テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
まう
104
81
魚卵
75
ゆうき あきや
4,132
第182話:自己肯定感の爆上がりと、メディアミックスの魔法
「ふはははははっ! 聞いたか結愛! 三億円だぞ、三億円!!」
北海道、帯広市。
築三十年のボロアパート、四畳半。
俺——株式会社インフィニティ・ワン代表取締役社長、秋谷雪(40歳)は、三万円のゲーミングチェアの上で、両腕を天高く突き上げて高笑いしていた。
『……ルシフェル様。深夜に奇声を発するのはおやめください。隣の部屋から壁ドンされますよ』
PCモニターの中から、我が社の冷徹な経理兼アシスタントである結愛(ゆあ)が、絶対零度の声で注意してくる。
しかし、今の俺には、そんな氷点下ボイスすら心地よいBGMにしか聞こえなかった。
「壁ドンくらい何だ! 俺は今、無敵なんだよ! あの『三億円の女』、天才クリエイターの鰹節うめお先生から直々に『才能がある』って言われたんだぞ!」
俺は、デスクの上に置いてあった特売の袋麺(未開封)をマイク代わりに握りしめた。
「四十年間だ! 生まれてからこの四十年間、自衛隊やコールセンター時代は上司に怒鳴られ、ナマポ時代はケースワーカーから詰められ、起業してからは税務署に怯え、ずっと『俺はダメな底辺だ』って思いながら生きてきたんだ!」
俺の目から、キラリと熱い涙がこぼれ落ちる。
「でも、違ったんだ……! 俺のポンコツムーブは、天才の目から見れば『高度なストーリー・マーケティング』だったんだよ! 俺には才能があった! 俺は……天才社長だったんだ!!」
『……完全に頭がおかしくなっていますね。限界まで圧縮された自己肯定感が、年下の成功者からの「全肯定」という劇薬によって、一気に異常膨張(バブル)を引き起こしています』
結愛がため息をつきながら、残酷な事実を突きつける。
『ルシフェル様、深呼吸をして現実を見てください。貴方がどれだけ「天才」と持て囃されようと、来期の役員報酬改定までは、貴方の手取りがスズメの涙(月給10万円)である事実は1ミリも変わりません』
「うっ……」
『それに、うめお先生のアドバイスは、あくまで「これからのビジネスモデルを転換すれば」という前提のお話です』
結愛の言葉に、俺はコホンと咳払いをして、ゲーミングチェアに座り直した。
そうだ。ただ喜んでいるだけでは三億円には届かない。
先ほどの通話で、うめお先生は俺に、VTuber業界における【本当の稼ぎ方】をレクチャーしてくれたのだ。
『——秋谷社長。今のVTuber業界で、スーパーチャットや動画の広告収益だけに依存するのは、経営として非常にリスキーです』
スピーカー越しに聞いた、うめお先生の理路整然とした声が脳裏に蘇る。
『プラットフォームに高い手数料を抜かれ、残った利益も日本の高い法人税で持っていかれる。だからこそ、私たちが目指すべきは【メディアミックス】なんです』
「めでぃあ、みっくす……?」
『はい。キャラクターというIP(知的財産)を活用して、漫画化、グッズ販売、リアルイベント、そして展示会などを展開することです』
うめお先生の言葉には、確かなビジネスの重みがあった。
『物販や自社イベントは、プラットフォームに手数料を搾取されません。さらに、在庫や制作費を法人の【経費】としてコントロールしやすい。売上をそのまま手元に残し、会社を大きくするための最強の手段です』
「なるほど……!」
『御社のヨモちゃんや、ルシフェル社長のキャラクターなら、絶対にグッズやメディアミックスが当たります。……ただ、そのためには一つ、秋谷社長に足りないものがあります』
「俺に足りないもの? な、なんですか! 努力ならなんでもします!」
俺が食い気味に聞くと、うめお先生は優しく教えてくれた。
『【審美眼(しんびがん)】です』
「しんびがん?」
『はい。これから一流のイラストレーターやクリエイターと仕事をしていくためには、社長自身が「何が本当に美しいのか」「何が価値のある作品なのか」を見極める【目】を持たなければなりません』
うめお先生の声は、まるで迷える羊を導く女神のようだった。
『秋谷社長。騙されたと思って、まずは【絵の勉強】をしてみてください。美術館に行ったり、絵画の展示会に足を運んだりして、本物のアートに触れるんです。それが、三億円への第一歩ですよ』
——回想終わり。
「……というわけだ、結愛!」
俺は、誇らしげに胸を張った。
「俺はこれから、ただのハゲ和尚じゃない。【芸術がわかる、インテリジェンスな天才ハゲ和尚社長】にクラスチェンジするんだ!」
『……なるほど。言いたいことはわかりました。確かに、自社IPのグッズ展開やメディアミックスは、当社の次期中期経営計画においても必須の課題です』
結愛が、珍しく俺の意見(うめお先生の受け売りだが)を肯定した。
『社長が芸術に触れ、デザインの良し悪しを判断できるようになることは、会社の利益に直結します。……まあ、どうせ三日坊主で終わると思いますが、やらないよりはマシでしょう』
「ふっふっふ、見てろよ結愛! 俺の隠された『審美眼』が、ついに開花する時が来たんだ!」
俺は、すっかり芸術家気取りになりながら、ボロアパートの壁を見つめた。
雨漏りでできたシミすらも、なんだか前衛的なアートに見えてくる気がする。
「よし! 思い立ったが吉日だ。さっそく明日、帯広市内でやってる『絵画の展示会』がないか、スマホで探してみるぞ!」
自己肯定感が限界突破し、年下の天才師匠の言葉をすべて鵜呑みにした40歳のおっさん。
俺はウキウキとした気分で、スマホの検索窓に『帯広 絵画展』と入力した。
「おっ! 週末に駅前の『とかちプラザ』で、入場無料の版画展をやってるじゃないか! しかも来場者には、可愛いアニメキャラのポスターを無料でプレゼント!? さすが芸術、太っ腹だぜ!!」
俺は、資本主義の荒野に仕掛けられた最凶のトラップに向かって、意気揚々と歩みを進めようとしていた。
コメント
1件
さっき拝読した第182話、めちゃくちゃ面白かったです! 自己肯定感のバブルが弾ける寸前の秋谷社長、読みながら応援したくなる可笑しさがあって。 うめお先生の「審美眼」というアドバイス、物凄く納得できるんですよね。ビジネスの拡張フェーズで肝になる部分を的確に突いてて、ただのギャグ回で終わってないのが好みです。 締めの「資本主義の荒野に仕掛けられた最凶のトラップ」という一文にゾクっとしました。続きが気になりすぎます!