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「お先です、お疲れ様でした」

机を整理して立ち上がる。まだ残っている人に声を掛け、北斗はオフィスを出た。

中途採用でこのIT企業に入ってから1年ほどが過ぎた。

もともとデジタルは得意だったし、「ふつうの仕事」にも慣れてきた。

ただ前はほとんど友達のような関係性の人たちと仕事をしていたから、「上司」というのが怖い。もちろんターゲットが組織だったときも少し怖かったが、上司は違う種類の圧がすごいのだ。

サングラスで睨んで対抗してやろうかとも思ったが、それをやったらクビになるだろう。

でもどっちにしても、仕事終わりの晩酌というのは気持ちがいいものだ。

先に終わった同僚が居酒屋で待っているというので、指定された店に向かう。初めての場所だ。

のれんをくぐり、店内をさっと見回すと同僚を見つけた。カウンター席に座っている。

「お待た…」

が、そこで思わず言葉が途切れた。

北斗の視線の先に、どこか懐かしい雰囲気の男性がいた。この店のエプロンを掛けている。ほんの一瞬だけ視線がぶつかるが、すぐに奥へ入っていってしまった。

「高地……なわけないか……」

「おい松村」

その声で我に返る。

「ああ、ごめん」

「どうした?」

「いや、別に」

どことなくあの笑顔が似ていた気がしたが、人違いかもしれない。運ばれてきたビールを飲んでいるとすぐに記憶は隅に追いやられた。

目の前の同僚は、北斗の異色な経歴など知る由もないのだ。




「ふう…」

入ってきた男性を見て、高地はめまいがしそうになった。ずっと一緒にいた彼。見間違えるはずはない。

気持ちを落ち着かせていると、厨房に向かって声が飛んできた。

「生3つ!」

はーいと返事をし、ビールサーバーの準備を始めた。

料理は好きだったから、飲食業界に入りたいと思っていた。あまりお洒落な店は似合わないと考え、飲み屋街の居酒屋にしたのだ。

テーブルに行った隙に少し言葉を交わそうかとも思ったが、会わないことは別れるときに約束した。それぞれの新しい職場すらも伝えていない。店員と客という立場もある。

ぐっとこらえ、ジョッキを3つ持って出た。

「お待たせしましたー」

近くの席に座る彼をそっと見やる。

変わらない黒髪、広い肩幅。あのときとは違う紺色のスーツを着た後ろ姿でも、北斗そっくりだ。でもこれはビジネススーツだろう。

ビール片手にどこかの誰かと歓談している今の彼は、知らない彼だ。

聞かない限り、本人かどうかなんてわからない。でもそれはルール違反。本当かはわからないけど、元気そうで良かった、と一人高地は安堵した。

ほかの人に悟られないように、厨房にさっと戻った。


続く

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