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麗太
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「なんか……どっと疲れた……」
私は石の上に座り込んで、肩を落としていた。
さっきのベヒーモスの衝撃が、
まだ胸の奥でドクンドクン暴れている。
緊張が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
「お、お姉ちゃん……大丈夫?」
エストが、ちょこんと隣に座る。
「大丈夫……ではないけど、生きてる。死んだけど」
私は額の汗をぬぐおうとして、頭に手を伸ばした。
その時──指先にひっかかる“異物感”。
根元が妙に硬い。髪じゃない。皮膚でもない。
(……ん?)
つまむ。
カチッ。
(んん??)
オデコの反対側も触る。
カチッ。
指先が“角のライン”をなぞる。
ぐいん、と丸みと硬さが指に伝わった。
「………………」
固まる私。
次の瞬間。
「ツノォォォォォ!!??」
「あ!気づいた?」
エストがにっこりと笑った。
「“気づいた?”じゃねえよ!!」
「うん! ツノだよ! かわいいでしょ?」
「かわいくねぇよ!? なんで生えてんだよ!? 鬼なの!? 私、鬼なの!? なんで人間辞めてんの!?」
胸の奥で、じわっと何かが沸騰する。
「あれ?……ツノが、すっごい赤くなってるよ?」
「ツノの色変わるの!? なんでぇぇぇ!!!」
「怒ってるからかな?」
「なるほどねぇぇぇッ!!!」
ツノがさらにギラァァァァッと赤みを増す。
「色でバレバレ! お姉ちゃん怒ってるの丸わかり!」
「え、待って……私の感情、ツノに出るの?これからプライバシーどうやって守ってけばいいの!?」
「あ!ピンクになったよ?」
「はい! 恥ずかしいからねぇえええ!?」
ズンズンと足音を鳴らしながら歩き回ると、床が穴あくレベルでヒビが入った。
「あと、さっきのベヒーモスの時もだけど、筋力おかしくない!?」
私は床のヒビを見てからエストに視線をうつす。
「あ、うん!肉体、私の魔力で作ったから! 強めにしたよ?」
誇らしそうなエスト。
「その“強め”って何!?」
ツノがピンクから赤に変わり──次の瞬間、虹色になった。
「あ! ツノが虹色だよ!? なるほど! 混乱すると虹なんだ!」
手をポンと叩くエスト。
「虹ッ!? 七色!? 面白生物爆誕!!
って誰のせいだと思ってんだ魔王ォォォ!!」
(二回目の人生、早くもハズレ確定なのォォォ!?)
それから私は胸元を見た。……ぺたん。
「ん……?」
(……まさか……)
ゆっくり、ほんの少し期待しながら手を添える。
(……頼む……せめて……B……いやA+でも……)
すぅ……っと深呼吸をする。
──そして。
「なんでぇ!? ツノは出たのに、胸が出てない!?」
《天の声:うるさい!それは“進化”じゃなく“淘汰”だ。》
また来たよ無機質やろうが!!
「ふざけんなよ! 消費者庁! 国民生活センターさぁぁん!?」
「お姉ちゃんの胸は……魂の形が……
もともと『ぺったん!』って堂々と名乗ってたみたいだし?」
目を逸らしながらエスト。
「言ったことねーよ!!」
(……。)
──その瞬間、頭の奥でブチッと何かが切れた。
私の周りの空気が、ぎゅっと冷たくなる。
視線の先、壁際に立てかけられた鏡に、ツノの生えた自分が映っていた。
(この魔王が、身体を作った!?)
「お、お姉ちゃん……ツノが真っ赤だよ……?」
「召喚時に身体を作ったって……言ったよね?」
「う、うんっ! お姉ちゃんの魂が死にそうだったから!
魔力で肉体を強くしたの……大変だったけど頑張ったの!
そしたらツノが出ちゃった!」
エストは胸を張ってから、ぺろっと舌を出した。
空気は読めないらしい。
「へ、へぇ?……死にそうに?」
「で、でも! かっこいいよ!? 鬼だし! 強そうだし!」
「ツノの話じゃない!!」
「……ん”? ん”ん”……?」
大きく首を傾げるエスト。
「……ふーッ……落ち着け、私……いや落ち着けるかぁああ!!」
……深呼吸。
「ふぅ……死にそうな私の“胸”にさ!?
わーい☆ 魔力☆ 注入☆──どーん☆が正解でしょ?」
「なんで!? それに私、そんなにアホっぽく喋らないよ!?!」
(言うよ、君なら言うよ)
その瞬間、ツノがどす黒く染まった。
「お姉ちゃんのツノの色ヤバい! 緊急避難!」
「逃げるな。正座しろ魔王。」
「ひぃぃっ! ごめんなさぁい!」
エストは半泣きになりながら、石の床にストンと綺麗な正座をした。
「この世界で生きていけるようにしようとしたのぉ!」
正座のまま、エストが必死に抗議する。
「はぁ!? 胸さえあれば人生にバフかかるでしょ!?」
ツノから、ぷしゅう、と湯気が上がる。
「お姉ちゃん、なに言ってんの!?」
「あああ!! 転生してもAカップなのかよーッ!!」
膝から崩れ落ちた。
「Aカップ……?」
エストが首をかしげた。
「え? お姉ちゃんの魂に書いてあった『A』って胸のことなの?」
「……魂に、そんな非人道的なこと書いてあるの……?エシックス問題よ?」
「ち、ちなみに何だと……思ってたの?」
声が震える。
「筋力の……A!」
「筋力? 私、女子よ……?
違う。A──カップのA、だよ……」
へたり込んだまま力なく告げる。
「お姉ちゃん、本当に悩んでたんだ……小さいの嫌なの?」
「嫌だよ!!」
思わず、嗚咽まじりに叫んでいた。
「ご、ごめん! 筋力だと思って……
胸だったら……もっと大きくできたのに……」
(は!?)
思考が停止した。言葉が出ない。
「で、できたの……?」
震え声が出る。
「できたよ?」
エストは小首をかしげて、当たり前みたいに言った。
「できたのかよぉお!!」
ちゅどーん!!
私のツノが大爆発した。
爆風。落ちる瓦礫。エストの悲鳴。
あと何か知らんがパリピみたいに七色に光る謎の閃光。
「!?!?!? ツノォォォ!! 自爆機能搭載!?」
「爆発したぁああああああ!?」
もくもく……。
煙が晴れるのを、しばし待つ。
「……」「……」
焦げ臭い煙だけが、魔王の間に残った。
私のツノの先が、黒く煤けている。
そして、深い沈黙の中、頭の奥にムダ様のお言葉が響いた。
『理不尽が来た?喜べ。殴る理由が増えただけだ。』
私は静かに目を閉じてムダ様のセリフを噛み締める。
「オーケー、ムダ様……楽しむよ……」
そして──ゆっくりと目を開ける。
目を開けると同時に、私はもう拳を握っていた。
「……?」
きょとんとするエスト。
「魔王ちゃん、セーブした?」
にこ、と笑いかける。
「笑顔が怖いぃぃ!!」
エストが壁際まで後ずさる。
「ほら、魔王ちゃん。おいで?」
ゆっくり一歩、間合いを詰める。
「ひぃい……い、一緒に世界征服してくれたらさ!」
「なぁにぃ? 魔王ちゃぁ〜ん?」
じり、とさらに近づく。
「き! ききき巨乳にできるかもぉおお!?!」
エストが悲鳴交じりに叫んだ。
(きょ!?!?)
「た! たたた! たぶん……だからお願い、殴らな──」
エストが言い終える前に、私はその手を掴み──
「はじめましょう。魔王エスト様。世界征服を。」
「ひぃぃぃぃ──」
──チュッ、と軽い音が響いた。
私はエストの手の甲に誓いのキスを落としていた。
「──ん……お姉ちゃん……?
せ、世界征服……はじめる……?」
「はい。やりましょう。今すぐやりましょう!」
シュイイィィン!!
その瞬間、焦げていたツノが高速で再生し、光り輝いた。
こうして私は、食い気味に心からの忠誠を誓ったのである。
──忠誠は速さ。契約は勢い。反省はだいたい後日。
「……」
にこぉ、と笑う。
だが、目は全く笑っていない。
「あははははは……どうしよう……」
プレッシャーに耐えられなくなったエストが笑い出した。
「はははッ!
巨乳が報酬なら、世界くらい取るわァーー!!」
気づいたら笑ってた。止まらなかった。
二人の笑い声が、石造りのダンジョンに響き渡る。
*
笑い終わったあと、ふいに静寂が戻る。
ダンジョンの冷たい空気と、
ほんのり残る余韻だけが漂っていた。
本当は、巨乳になれるなんて思ってない。
……五ミリくらいは期待してたけど。
それより、“家族”って言葉が、やけに嬉しい。
腹立つくらい。
何千回も「クソだ」と言ってきたくせに。
ま、そんなの絶対言わんけどね。
また“恥ずか死”するわ。
──そのとき。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「私ね……父様を探してるの」
「……父様?」
「だから世界征服するの」
「てっぺんまで行けば、きっと見つかるから」
そして、エストはニコッと笑った。
「……そっか」
その笑い方、知ってる。
ひとりで平気なフリをするやつ。
誰もいないのに、ちゃんと笑うやつ。
──私は小さく息を吐いた。
「……やるか」
「ほんと!?」
ぱっと顔を輝かせるエスト。
……単純だな。
でも。
放っておけるほど、他人じゃない。
「魔王がポンコツだから──私がやるしかないでしょ」
*
こうして、新しい「家族」との異世界生活が始まった。
──ふとした瞬間に思い出す。
(……アイツら、どうしてるかな)
東京の空の下で、くだらないことで笑っていた幼馴染のカエデとツバキ。
(……まぁ、アイツらのことだし。どこにいても、図太く生きてるでしょ)
私は小さく息を吐いて、エストを見つめた。
……今はそれで、十分だと思った。
──そして、この世界のどこかで。
あの二人も、絶賛やらかし中だったことを私は知らなかった。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『理不尽が来た?
喜べ。殴る理由が増えただけだ。』
解説:
ムダ様にとって理不尽とは、
苦しむ理由ではなく、拳を正当化するための自然現象である。
雨が降る。風が吹く。理不尽が来る。
ならば構えろ。
殴っていい。
抗っていい。
世界に踏みにじられた時、
この言葉は、少し優しく背中を押してくれる。