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「明日とかでも良かったのに。何か、急用でもあった?」
「ううん。星埜くん、見つけたから話したかっただけ……それじゃ、ダメかな?」
潤んだ瞳。吸い寄せられるコバルトブルーの瞳を見ていると、楓音が狙ってやっているのか、素でやっているのかわらなくなる。でも、それが、水縹楓音っていう人間の綺麗なところであり、魅力だと思った。
楓音とは、長くも短い付き合いで、朔蒔より先に出会って、友達になったけど、ここまで大きな事もなく仲良くやっていけている気がする。
(――っていうのは、さっきの琥珀家族のことみたからか)
朔蒔が闇を孕んでいるのなら、楓音は光だなと思った。俺は、どっちつかずか。正義は、光だと思っているが、俺自身、輝いている自覚はない。なんというか、輝かしいという言葉が似合うのは楓音で。
俺と楓音は子供が帰ってしまった公園のブランコに並んで腰を下ろしたべっていた。烏の鳴き声や、遠くからパトカーのサイレンの音が聞える。不審者が出たから巡回でもしているのだろうか。長く伸びた黒い影は、ゆらゆらと揺れていた。
ギコギコと、揺れるブランコに揺られながら、俺は、楓音が、楽しそうに、立ち乗りしているのを横目で見ていた。
「ダメじゃないよ。でも、明日から夏休みだから、連絡してくれれば会えるかもっておもって」
「そうだね。でも、星埜くんみたら、僕止らなくなっちゃう」
なんて、へへっ、と笑った楓音はあざといと思った。明るい茶色の髪は、夕日に照らされてオレンジ色に見える。楓音にあげた、オレンジ色のシュシュは、彼の髪に本当によく似合っていた。毎日使ってる、と言ってくれた楓音の笑顔を思い出し、頬が緩む。自分がプレゼントしたものを、喜んで使って貰えるってこれ以上無いほどありがたいことだ。悩んだかいがあったと今になって思う。
「そっか。楓音……」
「どうしたの? また、顔暗いけど」
「ううん。家庭環境の……他人の家庭環境にさ、首突っ込むのは矢っ張りダメだよな、って思って」
「そーだね。矢っ張り、聞かれたくないこ取ってあるかもだし」
「楓音は?」
と、また、口を滑らさなければ良いものの、口を滑らせ、俺は手を止めた。ギィと鈍い音を立ててブランコが止る。
優しくふいた風が頬を撫でながら、俺は、ブランコの策を見つめた。
ラインを越える。あのラインの外に真実があるんだろうけど、跳び越えるリスクを考えると出来ない。そんなような感覚に、俺は、えもいわれぬ敗北感を抱く。
「僕の家族?」
「いや、答えたくないなら、別に」
「僕の家族はね、お父さんが探偵で、お母さんが弁護士だよ。あとおっきい犬飼ってるの。すっごく可愛いんだよ。帰ってきたら、ワンワンって吠えて僕に抱き付いてくるの。でも、年で、最近は動きが遅くなっちゃってる」
楓音は、サラッと家族構成について話して、大好きだという犬の話しもしてくれた。
ブランコをこぎながら、楓音は「でも」と言葉を句切り、濁す。
「死んじゃったんだ。妹……三つ下に妹がいたの」
「……何で、とか、聞かない方が良い?」
「ううん、いいよ。大丈夫。昔のことだし」
と、楓音は言ったが、矢っ張り踏み込まない方が良いんじゃないかとブレーキがかかる。もし、俺だったら……いいや、俺だったら、自分の家族のこと話してしまうかも知れない。母さんがどうなったとか、父さんとの関係とか。
楓音は、懐かしむように薄い唇を震わせながら言う。
「僕が可愛いに目覚めたのは、妹のおかげ。僕の髪を気に入って、妹がね、ヘアアレンジしてくれたんだ。で、僕がその日から髪型換え始めたら喜んでくれて。妹に喜んで貰うたびに、認められた、嬉しい、もっと笑顔が見たいってなって。僕自身も可愛いものが大好きになったんだ。でもね、そんな妹は死んじゃった」
「……」
「実際見てないんだけど、ある日、僕の家に大きな箱が届いたの。ラッピングされた箱。誰も頼んでいないのにって、お父さんがその箱をどうするか迷ってるとね、犬が吠えだして、その中身を見ることになったんだ」
まあ、うん、分かるよね? と、楓音はいって俺を見た。
親近感のあるその話。何処かで聞いたことのあるような、追体験しているようで、俺は目眩がした。
冗談であればいいと思ったが、そうじゃないと。
「入ってたのは、僕の妹のバラバラ死体」
「……うっ」
ごめんね、星埜くん、嫌だったよね。と、楓音がブランコを降りて、俺の背中をさすった。
何で今?
と、俺の中で子供の頃の俺が顔を出す。
『あの時は、何も思わなかったくせに』
(黙れ――)
「星埜くん?」
「ううん、ごめん。楓音のこと思ったら、辛かっただろうな……って思って。俺、いや……ほんと、大丈夫だから」
「……こんな話、友達にするようなものじゃないよね」
「…………いや、楓音、辛かったんだろ。話し、聞いて貰いたかったんじゃないのか?」
なんて、精一杯の強がりで言葉を漏らせば、楓音が大きく息を吸う音が聞えた。
そうして、どうしたのだろうと、顔を上げれば、楓音がバッと俺に抱きついてきた。何が起っているのか分からず、宙に手を浮かせていれば、ずびっと鼻を啜る音が聞えた。泣いているんだなっていうのが、すぐ分かって、俺は楓音の背中に手を回す。
「ごめん、ごめんね、星埜くん。こんな話……僕、僕は」
「聞いて欲しかったんだろ。辛かったって……楓音、ずっと笑顔だから」
分からなかった。お前の、笑顔の裏に隠された、楓音と同じように笑う彼の妹の笑顔。
聞かなきゃ良かったなんて、今回は言わなくても良いな、と俺は楓音をギュッと抱きしめた。ギィとブランコが静かに鳴った。