追憶のマッチング
ホテルの部屋は、古びた壁紙と湿った空気に包まれていた。 外では雨が止みかけていたが、窓の外のネオンはまだ滲んでいた。
吐夢は、ベッドの端に座り、手嶋をじっと見つめていた。
「君は…怖くないのか?僕が何をしたか、知ってるはずだろ」
手嶋は、部屋の隅に置かれた椅子に腰を下ろし、静かに答えた。
「怖いよ。でも…それ以上に、君の目が気になる。あの水族館で見たときから、ずっと」
吐夢は笑う。 その笑いには、皮肉も、悲しみも、そして少しの驚きが混じっていた。
「僕の中には、壊れたものしかない。愛も、信頼も、全部…壊れてる」
「それでも、俺は君を見ていたいと思った。壊れてるからこそ、見逃せない」
沈黙が流れる。 ふたりの間にある距離は、ほんの数歩。 でも、その数歩が、今夜はとても遠く感じられた。
吐夢は、ゆっくりと立ち上がり、手嶋の前に立つ。
「君は、僕を救おうとしてるのか?それとも…一緒に堕ちようとしてる?」
手嶋は答えなかった。 ただ、吐夢の手にそっと触れた。
その夜、ふたりは言葉を交わさず、狭い部屋に一つ置かれたシングルベットで、眠りに就いた。 それが希望だったのか、絶望だったのかは、まだ誰にもわからなかった。
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