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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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玄関ホールの入り口には

ハッとするほど美しい女性が

さっそうとホールを横切っていた




彼女は驚くほどほっそりとした体つきで

ピンクのファーをあしらったジャケットと

タイトジーンズというおよそ

病人には似つかわしくない服装をしている



メイクも濃くて派手だが似合っている






ジャケットのフードをさげると

完璧にセットされた

ウェーブのかかったつややかな髪を振った




ヘアスタイリストのジミーが見たら

惚れぼれとため息をつくだろうと桃子は思った





あのものすごい美人は正真正銘

新藤の元妻晴美だった





彼女は知った風に

関係者用のエレベーターに向かっていた

エレベーターの扉が開くのを待つ








「ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ 」









早苗が厳しいナースの

威厳を持って彼女に言った

晴美が髪をなびかせ振り向いた







そこに真ん中に桃子を挟み

麻紀と早苗が立っていた








「 知ってるわ 」







三人のナースを値踏みするかのように

見まわし晴美が言った







「ご・・・御用なら

外来受付をとおしてくださいっっ ! 」




麻紀も負けじと言った










「外科の新藤先生に用があるの 」




晴美の視線が桃子に止まった






「あなた・・・・先日の・・ 」






二人は見つめ合った

桃子は本能的に背筋を伸ばした




ここ数日忙しくて

セットしていない髪や夜ごと悩んで

充血した目が急に気になりだした




何か気の利いた言葉で切り返したかったが

なぜか体が硬直していた







「アポイントは取れていますか?

新藤先生は今は

回診のお時間ですよ?


まさか押しかけたの? 」









早苗が鋭い口調で言う








「彼が忙しかったら

待たせてもらうわ

彼のためだったら何時間でも待つわ 」







一同が息をのんだ

晴美は他の人は無視して

桃子を食い入るように見つめている










「無口なのね

ベッドの中でも都合がいいでしょうね

その方が修二も相手が私だと

思い込みやすいでしょ 」







「なんてことをっ!」





麻紀がどなった




「うっわっ!引くわこの女!最低!」




早苗も怒りに顏をゆがめた









「やめて!二人とも 」






桃子が前に出た

晴美が大げさに驚いた







「あら!

しゃべれるのね!

とりまきに言わせて自分は

手を汚さないタイプだと思った!!」




「ええ!しゃべれるわよ! 」




桃子は言った





晴美はツンとして言った


「彼は必ず私の所へ戻ってくるの!

いつもそうなの!

私達は一心同体なの!

私がいない間彼を相手してくれて

どうもありがとう 」







桃子も言い返した



「彼があなたの元へ戻るとは思えないわ

あなたが彼の価値を大切にしていたら

彼をあんなかわいそうな

境遇に置かないわ」






心の中は脅えていたが

なぜか顏は冷静に言葉はスラスラ出てきた









「いいわよ!」



早苗が言った



「なぐっちゃえ!」




麻紀がファイティングポーズで言った




晴美が気色ばんだ





「あら!彼の価値なんて理解しているわ

彼は金持ちで医者よ!

良い体をしていて

セックスが上手!

口でするのも最高!

思い当る節がある? 」








「そうなんですかっっ?

新藤先生ってそうなんですかっっ? 」




「黙って!麻紀ちゃん!

興奮しないのっっ!」







麻紀が真っ赤になって早苗を揺さぶる

早苗も頬を染めて麻紀をたしなめる

二人とも鼻息を荒くして

一触即発のこの空気を見守っていた










桃子がため息をついた






「やっぱり・・・・

あなたってかわいそうね・・・

それしか彼の価値を

分かっていないなんて・・・ 」








晴美が鼻を鳴らして言った







「どうでもいいわ

ここに来たのはあなたと話を

するためじゃないの彼の所に行くわ


ああ・・・

彼のデスクの場所はわかるから

おかまいなくっっ 」







エレベーターの扉が開き

すべるように晴美が乗り込み

新藤のいる5階のボタンを押した







桃子はなすすべもなく

扉が閉まるのを見つめた









「あの女どうかしてるわよ!」








早苗が沈黙を破った







「大丈夫?桃子先輩! 」






麻紀が片手を桃子の肩に置いた








「大丈夫よ」







必要以上に大きな声が出てしまった





「私・・・ちょっと・・トイレ・・ 」







ぎこちなく二人を見て笑うと

桃子はトイレに逃げ出した




桃子はトイレの個室に入ると

涙がこぼれる前に鍵をかけた



ひんやりとした白い壁にもたれかかり

砕け散った夢を想って泣いた








彼女を行かせてしまった・・・








分かっていたことだ

私達の関係は長続きをするわけでもなく



修二さんは晴美をまだ愛している

それなのになぜ希望を持ってしまったの?









「うっ・・・・う~~っ・・・ 」










しばらく声を殺して泣いた

奇跡的に他の誰もトイレに

入ってこなかったので

桃子は気のすむまで泣けた



やがて涙も枯れ果てた頃

個室を出て鏡の前に行き泣き崩れた顏を見た







思った通りひどい・・・・






目は赤く腫れぼったくて

ファンデーションは醜く

涙の筋を頬に着けている



桃子はため息をもらし

ぺーパータオルで涙を拭いた



そして鏡の中に答えがあるかのように

じっと見つめた







どうしたらいいの?




もちろんここに一生隠れている

わけにはいかない



いずれ彼と顏を合わすだろうし

それなら今終わらせてしまった方が

楽なのかもしれない



きっと彼は今ごろ

晴美さんと寄りを戻すことにことになったので

穏やかに私と別れる方法を考えているだろう





彼がまだ晴美さんを愛していることは知っていた・・・

私といる時もあんなに話が出て来るんですもの




それに彼女は本当に綺麗だった

性格は最悪だったけど

また彼女がその気になれば・・・










勇気を出してナースステーションに戻ろう




彼がやってきたら

わかっているから説明の必要は無いと言おう




彼女があなたのデスクに向かうのを見たので

すぐにお二人が元のさやにおさまることが

分かったと言おう







そう決意しようと自分に言い聞かせるのに

心は反発して叫んでいる




涙が一気にこみあげてきた

桃子は洗面所に前かがみに

なって嗚咽が洩れないように

両手で口を押えた




どうしてそんなことが言えるだろう


どうしてこんなに悲しいのに

泣きもせず笑って彼に別れを告げられるだろう






しかし彼を引き止めておく術もない

あるいは彼との関係を続ける方法が

他にもある?





彼が晴美さんと幸せそうにしているのを

見ながら愛人関係を?




彼が彼女に向ける関心の十分の一でも

いいから私にかまってもらえたら

それだけで満足できる?





いいえ それは不可能だわ・・・・







もう彼と一緒に働けない


毎日彼の姿を見ながら

湧き上がる愛を隠すなんて耐えられるはずがない



仕事を辞め違う病院で働こう

もう二度と彼と合わないようにしなければ





ああ・・・・

幸せだった心の日々がすべて崩れ去っていく







あの時なぜ彼の契約をのんでしまったのだろう

彼を知らなかったら・・・・


これほどのめり込むことは無かったのに








エリート医師としがない准看護師なんて・・・

どう考えても恋が上手くいくことなんて無い



自分がとても彼を引き付けて

おける女では無いと知りながら

髪型を変え化粧をし・・・

別の自分になろうとしたの?






でもそれは彼が私を変えてくれたからよ

彼が私に愛を教え

まったく新しい私の姿を教えてくれた・・・




不安におどおどし

新しい事に挑戦する勇気もなかった私を

彼が温かい慈しみで変えてくれた・・・





そして私は思いがけないものを手に入れた

自分の美しさに気づき

情熱を魂を輝かすことに成功したのよ・・・







桃子は鏡を見つめた・・・








もう以前の灰かぶりのみにくい

シンデレラではない・・・





自分の美しさを信じた女だ

沢山の男性の視線がそれを気付かせてくれた




先ほどの晴美さんはそれを当たり前の

ように受けていたわ・・・・






ええ・・・

私はもう以前の動く前から何もかも

諦めてしまう自分ではないわ






彼女と戦っても勝ち目はないだろう・・・


でも

もはやためしもせずに

引き下がるなんて出来ない








醜くてもいい!

どんなに傷ついてもいい!


そうよ!私は彼を失うなんて考えられない








そう思って気がつくと

早苗と麻紀が後ろから

桃子の様子を伺っていた







「あの・・・桃子・・大丈夫? 」







精神病患者をなだめるように早苗が言った




「私達・・・先輩が心配で・・」





麻紀もおずおずと鏡越しに桃子の顔を見た






「大丈夫だってば!

腫れ物に触るように扱うのはやめて!

たしかに落ち込んでるけど・・・


ごめんね!もう落ち込むのはやめたわ 」






麻紀が口をポカンと空けた






「ええと・・・・そうなんですか? 」








「心配かけて悪かったわ

でも頭に来たの!


あの雌猫はさんざん浮気をしたくせに

図々しくも彼と寄りを戻そうとしてるのに


私ときたら何もせず

自分を憐れんでいるだけなんて・・・ 」









「そうよ!その調子よ!」



早苗はうれしそうに言った






「悪いけどあなた達の

化粧品貸してくれない?

ここの所忙しくて自分のを

家に置いて来てしまったのよ」







早苗と麻紀は脱兎のように

ロッカーから自分達の化粧ポーチを

持ってきて桃子に差し出した







「全部使っていいわよ!」







二人の励ましに

青白くて弱々しく見える

自分に喝を入れながらメイクをした




化粧品を早苗たちに返し

出来具合を見ると

充分とはいかないがだいぶましになった





白衣の天使の格好は戦いにはむかないけど

職務中だからしかたがない

あの女よくも私たちの聖域に

土足で上がりこんで来てくれた






最後にリップを引いて決意新たに言った







「私の男に少しでも近づいたら

あの意地悪女の小さなお尻を蹴とばしてやるわ!」





「あなたならやれるわ! 」








早苗は涙ぐんでいた

麻紀は激しく拍手していた



最後に桃子は二人を力いっぱい抱きしめた

早苗も麻紀も桃子を抱き返した







「・・・骨は拾ってあげるわ 」





「女のプロレス楽しみにしてます!」



「ありがとうあたし達・・・親友ね! 」











二人の熱いエールを背中に浴びながら

桃子は力強く一歩を踏み出した





新藤は目の前のパソコンに写る

電子カルテを見つめて顏をしかめていた




午後回診時に診察した一人の

患者の経過がひっかかっていたので

今はその患者のカルテを洗っていた



あの病気はいつから発症して

どんな経過をたどったんだ?



昔からの持病の経歴をずっと調べてみる・・・



半年前・・・・


一年前・・・・


外来履歴・・・




それはその患者の人生を

時折覗いているような

気になって時が止まる・・・・








時を動かしたのはその時だった




ガチャリと空いたドアから

新鮮な空気が入ってきた


足音に気づき目線をあげると

ショッキングピンクのジャケットが

目に刺さりチカチカした




細見の肢体に派手な色の服を包み

巧みに化粧をした元妻晴美が立っていた








「晴美!どうしてここに? 」





思わず立ち上がった

セキュリティはどうなっているんだ?




晴美は口紅を塗りなおしたばかりで

艶やかな赤い唇がキラキラした


彼女は危険な笑みを浮かべていた






「久しぶり・・・・先生 」





媚びた挨拶がどこか寒々しかった




「ここにくれば会えると思って来たの・・」




美しい彼女の顔が切なそうに歪む






ヒック・・・

「だって・・・

あなた電話に出てくれないから・・」




晴美の美しい大きな瞳から

涙が溢れだした


権勢を取られてこれでもう

出て行けと言えなくなった





驚きすぎた新藤は神経を逆なでされた

まるでドラマの女優を見ているようだった







「私・・・彼と別れたの・・・・

やっぱり・・・

あなたが忘れられなくて 」






晴美がさめざめと泣く

新藤は言いたくなかったが

そこにずっと立たれていても困る




「まぁ・・・座れよ 」




新藤はデスクの前の椅子をすすめた




晴美は自分と同じ年だ40歳手前で

この美しさは大したものだ

おそらくこれを維持するのに

大金をはたいているのだろう





あのパーティーで見かけた時も

美しいと思った






しかし・・・・

今の新藤は自分よりも

8歳年下の桃子とつきあい

毎日彼女を見ている





新藤は以前とくらべて

女性を見る目が違っていた


明るい日の光の下でマジマジと

晴美を観察してみる




やはり年齢には勝てない

綺麗にアイメイクをし涙を見せる晴美は

小じわが増えたような気がする・・・





そして化粧も厚塗りをすれば

するほど開いた毛穴が目立つ

なんと今までまったく気づかなかった





さらに髪の量や首筋もどこか張りがない

桃子は若さに溢れていてはちきれそうだ


シャワーの水滴も

玉のように弾く肌を持っている・・・





そしてその情熱ときたら・・・・

額に汗を浮かべ・・・・



深くねじこむと甘えたように反発し

腰をひくと放さないと言うように締め上げてくる・・・





桃子と愛を交わすのに忙しくて

そういえば晴美から電話が来ていたが

今の今までまったく忘れていた






新藤はそっと微笑み

また晴美を見上げた







「ねぇ修二!聞いて 」








晴美がかつての新藤をメロメロにした

上目使いで言った






「私達・・・・

良い夫婦だったわ

良い恋人同士で親友だったじゃない・・・」




「そうだな・・・

だが君がぶち壊したんだ 」








不思議と冷静に聞いている自分が

信じられなかった






「意地悪しないで・・・・

私…生まれ変わったの・・・

一番大切なものを失ってわかったの」






「ハル・・・

むしかえすのは止めてくれ・・・・」





晴美の大きな茶色い瞳が潤った






「ああ・・・

昔の呼び名で呼んでくれるのね嬉しいわ


私が馬鹿だったの

それを言いたくてここに来たの

あの時の私は子供であなたの仕事に無関心で

自分のことしか考えずに・・・


ああ・・・ごめんなさい

今でもあなたを愛してるわ・・・・」






新藤は信じられなかった

ただ茫然と晴美を見つめた







「僕は先に進んだ

職場に押しかけるなんて

尋常じゃない帰ってくれ 」





やっとのことで言葉が出た

離婚した直後なら彼女からこの言葉を

聞いたら許していたかもしれない




そしてこの言葉を聞いて

喜んで彼女にキスしただろう

しかし・・・今は・・・・・





「冷たいのね・・・・・

貴方をそれほど怒らせてしまったのね

私・・・・ 」





晴美が新藤の膝に手をかけた






「僕には好きな女がいる 」



「知ってるわ・・・・

パーティーで見たもの・・・」








晴美が新藤ににじり寄ってくる

香水の匂いがキツイ

桃子はナースなので香水なんてつけず

彼女はからはいつもさわやかな

シャンプーの匂いがする





なんてことだ晴美にこんなに至近距離で

言い寄られているのに

考えているのは桃子のことばかりだ




少し前までは晴美とこうなることも

夢見ていた


しかし今そうなってみると

晴美にかすかな憐れみさえ感じる

自分の心は桃子が占めてしまっている




晴美に復縁を求められて

初めて真実に気付いた




僕は桃子を愛しているのだ!



何でもっと早く気付かなかったのだろう!





彼女のいない人生なんて考えられない

彼女と結婚したい

そして長年の自分のクリニックを持つという夢は彼女なしでは成り立たない









「晴美!僕にさわるな 」



「キスしてくれたら諦める・・・」




涙を溜めて晴美が新藤に微笑んだ


歯に口紅が付いている・・・・最悪だ







新藤は自分の胸に手を乗せている

晴美の手を掴んだ






一刻も早く晴美から離れて桃子に会いたい

そしてこの胸のうちを彼女に伝えたい





新藤がそう思った時バタンと

大きな音をたてて突然ドアが開いた





二人は驚いて戸口に目をやった

そこには桃子が息を荒げ立っていた








恐れていたことが起こってしまった






晴美が新藤にしなだれかかり

彼は彼女の手首をつかんでいる




そして二人とも驚いたように

こちらを見ている・・・・






ああ・・・・

終わってしまった・・・・







桃子は今見た物をそのまま受け止めた

彼らは寄りを戻したのだ・・・





なんてこと・・・

戦わずに負けるなんて・・・



こんなにもあっさりと・・・


いとも簡単に・・・・







涙が後から

後から溢れてくる・・・・








「桃子!違うんだ!」








新藤が咄嗟に晴美から体を離した



桃子は必至で涙をこらえ

そして言った






「分かってました・・・・

今まで・・・

ありがとうございます

どうか彼女とお幸せに・・・ 」







小さくお辞儀した






「なにを言ってるんだっっ!」







新藤が叫んだ




こうなった以上決心した通りに行動しよう

彼女と幸せになってほしい

自分はこの病院を辞めよう



必死で感情を抑えるように

ひきつって笑った






「わかっています・・・・

私は束の間の遊びだってことを・・・


それでも私は幸せでした

あなたに人を愛することを

教えてもらいました 」





大粒の涙がこぼれ

桃子の口から思わず泣き声が漏れた




「ちょっと待て!

今の言葉はどういうことなんだ!」






新藤が今の言葉を聞いて

憤慨してこちらにやってくる









人生のむなしさに抗議し

体の奥深くから絞り出すような声だった




「さようなら・・・・ 」






こみあげてくる悲しみはこらえきれない


わかっていたけどひどすぎる



今日は人生最悪の日だ


桃子はその場から消えてしまいたくなって

思わず走りだした





「桃子!!逃げるなっっっ! 」







新藤も桃子を追って走り出した

向こうから歩いてきた他の医師と

ぶつかったがお構いなしに走った









バタバタと二人が走り去っていく音がする


一人部屋に残された晴美は

小さく笑った






「私って・・・本当にバカね・・」





桃子がエレベーターにすべりこんだ




「桃子っ!!!」




新藤は必至で追いかけたが

間一髪で扉は閉ざされた





「くそっ!!」ドンッ




思わず新藤はエレベーターの扉を

殴りつけた





エレベーターのランプは最上階を示している




ドクターズラウンジだっっ!





すかさず関係者専用の階段を二段飛ばしで

駆けあがった


この年で全力疾走で階段を駆け上がるのは

思ったよりキツイ








束の間の遊びだって?

そんな風に感じていたのか?

僕のことを?

あんなにも熱く愛し合ったことを?




新藤は桃子が許せなかった

どうしても とっ捕まえて肩を

揺さぶって言い聞かせて


そして・・・・





僕の愛を分からせてやるっっ

そう思うと怒りでなのか興奮でなのか

体が熱くなった





「桃子っっ!」






ドクターズラウンジに入っていくと

ガラスの一番隅に桃子が立っていた









「桃子っ!」



「こないでくださいっっ!」








その言葉にさらに怒りが増した

僕を拒絶するなんて許さないっ!


さらに新藤が一歩を進めようとすると

桃子はこちらを振り向いた




その顔は涙でぐしゃぐしゃだった

思わず新藤の心に罪悪感がみなぎった






「君は・・・・勘違いしている 」









離れた所からささやいた

まるで飛び降り自殺未遂を止めるように





「何がですか?

あなたと彼女は抱き合ってた

事実です!! 」





桃子は苦しそうに叫んだ

新藤もまけじといらだって叫んだ






「彼女が勝手に抱きついてきただけだ!

僕は潔白だ! 」






「もういいんですっっ!

気を遣ってもらわなくてもっ

もう充分ですっっ! 」





「僕が気を遣って君と今まで

つきあっていたと?

どんな聖人君子だっっ!」






新藤は訴えるように両手をひろげた




桃子は涙でにじむ目を上げて

新藤を見た



「その証拠に私といる時も

彼女の話ばっかり!! 」





新藤は怒りに顏を赤らめた






「嫌ならそう言えば

よかったじゃないかっっ!」







桃子は精神力だけでなんとか

持ちこたえていた


内心はひどく打ちのめされ傷つき

見捨てられたような気分だった




どうして彼は追いかけてきたの?

どうして放っておいてくれないの?



まさか彼女と復縁した後も

私と関係を続けたいの?



そんなのひどすぎるっっ!

桃子はもう一度新藤を非難の目で見つめた











こんなのじゃらちがあかない

新藤は激しい憤りを爆発させて言った











「とにかく!君は僕と結婚するんだ!」





「はぁ?頭がおかしくなったんですか?」





「おかしくなってなんかいないっっ!」




新藤のするどい声が

身を切り裂くように響き




あふれ出た涙が桃子の頬を伝った

どうして彼はあんなに怒っているの?



こんな事態にした新藤に桃子は

激しい怒りを感じますます屈辱感を感じた







あまりに思いがけない

出来事に頭がついていかない



晴美に押し寄せてこられ

抱き着かれている所を桃子に見られた


彼女は完全に誤解し

自分から身を引くと言った





この数分で災害に見舞われた気分だった



新藤はこれまでこれほどの怒りと

当惑のいりまじった感情を

経験したことがなかった






ああっくそっ

どう言えばいいんだっっ


何を言っても裏目に出る


ただ彼女に自分の夢の計画を

聞いてほしいだけなのに・・・












「彼女はただ(愛している)と

一言がほしいだけじゃないのか?

新藤先生 」











背後から聞こえた言葉にハッとして

新藤は後ろを振り向いた




さっき言ったのは桧山だった

彼は呆れて腕組みしてこちらを見ている








「前の女の話をするのは

エチケットに欠けるわ」



桧山の横にいる早苗が言った






「プロポーズが命令口調なんてっっ! 」




その横で麻紀もあきれている







信じられない事に

三人の後ろには大勢の人間が

ドクターズラウンジの入口に詰め寄って

二人の動向を見守っていた







新藤は顏から火が噴き出そうになって

汗がどっと出ていた


なぜみんな仕事をしないんだ!




「お前らっ!見せものじゃないぞ!」





苦し紛れに言ったが

まったく説得力が無かった

全員こちらをニヤニヤ見ている

中には口笛を吹いている者もいた






「どうする?

上手く収めないと彼女自殺

してしまうぜ 」






桧山も面白そうに片眉を上げてみている

その両隣りで桃子を傷つけたら

ただじゃおかないと

早苗と麻紀がおそろしい形相で

新藤を睨みつけている








ええいっ

もう!どうとでもなれっっ




新藤は桃子に一歩近づいて囁いた









「君は・・・・長女だ・・・」



「それが今関係あるのっっ? 」









桃子が悲鳴をあげるように叫んだ






「だから・・・その・・・

僕は一人っ子だから

時折り見せる君の長女パワーで

ぐいぐいひっぱってくれるのが好きなんだ・・ 」






桃子が狐につままれたような顏で見る


新藤の顔が真っ赤になった







「へぇ~・・・

甘えん坊なんだぁ~・・・ 」






麻紀が感心したように言った

周りでクスクス笑いが漏れる






「うるさいぞっ!!そこっ! 」







新藤が照れ隠しに野次馬を怒る





「父さんの件も君にどんなに

感謝してるか分からない


あの時の君は逞しくて

そして賢くて魅力的だった・・・


僕達の子供にも君のそんな素晴らしい所を

受け継いでもらいたい・・・ 」






「子供? 」







桃子は目を皿のように大きくした


信じられない!

彼がそんな事を考えていたなんて






新藤は息を整えた






「君は・・・


この世で一番素晴らしくて

魅力的で美しい女性だ

こんな年上の僕には勿体ないぐらいだよ・・・」





新藤はもっとうまく自分の気持ちを

表したかったが

もうこれが限界だとばかりに

しゃがみこんで頭を抱えた







「愛してるんだ・・・・

分かってくれよ・・・・・


君と結婚したいんだ

君なしではやっていけない・・

他の女なんか見えてないよ・・・・

君に夢中なんだ・・・・ 」






はぁ~っと大きくため息をついて

その場にうずくまった

なんとも情けない愛の告白だ・・・





全身の力が抜けた

人生でこれほど恥ずかしい思いを

したことが無かった


桃子といるといつもこうだ

自分では信じられないほどの事をしてしまう





すると気付かないうちに

桃子が近づいてきていた





瞳は涙で潤っているが

その顔は笑顔がこぼれている




桃子が新藤の両手を掴み

立ち上がらせた




「私達の子供ってなんのこと?

初耳です 」




「すまない つい口が滑った 」





桃子がはちきれそうな笑顔で

抱き着いた




「ああ!ああ!

私も愛しています!!

愛しているわっっ!


こんなにもっっ 」





「桃子っ 」





新藤も力いっぱい抱きしめた




すると一斉にまわりにいた野次馬達が

歓声を上げた



早苗と麻紀が抱き合って泣いている

桧山も拍手して野次を飛ばしていた


すっかりわれに返った

新藤と桃子はいてもたってもいられず

手をつないでその場を逃走した







地下の駐車場の新藤のBMWの中まで来ると

二人は我慢できずに

抱き合って熱いキスをした








「こいつめ!

僕を死ぬほどビビらせて

寿命が縮まったぞ 」




「ごめんなさい・・・

でも私もあなたと晴美さんが抱き合っていたのを見てショックだったんですもの」






桃子の口から晴美の名前を聞くのは

妙な感じがした

二人はまったく異なる世界に属している





「誓って言うけど抱き合っていない!


抱きつかれてやめろと言っていたんだ

あれ以上続けられると我慢できずに

彼女を思いっきり突き飛ばしていた所だ


僕は君以外の女に触られるのが不愉快だ」




新藤は正直に答えた

桃子の綺麗な顏が輝いた





「そうなの?残念だわ

せっかく決意して行ったのに 」





新藤は訳がわからなかった






「決意って何のために? 」



「彼女のお尻を蹴るためよ 」






桃子が説明する






「晴美さんがあなたと寄りを戻す

なんて言うから反対したの

下の階で会ったの

みんなの前で口げんかしたのよ

見られなくて残念だったわね 」







新藤が笑いながら

桃子にキスをした







「なんと・・・・

僕の奥さんはアマゾネスだったのか

怖いな・・・ 」




「そうよ・・・

私怖いのよ

文香なんかとても私にびびってるわ 」




「いいね 君に上になってもらって

叱られながらやりたい・・・ 」




「もう・・・冗談ばっかり・・・ 」









新藤が助手席の桃子のリクライニングを倒し

覆いかぶさってきた




キスがだんだん激しくなってくる

ここは病院だこれぐらいにしておかなければ









「私 子供は沢山ほしいわ」




「よし来た!任せろ

午後の回診が終わったから

今日は僕はもう帰れる

なんなら今から取りかかろう 」







二人は笑った


桃子は求め続けた彼の腕にしっかり抱かれ

幸せに全身震えた



そして彼に包まれながらそっと目を閉じる









シンデレラは魔法使いに

奇跡を起こしてもらったけど・・・






でも本当は

誰かを一途に思う愛こそが

本当に奇跡を起こすのかもしれない

.:*゚..:。:. .:*゚:.。:










そう思った桃子はさらに

両手を彼の首に巻きつけ新藤を招き

温かいがっしりとした彼の

体の重さを肌で感じた

心が満ち足りた思いでとろけそうだ







暫くの間会話はなかった

二人は息が切れるほど甘いキスを続けた






お腹に彼の熱くカチカチになった

高まりを感じる

そして自分もしっとりと濡れている

子供はすぐに授かるだろう







新藤が微笑みながら桃子に言う・・・









「僕の未来の人生計画を聞いてくれるかい?」




「そこに私がいるならば・・・ 」



クスッ

「そもそも 君がいないと成り立たないんだ」







彼を見つめているうちに世界が

和らいで広がった

新藤の目は愛情と慎重な希望に満ちている


そっと桃子の顔を包み込んでいる

たくましい大きな手が少し震えている










「それで?」








彼が訪ねた








「結婚してくれるのかい?」










桃子は自分から新藤にキスをした

心臓が喜びで破裂しそうだ














彼女は笑ってささやいた





「今すぐでもいいわ 」

.:*゚..:。:. .:*゚:.。:







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数年後・・・・・・

.:*゚..:。:. .:*゚:.。:













「ここがドクターズラウンジよ!」










麻紀が研修生ナースを引きつれて

昼間の誰もいないラウンジにやってきた






今や麻紀はベテラン主任看護師として

研修生の指導係を担当していた


そして来週から始まる研修生の実習の為

院内を案内していた







「ここは関係者以外立ち入り禁止で

ドクターや私達関係者が休憩する場所なの

24時間空いているわ 」






最上階のオープンラウンジは

オレンジ色をしたプラスチックの椅子が

綺麗に整頓されている


入口には最新の自動販売機器が並べられ

一面ガラスばりのフロアは今は午後の

日の光がまばゆいばかりに照らされている






研修生がキラキラと瞳を輝かせて

周りを眺める


きっとドラマのように

活躍してる自分達がここで休憩

しているのを想像しているのだろう






「あの~・・・・

し・・・・主任・・・・ 」




「なぁに? 」



麻紀が優しく微笑む




「どうして

あそこにガラスの靴が

飾ってあるんですか? 」





一人の研修生がおずおずと麻紀に質問した

いっせいにみんなが一番端っこの

ガラスの靴のオブジェに目が行った





数年経ち・・・・





あの時の新藤と桃子の大喧嘩をしながらの

一世一代のプロポーズは院内中の噂になり

それは日々を追うごとに伝説になった





そしてさらにいつからか誰知らず

そこにガラスの靴が置かれ


あの靴に願かけをするとなんと

プロポーズが上手くいくという伝説が広まり

今まで院内でも何人ものカップルを輩出していた






麻紀はキラキラ日に輝くガラスの靴を

見つめて微笑んだ





「そうね・・・・

貴方たちも知っておいた方がいいかもね


あれはね・・・

昔・・昔・・・・


一人のしがない准看護師と

スーパーエリート医師がここでね・・・ 」









麻紀の話は面白おかしく

午後のラウンジに密かに響いた


ひよっこ研修生は固唾を飲んで

瞳をキラキラせて聞き入っている







明るい午後の陽ざし

ここですべてが始まった



人生は思ったより奇跡が

溢れているかもしれない







その数々の奇跡を見守るかのように

ラウンジの隅に置いてある

ガラスの靴が日の光にキラキラと輝いた












それはいつまでも











いつまでも・・・


.:*゚..:。:. .:*゚:.。:






いつまでも・・・・・


.:*゚..:。:.






【完】

.:*゚..:。:.




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