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学パロマラソン。
・・・彼氏がいたら、私もマラソン頑張るのになぁ・・・なんて。
すみません、夢女子みたいなこと言っちゃいましたね。
私は1500m6分30秒の鈍足なので一生無理な話です。・・・あ〜、彼氏欲しい〜
冬の夕暮れは釣瓶落としというが、空はすでに薄紫から濃い紺色へと溶け出し、河川敷の向こう側に広がる街並みにはぽつぽつと街灯が灯り始めていた。吐き出す息は白く、鼻の奥を突く空気は氷を削ったように冷たい。
「……ねえ、中也。もう一度だけ聞くけれど、これ、本当にやらなきゃいけないことなのかな?」
太宰治は、学校指定の紺色のジャージの襟を鼻先まで引き上げ、寒さに肩をすくめながら言った。ジャージの袖からは、不自然に巻かれた白い包帯がのぞいている。彼はもともと運動を好む性質ではないし、ましてや明日に控えたマラソン大会など、この世で最も不要な行事の一つだと信じて疑わなかった。
「当たり前だろ。お前、練習走行の時だって途中でサボって草むらで寝てただろ。明日の本番で恥かきたくねぇなら、足腰を慣らしとけ」
隣を歩く中原中也は、信じられないことに、この極寒の中で半袖・半ズボンの体操着姿だった。中学生らしい未発達な体つきではあるものの、日頃からスポーツに打ち込んでいる彼の四肢は、引き締まった筋肉のラインを露わにしている。中也の肌は寒風に晒されて赤らんでいるが、その瞳には冬の寒さを跳ね返すような、真っ直ぐで強い光が宿っていた。
「羞恥心なんて、私はとうの昔に川に流してきたよ。それより中也、その格好はなにかい? 原始人のコスプレ? それとも、寒さを感じない特殊な病にでも冒されているのかい?」
「うるせぇ。走ってりゃ熱くなるんだよ。ほら、口動かしてねえで足動かせ。行くぞ」
中也は軽く足踏みをしながら、前方の土手沿いに続く平坦な道を指差した。太宰は深いため息をつき、重い腰を上げた。正直に言えば、マラソンなんて死んでも御免だったが、「二人っきりで走る」という中也の誘いを断るほどの気力は、今日の太宰にはなかった。中也と二人で過ごす時間は、学校の喧騒や退屈な授業よりも、幾分か「まし」なものに思えたからだ。
走り始めると、冷気が肺の奥まで入り込み、内側から体を冷やしていく。太宰の足取りは重く、ジャージの擦れる音がやけに大きく聞こえた。一方で、中也の走りは軽快そのものだった。彼は太宰の半歩先を走り、時折振り返っては「ペース落とすなよ」と声をかけてくる。
河川敷を流れる水面は、夕闇を反射して鈍く光っている。周囲には人影もまばらで、時折通り過ぎる自転車のライトが、二人の影を長く地面に映し出した。
十分が過ぎ、二十分が過ぎる頃には、太宰の呼吸は目に見えて乱れ始めた。心臓が肋骨の内側を叩く音が耳元で鳴り響き、喉の奥が鉄の味で満たされていく。足は鉛のように重くなり、一歩踏み出すごとに膝が笑った。
「……っ、もう、無理。中也、私はここで、美しい死を、迎えることにするよ……」
太宰が膝に手をつき、その場に崩れ落ちそうになった。ジャージの襟元は汗で湿り、白かった肌は紅潮して、視線は力なく地面を彷徨っている。
「情けねえ声出すな! まだ半分も来てねえぞ」
中也が足を止め、太宰の元に駆け寄った。彼は全く息を切らしていない様子で、太宰の様子を覗き込む。
「死なないよ。マラソンくらいで死ねるなら、苦労しないだろう。ほら、手ェ出せ」
中也はそう言うと、太宰の細い腕を躊躇いなく掴んだ。包帯越しに伝わってくる中也の体温は、驚くほど熱かった。半袖から覗く中也の腕は、汗でしっとりと濡れ、冬の空気の中で湯気を立てている。
「引っ張ってやるから、足だけは止めんな。止まったら余計キツくなるぞ」
「……ひどい、スパルタだ……。君は前世で、奴隷商人か何かだったに違いないね」
文句を言いながらも、太宰は中也に腕を引かれるまま、再び足を動かし始めた。中也の力強い牽引に合わせ、太宰の体は否応なしに前へと進められる。中也の手のひらから伝わる確かな鼓動と、彼の背中から漂う健康的な熱。それは、一人で暗い部屋にこもっている時には決して味わうことのできない、圧倒的な「生」の質感だった。
中也は太宰の限界を見極めながら、絶妙な速度で走り続けた。太宰が躓きそうになれば、腕を引き上げて支え、呼吸が詰まれば「深呼吸しろ、吐く方を意識しろ」と的確な助言を飛ばす。
「中也は……どうして、そんなに、一生懸命なのさ。たかが、学校の行事じゃないか」
喘ぎながら問いかける太宰に、中也は前を見据えたまま答えた。
「たかがだろうが何だろうが、全力でやらねえのは格好悪ぃだろ。それに……お前が一人で置いていかれるのを、見てるのも気分が良くねえ」
その言葉に、太宰は少しだけ目を見開いた。中也のぶっきらぼうな優しさは、いつも太宰の斜に構えた心を、音もなく貫いていく。
一時間が経過する頃、二人の足取りはゆっくりとしたウォーキングに変わっていた。河川敷の起点に戻ってきた時には、周囲は完全に夜の闇に包まれ、冷たい月が空に浮かんでいた。太宰は土手の斜面に大の字になって寝転び、荒い息を吐き出しながら夜空を見上げた。
「……死ぬかと思った。いや、半分くらい死んでいたかもしれない」
「大げさなんだよ。ほら、風邪引くから起きろ。コンビニ寄るぞ」
中也も太宰の隣に腰を下ろし、膝を抱えた。半袖の腕には鳥肌が立っていたが、彼はそれを気にする様子もなく、やり切ったような晴れやかな顔をしていた。
二人は近くのコンビニエンスストアへと向かった。自動ドアが開くと、店内の暖かい空気が、凍えた肌を優しく包み込んだ。太宰はジャージのポケットから小銭を取り出そうとしたが、指先がかじかんでうまく動かない。
「アイス、食べるんだろ。俺が奢ってやるよ。練習に付き合った礼だ」
中也はそう言うと、冷凍ケースから二つのアイスキャンディーを掴み出し、レジへと持っていった。
店を出て、再び冬の夜気の中へ。二人はコンビニの前の縁石に並んで座り、アイスの袋を破った。
「……寒い中走った後に、さらに冷たいものを食べるなんて。中也の思考回路は、やはり理解しがたいね」
太宰は言いながらも、ソーダ味のアイスを口に含んだ。キーンとした冷たさが頭に響くが、火照った喉には心地よかった。中也はミルク味のアイスを豪快にかじり、満足げに喉を鳴らしている。
「いいんだよ、これが。冬に食うアイスが一番美味えんだよ」
街灯の下、二人の影がアスファルトに重なっている。太宰は、自分の隣で無防備に笑う中也を、横目でじっと見つめた。半袖・半ズボンという滑稽な姿、汗の引いた肌を赤く染める寒さ、そして、ただ隣にいるだけで伝わってくる安心感。
「中也」
「あ?」
「……明日の大会、もし私が途中で倒れたら、君が保健室まで運んでくれるかい?」
中也は最後の一口を飲み込むと、太宰の方を向き、不敵に笑った。
「倒れる前に、俺がお前のケツ叩いてゴールまで追い込んでやるよ。覚悟しとけ、太宰」
「それは、最も避けたかった未来だね」
太宰は溜息をつき、アイスの棒をじっと眺めた。そこには「はずれ」の文字が薄く見えていたが、不思議と悪い気分ではなかった。
冷たい風が二人の間を通り抜けていく。けれど、一時間走り続けた二人の体には、まだ消えない熱が残っていた。
「そろそろ帰るか。お前、家帰ったらちゃんと湯船に浸かれよ。筋肉痛になるぞ」
「中也こそ、その格好で帰るなら、凍死しないように気をつけるんだね。君がいなくなったら、誰に明日のマラソンを邪魔してもらえばいいか、分からなくなるから」
「……邪魔じゃなくて応援って言え、この唐変木」
中也が太宰の頭を軽く小突き、二人は立ち上がった。
河川敷へと続く道、二人の歩調は今度は自然と重なっていた。明日のマラソン大会が、相変わらず憂鬱であることに変わりはない。けれど、走るという行為に付随した、この心地よい疲労と、隣にいる少年から分け与えられた熱があれば、それほど悪くない一日になるかもしれない。
「ねえ、中也」
「なんだよ、しつこいな」
「明日、もし私が完走できたら……またアイス、奢ってくれる?」
「……完走できたらな。約束だぞ」
二人の会話は、冬の夜空へと白く溶け込んでいった。
ジャージの擦れる音と、スニーカーがアスファルトを叩く音。
それだけで満たされた、静かで、けれど確かな熱を持った夜だった。
太宰は、隣を歩く中也の手を、一瞬だけ強く握りたい衝動に駆られた。けれど、それはまた別の「完走」の時まで取っておくことにした。今はただ、この冬の冷たさと、アイスの甘さと、中也のぶっきらぼうな優しさを、全身で味わっていたかった。
夜の闇は深く、けれど二人の行く先を照らす街灯は、どこまでも温かく続いていた。
マラソン大会前日。
それは、二人にとって、ただの練習以上の、何物にも代えがたい「二人だけの儀式」だったのだ。
太宰治は、もう一度だけ、自分の腕に残る中也の熱を確かめるようにして、ゆっくりと歩き出した。
「待ってよ、中也。そんなに急がなくても、明日は逃げやしないよ」
「うるせえ! さっさと帰って寝るぞ!」
二人の背中が、夜の街へと消えていく。
明日という日が、彼らにとってどんなものになろうとも、この河川敷で流した汗と、二人で分け合った冷たいアイスの記憶は、冬の記憶の中でずっと、熱を持ち続けるに違いなかった。
・・・マラソン大会の練習で、走り終わった後好きな人が自分の近くいたらわざと口と腹部押さえて苦しいアピールしちゃいます。・・・変態?好きなだけ言いなさい・・・・もう諦めた。