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我が国の第一殿下と言われている男。
それがヴィクター•ラス•ネーデルラント。
ノアと腹違いの弟で1歳年下だ。
隣国の公爵令嬢だった正妃と陛下の間に生まれた子がノアで、このネーデルラントの侯爵令嬢出身の側妃の間に生まれた子がヴィクター•ラス•ネーデルラントだ。
正妃はノアを生むとすぐに亡くなっているが、王族一派に名を連ねる侯爵家出身の側妃、そしていまは正妃の地位にあるヴィクターの母は、陰でその権力を使い王族一派を束ねる。
そして、ノアを皇太子殿下の座から引きずり下ろし、亡き者にしようと刺客を送ってきたのも彼女だった。
息子のヴィクターは彼女の思惑通りにいまは第一殿下と呼ばれ、実質皇太子殿下の地位にある。
「大聖堂から先ぶれ?大聖堂で原因不明の病が流行って大勢の者が倒れた?そんなことがあるのか?」
「事態はよくわかりませんが、聖女アグネス様が窮状を訴えにこちらに来られるようです。いまは陛下も王妃もご不在ですし、お会いされるとなるとヴィクター殿下になるのですが、いかがでしょう」
「アグネス?ああ…俺の婚約者だったか。初めて会うな」
そう言うと、一緒にソファに座っていた女の肩を抱き寄せる。
「そんな膨れっ面をするな。アグネスは名前だけの婚約者だ。お前が気にするほどでもない」
侍従が見ている前なのに、横にいる女の胸を弄る。
侍従はあまり見ないように目線を下げた。
「ヴィクター殿下、いかがしましょう?お会いになられますか?」
「アグネスっていい女か?」
その質問に侍従は顎が外れそうになる。
「ええっ…と。私は拝顔したことはありませんが、聖女アグネス様のお兄様のレオン•ラチェット侯爵は大変綺麗な方でいらっしゃいますので、聖女アグネス様も大変お美しい方ではないかと推測されます」
「そうか。今は陛下も母上も城には不在なんだよなぁ?俺だけってことか」
ニヤァと顔を歪めたヴィクターを見ていると、どう見ても良からぬことを考えているのがわかる。これ以上の面倒ごとはご免こうむりたいと侍従は逃げ出したい気持ちになる。
「いいよ。俺が会って、婚約者殿の窮地を救おうではないか」
侍従が部屋を後にしようとすると、もう一緒にいる女性と睦み合いはじめたヴィクター殿下を横目に、侍従は自分の悪い予想が外れる気がしなくなった。
♦♦♦
レオンは急ぎ、屋敷に戻ると遅い朝食を摂っていたセレーネに協力を仰いだ。レオンのその勢いにセレーネは思わずフォークから食べ物を転がり落とすほどだ。
どうやら、アグネスとノアの学園への編入の交渉は上手くいったらしい。これで普通の女の子のように学校に通いたいというアグネスの願いが叶った。
ひとつずつ、アグネスの願いはが叶っていく。今ごろはノアと恋をしているだろうか。昨日は仕立て屋に行ったあとは楽しくノアとデートをしたのだろうか?義姉として話を聞いてやりたい。
ノアはアグネスに恋をしている。あとはアグネスがノアに恋をしてくれたら、レオンの願い「アグネスの幸せ」に近づく。
「レオン、美しいよ。どこから見ても「聖女」だ」
アグネスの姿をしたレオンを見ながら、セレーネがおなかを抱えて笑う。
屋敷に残っていたアグネスの聖女の正装服に少し手を加えて、いまのアグネスに合わせ、登城の準備をする。
身体も補正下着を入れて、あからさまに胸を盛る。
そして少しの化粧と綺麗に髪を結えば、細すぎるアグネスの印象はがらりと変わり、儚げな美少女のようで大人の色香を漂わせる聖女が出来上がった。
元々綺麗なアグネスだったが、化粧をすればより血色を良くなり、美しさに磨きがかかる。
同じ女から見てもため息が出るほどだ。
「これでヴィクター第一殿下を骨抜きにしろよ」
「わかっている。アグネスの身を守りながらも、殿下を落とすぞ。あとはタイミングだな」
窓の外の陽の落ち具合をレオンは確認した。
「そろそろ行こうか。狙いどおり、騎士団からヴィクター殿下に魔獣討伐の出陣の依頼を出すのがこのタイミングだと良いのだが、さすがに死に戻る前のそのタイミングは知らない。俺が知っているのは、あいつは暴言を吐いて断ったということだけだ」
「だからか?色仕掛けで色よい返事をさせる作戦なんだろう。「プロフェッサー」も面白いことを考えなさる」
セレーネもミラン学園長とは面識があるので、簡単に想像がつくのだろう。肩を揺らして笑っている。
レオンの傍で屈託なく笑っているセレーネを見て、レオンはその奇跡をグッと噛みしめる。
死に戻る前はセレーネは討伐中に命を散らした。二度と同じ過ちは犯さない。セレーネの代わりにヴィクター殿下を討伐に向かわせたらどんな未来になるのか。
「俺が聖騎士としてアグネスの傍にいたわずかな期間だけでも、ヴィクター第一殿下の元には何人もの女性が出入りしていた。殿下の女好きは王城では周知の事実だった。このアグネスの美貌があれば上手くいくはずだ」
そう言って微笑んだレオンは悪魔も逃げ出すような、企んだ表情をしていた。