かないぞ…俺は。
「じゃあね、佐古ぉ。」
「色々と、うん。頑張れよ〜」
くるりと振り向き、手をひらひらさせる大きな後ろ姿を呆然としながら見送った。
「…きっと思い過ごしだよな!そう!うん…」
「…やっぱ何考えてるか分かんねぇ〜…」
後ろを向く瞬間の彼の口元が笑っているように見えたのは気の所為だろうか…。
本当に頭が弱いなぁ佐古は。
いつも沢山意地悪してる俺が無防備なお前に何もしない訳ないのにね。
何をしようかすっごく迷ったけど痛い事はなるべくしたくないし、あれが丁度良いよね〜。
前ね、駄菓子屋で会った子供に教えて貰ったんだぁ。
「自分の物には名前を書かないといけないんだよ!」って。
続く…
コメント
15件
名前を書く、、、最高ですね それを教えつ子供もナイスすぎます
名前書くの良いよね。はて、守若ニキはどこに名前を書いたのやら。佐古の反応も楽しみですね
自分のモノには名前…?考えるだけでも尊いですね…☺️ これが没とは思えないです…!神作をありがとうございます😊