いつもと変わらない、穏やかな日々。
僕たち子供たちの憧れは、いつだって勇者だった。
「見て! 僕も雷の魔法を使えるようになったんだ!」
「羨ましいなぁ。僕は岩の魔法だったよ。将来はシールダーかなぁ……」
「岩の剣士でも、活躍してる人は多いだろ! 別に、勇者と同じ雷じゃなくても、活躍はできるさ!」
僕たち子供の、なりたい職業ランキングは、女の子を除けば、堂々の一位が兵士で、勇者だった。
「それじゃ、次のページをシグマに読んでもらおう。……っと、おーい、寝るなー。学校は寝る場所じゃないぞー」
「あげっ……」
「あはははっ! 昨日、徹夜でゲームでもしていたんだろう!」
何にも変え難い、穏やかな日々。
王家の長男として生まれた僕は、同じ生徒には内緒で、とある人物に会いに行くことを許されていた。
「うふふっ、シグマくんはまた怒られていたのね。君から聞く学校の話はいつも面白いわね」
「マリア様もいつかいらして下さい! きっとみんな喜びますよ!」
「そうね。いつか……平和な時が訪れるならば、子供たちが平和に暮らす学校にも行ってみたいわね」
マリア様はいつも穏やかで、いつもと変わらない笑みを浮かべさせて僕の話を聞いていた。
「それで、君も兵士を志願しているの?」
「もちろんです! 王家の長男ですし、雷の属性にもなれたんです! だから僕も、勇者みたいに!」
しかし、そう答えると、マリア様は陰った笑みを浮かべさせて、何も答えずにまた微笑んだ。
きっと、兵士になってしまうのが心配なのだろうと、子供ながらに感じていた。
15歳になり学校を卒業し、兵士訓練部隊に所属した時、あの時のマリア様の心境を知った。
子供たちも、平和に暮らす人たちも知らない、兵士になった者にしか伝えられないこと。
それは、本当の歴史。
「それじゃあ……僕たちが差別を受けているのは、闇魔法を使える為に、恐れられているから……? それだけのことで、僕たちは戦争を続けているのですか!?」
「貴様、次に言ったら処罰があるぞ。我々の任は常に、魔王 マリア=サトゥヌシア様を守ることにある。敵が戦争を仕掛けてくる以上、戦いは続くのだ」
「そんな……。だからあの時、マリア様は……」
僕たち魔族は、『魔法に愛された種族』を “魔族” として呼ばれていると聞かされていた。
しかし真実は、『閻魔の如く悪しき種族』として、他の国々から討伐対象とされているからだった。
「こんなことなら、何も知らない方が良かったよな。まあそれよりも、俺は憎しみの方が強いけど……」
「シグマ……」
「俺は早く兵士になって、他の国々の奴らを滅ぼしたい。早くこの国を、真に平和な国にしてやりたいね」
「それは……僕も同じ想いだけど……。でも、同じ人間なんだろ!? 殺してなんて……」
「随分と甘い考えだな。三王家の長男にして、雷属性の俺たちの世代のトップがそんなんじゃ、先が思いやられるってものだぞ」
「エルまで……! 別に、兵士になったことや戦うことを恐れているわけではない!」
そんな、不安とモヤモヤとした渦巻く気持ちが募る中、訓練は続き、ある時、緊急警報が鳴らされた。
カンカンカンカン!!
大きな音が国中に鳴り響き、結界の崩壊や、市民たちは直ぐに地下へと逃げるよう促された。
僕たち訓練兵も、護衛と称し、まだ戦場には出せないとして、市民の避難誘導に当たった。
「ふぅ、避難は無事に済んだな。上官の話では、乗り込んできたのはたった数人らしい。この市民区画にまでやって来なくてよかったよ」
「そうとも……言えないかも知れないぞ……」
エルは掌を黒く覆うと、黒いモヤが出現し、そこにはとある映像が映し出されていた。
「な、なんだその魔法!? もしかして闇魔法か!? まだ習ってないのに!」
「あぁ。聞いたその日から、自分で調べて特訓していたんだ。僕は風属性だから、攻撃系の闇魔法とは相性が悪い代わりに、こう言った魔法なら会得しやすかった。これは、知っている範囲の一部を見渡す魔法だ」
「知っている……範囲……?」
「あぁ。ここは、この国に住む者なら必ず一度は訪れ、そのお声を聞かせて頂いた場所。魔王城の大聖堂だ」
!!
その時、その場にいた全員の顔が陰る。
何故なら、遠目で分かり辛かったが、そこに映るのは、一人の女性と、数人の剣を持った男たちだったからだ。
「じゃあこれ……マリア様……!!」
「おい!! お前が行っても……!!」
背後から声を掛けられたが、もうこの時の僕は何も考えられなくなっていた。
急いで駆け付けなければならない。
きっと守ることなんて出来ないのかも知れない。
それでも、幼い頃より、僕の他愛のない話を楽しそうに聞き続けてくれたマリア様。
この国で一番偉いとか、守るべき王だとか、そんなことじゃない。
ただ、大事な人だから、その足は勝手に動いていた。
僕が駆け付けると、何故か、この国を強襲に来たはずの先頭の男は、涙を流し、武器を下ろしていた。
(な、何が起きているんだ……? 戦闘は……?)
僕は、少し遠くから会話を盗み聞くことにした。
「それじゃあ、魔族と言うのは、決して悪しき種族ではなかった……。それなのに、僕たちは……」
「しかし、ラインハルト……。我々の命は……」
「うるさい!! 国がなんだ! 命がなんだ!! 戦う意志のない者を、殺せるわけないだろう!!」
ラインハルトと呼ばれた金髪の男は、激昂しながら仲間の胸ぐらを掴んだ。
「僕たちは、変えなきゃいけない……」
「な、何を……?」
「歴史をだ……!! これからの歴史で、もう争いなんて起こらないように!! それが、今まで戦ってきた僕たちの終止符なんだ!!」
「しかし、そんなことどうやって……!!」
金髪の男は、そっと仲間の胸ぐらを離す。
「僕がここに残り、魔王をこの手で守り抜く」
「魔族を守るなど、命令違反にも程があるぞ!! お前は未来永劫、国の裏切り者として……」
「構うものか!! お前たちは、僕のことは好きに報告すればいい。どちらにせよ、お前たちだって、魔王を殺すことは……もう不可能だろ……」
そこに、一人の男が静かに現れる。
(あれは……勇者 ディアブロ様……!)
「話を聞いて頂き、そして信じて頂き、ありがとう。これが、魔王様の真意です。こちらから、もう手出しはしません」
それから、話は続き、平和的に解決に向かった。
僕は、静かにその場を後にした。
僕が兵士になった意味ってなんだったんだろう。
幼い頃に夢見た勇者って、なんだったんだろう。
結界が崩壊し、生まれて初めて夕焼けを見た。
夕焼けに向け、手を掲げる。
「あの金髪の男は、歴史を変えるって言ってた。僕は魔族で、他の国々からは忌み嫌われていて、勇者にはなれない……。でも……」
セノ=リューク 三王家 長男 雷属性 剣士。
「僕なりのやり方で、マリア様を守ってみせる……!」
それから数年後、暫く落ち着いていた戦争は、魔族軍からの攻撃により、再び再戦の狼煙が上げられた。
金髪の男がどうなったかは知らないが、その戦争で、僕たちの勇者 ディアブロは殺された。
ガタッと音を立て、木製のベッドから起き上がる。
「またこの夢か……。ははっ、まだまだ油断できる状況ではないのに、僕もまだまだ弱いものだな」
そうして再び、セノは眠りに着いた。
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