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翌日の朝、市へ足を運ぶともう既に人が集まり、賑やかになっていた。市にはたくさんの店が並んでいる。魚屋、八百屋、茶屋、着物屋など、あんなものからこんなものまで色鮮やかに道を飾り立てて、人を寄せ集める。
「わぁ~!!あんまり神社から出たことなかったから知らなかったけど、市ってすごいね~!!」ぴょんぴょんと跳ねながら、楽しそうに桃(もも)が言った。なにあれ!なにあれ!と、目に入る全ての物にキラキラと顔を輝かせ、はしゃいでいる。
「遊びに来たのではないぞ、桃。」
紅(くれない)が困ったように笑いながら、注意した。
「私たちは聞き込みに来ているのだからね。」「わかってるよぅ。」
桃はつまらなそうにぷーっと口を尖らせた。
「しかし賑やかだなぁ。まだ辰(たつ)の上刻(じょうこく)だというのに。」
白夜(びゃくや)は市の道を行く人々を見ながら、楽しそうに微笑んだ。炎(えん)は道沿いにずらりと並んだ屋台を羨ましそうに見つめては、ぐぅ…と腹を鳴らしていた。ガヤガヤと人々の話し声が響く度に、蛛(くも)は顔をしかめて不機嫌そうにため息をもらしている。途中、硝子(がらす)細工の店の前を通りかかった時、硝子でできた金魚に表情の薄い蒼(あおい)の顔が少しキラキラと輝いたが、その瞬間を見ているものはいなかった。
市の人々は、珍しい来客に驚いていた。兄弟神たちが、全員揃って街に繰り出すことはあまりないのでちんどん屋でも見るような目で兄弟神たちを見つめていた。
「さて、まず誰に話を聞こうか…。」
紅がどうしたものかと辺りをキョロキョロと見渡していると、しびれを切らした炎が
「あそこに入ってみようぜ!!」
と、涎(よだれ)を垂らしながら茶屋を指さした。炎は団子が食べたいだけのようだが、止めても言うことを聞きそうにもなく、仕方ないので茶屋に入ることにした。
茶屋へ入ると、女将が驚きのあまり持っていたお盆を落としそうになった。
「まぁ!兄弟神様じゃないですか!」
「やぁ。少し邪魔するよ。すまないね、驚かしてしまって。」
紅が爽やかな笑顔を向けた。女将は、あらあらおろおろと突然の珍しい客に慌てている。
「今お茶とお団子を持ってまいりますねっ!」「ゆっくりで構わないぞ!」
慌ただしく奥へ戻る女将の後ろ姿に、白夜は声をかけた。店内を見回すと、一番端の席で若い娘たちが額をあわせてひそひそと話している。紅が耳に集中すると、会話が聞こえてきた。
「ねぇ、あの子いなくなっちゃったんだって!知ってる?」
「あの子でしょ?この前相談してきた子。」
「そうそう!首に変な痣(あざ)ができてたよね。」
「この頃おかしかったもの。変なことを口走ってたんでしょ?」
「私がこの間話しかけた時は、『あの方が呼んでるから、行かなくちゃ。』ってぶつぶつ言ってたのよ!」
「何かに取り憑かれちゃったのかしら?」
「やだ怖いわ…。」
「どうしよう!私の友達にも同じような痣が最近できたって言ってたわ!」
「でもただの噂でしょ?痣だって、ただの虫刺されかもしれないわ。」
「でも虫刺されにしては、変な形してたわ。」
娘たちは、口々に例の消えた娘のことを噂していた。昨日起こった出来事なのに、もうこんなに広まっているのか。と紅は思った。それに加え、私たちが知らない情報も、出回っているようだ。紅はすっと立ち上がり、噂をしている娘たちに近づいた。娘は話に夢中で紅に気づいていないようだ。
「お嬢さん方、その消えた娘の噂を詳しく教えてくれないかい?」
「っ!く、紅様!」
娘たちは、体をびくりと震わせて振り向いた。「驚かしてしまってすまない。私たちもそのことを調べに来ているんだ。」
「そ、そうなんですね…。私たちでよければお教え致します。」
娘たちは改まって姿勢を整え、紅に頭を下げた。
「その消えた子は、名を妙(たえ)といいます。1週間前からお妙ちゃんは首に変な痣をつけていました。それからです。お妙ちゃんがおかしくなったのは…。」
「その“変な痣”とは、どのようなものだったんだ?」
炎が団子を口に頬張りながら聞いた。
「虫に噛まれたような赤い痣です。」
別の娘が炎に答えた。
「お妙ちゃんはしきりに周りを気にしたり、首の痣をさすったり、していました。お妙ちゃんがいなくなる前の日に私が心配になって話しかけたら、『あの方が呼んでるから、行かなくちゃ。』って言ったんです。あの時のお妙ちゃんは、どこか目が虚ろだったわ。」
紅はふむ…と少し考え込んでから、さっきから黙って俯いている一人の娘の手首をちらりと見た。手首には、見たことがないような赤い痣がついている。娘は手首を隠すようにさすっていた。蛛の方を見ると、紅と同じく娘の痣を見ていたようで、目があった。蛛は紅に小さく頷いた。
「なるほど。貴重な情報をどうもありがとう。」紅は娘たちににこりと笑顔を見せ、茶屋を出た。
「今の話、どう思う?」
市を離れて少ししてから、桃が口を開いた。
「人攫いの可能性は無くなったな。あの娘たちの話を聞く限り、人が為せる技じゃない。」
白夜は眉をひそめ、真っ直ぐ前を見ながら言った。
「……妖(あやかし)?」
蒼が静かに呟いた。
「だろうな。それも少し厄介な奴かもしれない。」
紅が顔をしかめながら足を早めた。
「どうしてそう思うんだ?」
炎が茶屋で貰った団子を頬張りながら聞いた。「痣だ。」
蛛が紅の代わりに答えた。
「痣、もとい印(しるし)を獲物につけ、洗脳するのさ。獲物が自分からこちら側へ来るように。そんじゅそこらの雑魚な輩(やから)には、そんな大層なことはできない。てことは?」
蛛は勿体ぶるように言い、話の続きを促した。「それほど強い力を持っている…てことだね。」「…そういうことだ。」
桃が言った言葉に、紅はため息をついた。
「あの娘たちの一人に、話に聞いたような痣をもった娘がいた。妖の狙いは複数の人間に向いている。次の被害者がでる前に何とか手を打たないと…。」
紅は他の兄弟神たちに早口で指示を出した。
「白夜と炎は、西の方へ聞き込みを。蒼と桃は、東の方へ聞き込みをしてくれ。娘がどこへ向かったか、徹底的に調べてくれ。蛛は蟲の噛み痕と、痣の形を照らし合わせてくれ。私は書妖(しょよう)に妖のことを聞いてくる。出来る限り急げ!また夕刻に落ち合おう!」
兄弟神たちは口々に了解。と言うと、高く飛び上がり、それぞれの方向へと屋根を飛び越えて走って行った。