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スタジオ――
ギターの弦が、静かに震える。
その音に、ピアノ、ベース、ドラムが順に重なり、部屋全体が“音”に満たされていく。
俺は、ギターを抱えたまま目を閉じた。
もう、怖くない。
ここにいるこの音が、俺を“今”に繋ぎとめてくれている。
ないこ(心の声):
「……思い出す。初めてみんなと音を合わせたときのこと。
あの時も……言葉より、音のほうが先だった」
あの頃よりも、ずっと不器用で、
でもずっと、強い音を出せる気がした。
ふと、隣から初兎の声が聴こえる。
初兎: 「なぁ、ないこ。……いや、もう“俺”って言っていい?」
俺は黙って頷いた。
初兎: 「やっぱ、お前がギター弾くと、空気変わるんだよな。……ちゃんと、戻ってきたんだなって思う」
いふが笑いながらピックを口に咥えて、少し照れたように言う。
いふ: 「これでまた、新曲作れるな。お前の音、やっぱクセになるわ」
悠佑: 「次は“6人で歌う”やつ、やろう。お前の声、待ってたから」
いむ: 「お前が出した“最初の音”が、俺ら全員のスイッチ押したんだよ」
りうら: 「お前、音で殴ってくるタイプだったっけ?」
俺は苦笑して、肩をすくめた。
ないこ: 「……殴るつもりはないけど。……“ぶつけたい”とは思った」
その言葉に、みんながちょっとだけ真顔になる。
ないこ: 「逃げたのは俺だ。
けど……それでも“残ってた音”に、俺自身が救われた。
――だから、次は俺が返す番だ」
りうらが、満足そうに笑って言った。
りうら: 「“返す”って、言えるなら、もう大丈夫だな」
その言葉に、ふと胸が熱くなる。
そうだ。俺はもう、大丈夫だ。
*
その日、俺たちは一曲の原型を作った。
タイトルは、まだない。
でも、それぞれのパートが少しずつ形になり、声と音が絡み始めた。
歌詞のないメロディ。
でも、その旋律は、俺たち“6人”の想いだった。
録音の途中、ピアノが止まる。
初兎が、ぽつりと呟いた。
初兎: 「なあ……お前、さ。今、幸せか?」
不意を突かれた。
でも、すぐに答えは出た。
ないこ: 「……わからない。でも、ここにいれるのは、嬉しいって思う」
たったそれだけの言葉が、今の俺のすべてだった。
*
スタジオの隅、モニターには“録音中”の表示が光っていた。
その下に、ファイル名が自動で入力されていた。
まだ仮タイトル。
けれど、それは“俺の始まり”を記録する、最初の音だった。
次回:「第二十五話:それぞれの場所で、それぞれの声で」へ続く