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誰も知らない、高嶺の花の裏側2
第6話 〚計算の中にあったもの〛
教室を見回りながら、
担任はゆっくりと歩いていた。
後期が始まって、まだ数日。
席替えの空気も、ようやく落ち着いてきた頃だ。
(……今のところ、悪くない)
ざわつきすぎず、
かといって静かすぎもしない。
その中で、
ふと視線が止まる。
窓側、一番後ろ。
白雪澪と、橘海翔。
二人は机を少し寄せて、
同じ本を覗き込んでいた。
「ここ、前に読んだことある?」
「うん。でもその解釈は初めてかも」
声は小さいが、
楽しそうなのは一目でわかる。
担任は、思わず口元を緩めた。
(……やっぱりな)
澪は落ち着いていて、
自分の世界を大事にするタイプ。
海翔は人懐っこいが、
相手の空気を読むのが上手い。
無理に踏み込まない。
でも、放っておかない。
(相性は、いい)
席替えの時、
担任はただの勘で決めたわけではなかった。
性格。
人間関係。
過去のトラブル。
小さな要素を、頭の中で組み合わせて、
「一番、波が立ちにくい場所」を作った。
――それが、あの席だ。
「……先生」
声をかけられて、
担任は我に返る。
見ると、海翔が立ち上がっていた。
「どうした?」
少し照れたように、
でも隠しきれない嬉しさで、海翔は言った。
「席替え、ありがとうございます」
担任は、一瞬きょとんとする。
「……急にどうした」
「いや、その……」
海翔は後頭部をかいた。
「澪と隣になれて、めっちゃ嬉しくて」
澪は、横で静かに本を閉じ、
少しだけ視線を落とす。
耳が、ほんのり赤い。
担任は咳払いを一つした。
「先生はな」
落ち着いた声で言う。
「相性と性格、それとトラブルの起きにくさを考えて決めただけだ」
それは、事実。
青春への憧れ――
それは、胸の奥にしまったまま。
「ちゃんと集中できる席だろ?」
「はい」
海翔は即答した。
「めちゃくちゃ」
担任は、満足そうに頷いた。
「それならいい」
二人を一度見てから、
また教室を見回るため、歩き出す。
背中を向けながら、心の中でだけ思う。
(……本当に、いい雰囲気だ)
誰にも言わない。
言う必要もない。
教師としての判断。
それだけで、十分だ。
窓から差し込む光の中で、
二人はまた静かに話し始めていた。
担任はその様子を、
少しだけ振り返って確認し、
何も言わずに歩き続けた。
――この席が、
しばらくは、二人を守ってくれる。
そう、信じて。