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結論から言うと、母はモンスターペアレント扱いだった。

PTA会議で持ち出された私のいじめ問題についても、加害者側の親が頑なに認めず、むしろ担任とタッグを組んで私の母を嘘吐きの悪者に仕立て上げたのだ。

何も知らない周りの保護者たちは彼らの言い分を信じるしかなく、母の訴えは早々に退かれた。

加害者側の親はいわゆる「ボスママ」的存在で、母の友達も見て見ぬふりをせざるを得なかったのだという。


「葵は、嘘吐きなんかじゃないのに、!」


泣きながらPTA会議から帰ってきた母の悔し涙を思い出すと、今でも胸が苦しくなる。

自分の訴えを粗雑に扱われた挙句、娘を虚言癖扱いされたのだから当然と言えば当然だが。

母が泣いている所を今まで見たことがなかった私にとっては、頭をガツンと強く殴られたような大きな衝撃だった。


私が、ちゃんと笑顔で学校に行っていれば。

母が泣くことはなかったんじゃないか。


どうしてもそんな風に思ってしまって、ぶるぶる震えて上手く回らない唇で「ごめんなさい」と紡いだ。

全くもって、意味の無い謝罪だった。


泣いている母を見ながら、血の気の失せた頭でぼんやりと、「あ、死にたいな」と思った。

それが初めての漠然とした希死念慮を抱いた瞬間であり、以後9年間ずっとソレに苛まれることとなる。




それから私は立派な不登校児になった。

いつかの工作の授業で買ったカッターを、腕に当てる毎日が始まった。

死にたい、死にたいと心の中で願いながらも、死ぬことはこわい。

そんな矛盾した心境で迷いながら当時作った傷跡はとても薄く、今では跡はほとんど残っていなかった。


そんな心の葛藤はすぐに母にバレた。

何も言わずとも娘がいじめを受けていることを察する母だ。

リストカットの傷に気づかない訳がなかった。


「葵、病院に行ってみよう。そこで相談してみよう。」


母は娘が自分を傷付けていることをいたく悲しんだ。

当時まだリストカットの概念がそこまで世間に浸透していなかった時のことである。

母の目には心配の他に、異質な行動を繰り返す娘への恐怖のような、理解ができないといった感情も浮かんでいた。

子供ながらにそういったものを感じ取ってしまい、酷く傷ついた。


母はすぐに病院に行くことを決意し、精神科を探した。

そうして予約を入れて、



「そんなこと、みんな思ってますよ。」


いじめを受けて、その事が辛くて、死にたいって思ってしまうんです。

決死の思いで告げた心の中の叫びを、目の前に座る医師は温度のない声でそう遮った。

メガネの向こうの細い目は私を全く見ていない。

事前に待合室で書かされたカルテの文字を追っている。


「えと、でも」


私は漠然とした死にたいという思いから解放されたくてここに来たのだ。

それなのに「死にたいなんてみんな思ってますよ」の一言だけで片付けられてしまっては、何も解決しないし、何よりここに来た意味が無い。

そんな気持ちで続けようとすると、医師は小さく溜息を吐いた。

面倒臭いな、と言っているような気がして、それがかつての担任と重なり動悸が激しくなった。


「カルテには、”辛かったことを思い出してリスカをしてしまう”って書かれてるけど。」


二の句が告げなくなった私には構わず、医師はカルテだけを見てそう告げた。


「リスカの傷はどんなものか、見せてください。」

有無を言わさぬ口調だった。

え、と私は思わずたじろぐ。

自分の母親を泣かせた忌まわしい傷を他人に見せるのは勇気がいることだった。

傷の程度を見て、どれくらい精神を病んでいるのか確かめるためだと今ならわかるが、

当時の私からしたら、「死にたい」という心の叫びを「みんなそう思っているから」という一言で無視され、見せたくもない傷を見せろと強要されたように感じて、会ったばかりの医師に対して不信感でいっぱいだった。


「……えっと……はい…」


有無を言わさぬ口調に「いやです」ともいえず、素直に袖をまくり左腕を見せる。

当時の私は、死にたいという気持ちと、死ぬのが怖いという二律背反の気持ちで葛藤しており、リスカの傷はそれほど深くなかった。

猫の引っかき傷のような線が無数に引かれている程度だった。


しかし、私にとって腕の傷は、私の心の傷を体現するようなものだった。

死にたい、でも死ぬのは怖い、もういやだ、しにたい、でも、しぬのは、

葛藤で苦しんで、夜になればいじめを受けていた頃のフラッシュバックで泣いて苦しんで、


わがままを言うなら、腕の傷を見せた時、辛かったね と一言言って欲しかったのだ。

そうでなくても、私が苦しんでいることを認めて欲しかった。


それなのに。


「あぁ、傷は浅い方なんですね。

じゃあ薬出しときますから。お大事に。」


医師は横目でチラッと私の腕を見て、面倒くさそうにそう言った。

思わず呆けてしまった私に、早く行ってくださいとでも言うようにドアの方を見て促す。


初めての精神科受診。

初めてのカウンセリング。


そこで私がされたことは、

幼いながらに苦しんでつけた傷跡を「浅い」の一言で片付けられ、

何に効くのか、何のための薬なのかも分からない漢方を処方されたことだけだった。

まるで、「そんなことで苦しんでるのか」と笑われているような気分だった。


この経験が、私の精神科・心療内科・メンタルクリニックへの不信感を助長させるきっかけとなった。

現に、自殺未遂をするまで追い詰められても、医療機関を頼らなかったくらいだ。

この時処方された謎の漢方は、未だに何の効果があったのか今でも分からない。

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