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翌る日
防衛省市ヶ谷駐屯地へと向かう車列があった。
マイクロバスを先導する黒のセダンには、総務大臣の平山夏生や韓洋の姿もあって、検問所の警察官らは、通行許可を簡単に与えてしまった。
東京テロで破壊された格納庫周辺には、未だ規制線が張られていて、数人の自衛官が警戒にあたっていた。
車列は、市ヶ谷本町交差点を過ぎて基地正門前で停った。
マイクロバスの中から、前統合幕僚長・幣原喜三郎が降り立つと、周囲に居た自衛官や警察官達はどよめいた。
伝説の軍人、日本国の魂と呼ばれた男が、市ヶ谷駐屯地に姿を現したからだ。
モーニング姿の幣原は、周囲の人間に笑みを配り、マイクロバスの屋根に造られた壇上でマイクを手にこう言った。
「私は。この国を誇りに思う!」
詰め掛けた…というより、同行していた報道機関はさくらテレビ局のカメラクルーのみで、それは韓洋の権力の誇示であった。
臨時ニュースを他社に先駆けて報道し、世論の動向の行方を決定づける役割を、韓洋は自らかって出たのだ。
壇上には幣原をはじめ、平山夏生、韓洋、そして上念 F 海斗の姿も見えた。
皆一様に、周囲の人々に笑顔で手を振っている。
幣原の声が、ゆっくりと市ヶ谷エリアへ響きはじめた。
東京テロの中心部でもある、市ヶ谷駐屯地は、エリア ゼロと呼ばれていた。
黒のセダンから降り立った鷹野は、複雑な思いで幣原達の警備にあたっていた。
「鷹野班長ですよね!?」
その声に振り返ると、鷹野の背後に2人の男が立っていた。
痩身で、白髪混じりの男の目線はどこか伏し目がちで、対人関係はあまり得意ではない風に見えた。
もう1人の小柄な男はそれとは違っていた。
軽く頷く鷹野の元へと歩み寄り、握手を求めながら嬉しそうに言った。
「はじめまして。安座間と申します!鷹野班長の活躍はうちでも語りぐさですよ!」
「君も自衛官?」
「ハイ!と言っても、管制です」
「管制だって立派な仕事だよ」
握手を交わしながら鷹野は、安座間の額や顎先の深い傷跡が気になっていた。
その視線を感じ取った安座間は、気に留める素振りもなく自然に言った。
「羽田で任務についた際に出来た傷です。もう大丈夫です」
「墜落事故の?」
「ハイ、自分が誘導しました」
安座間の言葉に鷹野は思った。
同じ自衛官として、救いきれなかった命の重さをこの男はどう思っているのだろうか。
管制塔にいたならば、墜落の瞬間、クルーの声を聞いていたかもしれない。
その景色は、贖罪として一生つきまとうのだろうかと。
そんな鷹野の思いを知ってか知らずか、安座間は話題を変えた。
「嬉しいです!ご一緒出来るなんて夢にも思っていませんでしたから。色々と勉強させて下さい!私は三枝班長の様な自衛官になりたいんです」
「鷹野さんでいいよ」
「わかりました!鷹野班長!アッ!」
安座間は笑った。
鷹野もつられて笑うと、ようやくもうひとりの男が自己紹介を始めた。
「はじめまして。甲本です。おふたりとは違って、私は以前は教師をやっておりました」
鷹野と握手を交わした甲本の手は、ぶるぶると震えていた。