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「岩本くん、飲み物買ってきたよ」
練習終わり、汗を拭いながら座っている岩本くんのもとへ、スポーツドリンクを差し出した。
練習中、何度も水を飲み干しているのを見ていたから、買ってきた方がいいかもしれないと思ったのだ。
「お、ありがとな」
岩本くんは自然に受け取ると、キャップを開け、一気に喉を潤す。
ゴクゴクと喉が鳴る音が、やけに耳に残る。汗のにじんだ首筋が、練習室の照明に照らされている。
(……なんで俺、こんなに見ちゃうんだろ)
「ん? どうかした?」
「えっ? い、いや、なんでもない!」
自分がじっと見つめていたことに気づかれたかもしれないと思うと、焦りが一気に押し寄せる。
慌てて視線を逸らし、手に持っていたペットボトルをぎゅっと握った。
「そっか。まあ、今日の練習、キツかったもんな」
岩本くんは気にも留めず、笑いながら汗を拭う。
その仕草すら、最近やけに気になってしまう。
(変だな……)
心の中でそう思いながら、ふと考える。
岩本くんの何気ない仕草にドキッとすることが増えた。何を言われても嬉しいし、無意識に目で追ってしまう。でも、それって……。
(いや、憧れだよな……?)
それ以上考えるのが怖くて、強引に思考を止めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
練習後、帰り道。
「目黒、送ってやろうか?」
岩本くんがふとそんなことを言い出した。
「えっ?」
突然の申し出に、驚いて顔を上げる。
「いや、練習きつかったし、疲れてるだろ? 送るよ」
「……あ、ありがとう」
ぎこちない返事をしながら、岩本くんの車に乗り込む。岩本くんと二人きりで帰るなんて、そんなにあることじゃない。少しの沈黙が気まずくて、何か話そうとした。
「岩本くん、最近ハマってることある?」
「んー、筋トレ?」
「それ、いつもじゃん」
「ははっ、たしかにな」
岩本くんが笑う。その笑顔が、夜の静けさの中でやけに綺麗に見えた。
「目黒は?」
「俺は……」
言葉に詰まった。最近ハマってること。そう聞かれると、真っ先に浮かぶのは——岩本くんのことを考えてる時間。
でも、そんなこと言えるはずもなく、ごまかすように笑った。
「まあ、映画とかかな、」
「おー、今度オススメ教えてよ」
「うん……!」
それだけの会話なのに、胸がぎゅっと締めつけられる。この気持ちが、ただの憧れじゃないことに、もう気づいてしまっていた。
でも、伝えるわけにはいかない。
だって、もし知られてしまったら、今の関係が壊れてしまうかもしれないから。
窓を開ける。
夜風が冷たく感じるのは、気温のせいなのか、それとも——。
夜道を車が走り抜ける。
月明かりがぼんやりと道を照らし、時折、信号の光が車内を照らした。
練習を終えたばかりの疲労感が心地よく残る中、岩本くんの助手席に座るこの時間が、妙に落ち着くような気がした。
「……今日の練習、結構きつかったね」
何か話したくて、ぽつりと口を開く。
「まあな。でも、目黒も動きキレてたし、いい感じだったんじゃね?」
「えっ、本当?」
「おう。今日のステップとか、めっちゃ良かったよ」
岩本くんはそう言って、軽く俺の肩を叩く。
(そんなふうに褒められると……余計に、好きになるじゃん)
心臓が跳ねるのを抑えながら、慌てて視線を落とした。
「岩本くんは、さすがだね。ずっと安定してて、どこを切り取ってもかっこよかった」
「はは、なんだよそれ。まあ、ダンスは好きだしな」
そう言いながら、岩本くんが笑う。その横顔を見つめていると、無性に照くんに追いつきたい衝動に駆られる。
(俺も、もっと頑張らないと……)
だけど、それと同時に、今の関係を壊すのが怖かった。
いつも気にかけてくれる。さりげなく褒めてくれる。一緒にいると落ち着くし、楽しい。
だけど、その優しさが自分だけに向けられているわけじゃないことも分かっていた。
それが、少しだけ苦しかった。
「目黒?」
ふいに名前を呼ばれ、ハッとする。
「……はい?」
「ボーッとしてたけど、眠い?」
「いや、ちょっと考え事してた」
「そっか。疲れてるなら、早く休めよ」
「……うん」
岩本くんは、それ以上は何も聞いてこなかった。ただ、それが逆に優しくて、また心が締めつけられる。
(この気持ち、どうすればいいんだろう……)
考えても答えは出ない。
だから、もう少しだけ、この片想いを続けてもいいですか。
運転してる岩本くんに聞こえないように、小さく息を吐いた。