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「まさか、俺にストーカーを始める前から杏子に接触しているとは思わなかったな……」
「ストーカー⁉」
「あいつはストーカーだ。俺が一人暮らしを初めて少しした頃か。あいつも引っ越ししてきたんだ、あのマンションに」
「ええっ⁉」
「その見せられた鍵は、おそらく自分の部屋の鍵だ。あの部屋の鍵は俺が持っていたのと杏子が持っていたのと2枚だけだよ、不動産屋から渡されていたのは」
自分の部屋の鍵……。
じゃああの時の会話も、パーティーがあったこと以外は全て嘘ってこと?
「最初はおとなしくしていたんだ。でもいつ頃からか……。ああそうだ。今考えてみたら、杏子が去ってからだったと思う、ストーカー行為が酷くなったのは。あいつ、マンションの内部で俺を待つようになって、あまりにもしつこくて親に相談したんだ。それで、地方勤務の話が持ち上がった。海外研修の前に経歴として地方勤務があった方がいいということもあって、北九州に転勤することになったんだ。ぶっちゃけ、あの転勤は黒島っていうストーカーから逃げるためだったんだけどな」
「知らなかった……」
「その頃にはもうブロックしてたからな、杏子は……。届かなかったけど、北九州に行くことはメッセージで送ったよ」
「ご、ごめ……」
「いや……ストーカー行為が始まった時期を見誤っていた俺が悪い。杏子に別れようって言われた時、すぐに追いかけなかったのは、実は黒島が理由だった。あいつが杏子に嫌がらせをするんじゃないかって思うと離れている方が安全だと思って……。でも今聞いた話は全部、黒島のストーカー行為を俺が認識する前の話だった。そんな前から杏子に接触していたんだな、申し訳なかった……」
「い、今は……?」
光希さんのストーカー行為。
それは想像以上に長く続いた。
北九州にまで追いかけてきて、人間関係を探ったり、同僚の女性へ嫌がらせしたり。
あまりにも酷いため弁護士に相談し、数々のストーカー行為の証拠を集め、訴えたそうだ。
幸い男子寮に入っていたので、住居部分では平穏に過ごせたらしい。
しかし接見禁止命令が出ているにもかかわらず、光希さんはロスにまで追いかけていった。
その内容が酷い。
鷹也の叔父様の家にまで堂々と乗り込んだそうだ。
「あいつ、叔父の家に突然訪ねてきて『和久井杏子』と名乗ったんだ」
「はい? え、私……?」
「叔母から連絡があって『和久井杏子という日本人の女の子が訪ねて来ている』と言うんだ。愚かにも俺はその言葉を信じてしまって俺の部屋で待っていてもらうように伝えた。急いで帰ったのに待っていたのは黒島光希だった。しかも裸で」
「は、裸……?」
「俺は憤慨した。接見禁止命令が出ているのにもかかわらず、とんでもない暴挙だ。しかも――」
鷹也が言いにくそうに下唇を噛んだ。
「あいつ、俺の部屋に盗撮カメラを仕掛けていたんだ。そのカメラには裸の黒島と俺が写っていた」
「――!」
「会社と大学と……SNSにも拡散されて……」
「そんなことが……」
酷すぎる。そんなことされたら鷹也は社会的に立場がなくなってしまうわ。
「夏のバカンスシーズンにうちの両親と黒島の両親が来て、あいつを連れ帰ってくれた。その後、黒島家には会社から声明文を出させた。全て娘がストーカー行為の末でっち上げたことだと。そうしないと関連を断ち切ると言ってな。それでやっとまともな生活が出来るようになったんだ。落ち着いたら杏子を探すつもりだった。けど、同級生に聞いても会社を辞めて他県に再就職したってことがわかっただけで、杏子の連絡先は誰も知らなかった」
ストーカーだったんだ、あの人。
それに……探してくれていたの?
どうしよう!
私、勝手にひなを産んで、鷹也を誤解したまま……。
「黒島が原因だったんだな」
「あ……」
「まだあるのか?」
仕事のこと。
あの時は意地になっていたけど、ストーカー被害の話を聞いていたら些細なことのように思える。
でもあれは私のプライドの問題。ここで言うようなことじゃないかもしれない……。
「他には別に……」
「本当に? じゃあ俺の実家のことと、偽物の許嫁のことだけで俺を切ったのか?」
「ち、違う……」
「全部隠さず言ってくれ。頼むよ! 俺は杏子とやり直したいんだ。杏子がシングルマザーだとわかったんだ。俺はそれだけで嬉しかった。いや、喜んじゃいけないのかもしれない。あの子にとっては本当の両親が揃っている方がいいのだろうから。でも父親がいないなら俺があの子の父親になりたいと思ってる。だからもうなんのわだかまりもないように、頼むよ……」
「鷹也……!」
鷹也は全部を受け入れようとしてくれている。
ひなのことも。自分の子だと知らないのに。
全部話さなきゃ……つまらないプライドのことも……。
そうして、私はあの時の光希さんとの会話を話すことにした。さらに鷹也も同じように思っていると感じたことを。
「あいつ……最低だな。でも俺も同じように思われていたのは心外だ。俺はさっきも言ったように、暑苦しい親父のことがあったから、まだ言えないと思ってた。杏子のことを話したら、結婚だ! 孫だ! ってうるさくなって、杏子がキャリアを積めないと思ったから」
「え……?」
「あの時はまだ就職したてだっただろう? せっかく第1希望の住宅メーカーに入って施工管理の仕事がてきているのに、その妨げになるようなことはしたくなかった。ずっと言ってただろう? 二級建築士を取って、いずれは一級建築士も取りたいって。それに悠太が跡を継いだら私が手伝うんだって」
「……うん、うん……ごめん、私……」
鷹也はずっと覚えていてくれたんだ、私の夢を。
あの時、ちゃんと話し合っていたら……。
ううん、つまらないプライドにこだわっていなかったら……。
「黒島のことは俺のせいだから。杏子は一切悪くない。でも……ちょっとは信用して欲しかったな……」
「ごめ……」
「もういいよ。俺は前に進みたいんだ」
「鷹也……」
「俺は、杏子のこと一度も忘れたことない。杏子には……いろいろあったと思う。でももう一度俺のこと考えてくれないか? 俺たちやり直せないか? あの子のことも――」
「鷹也、ごめんなさい!」
「……やっぱりもうダメなのか?」
「そうじゃないの! そうじゃなくって……」
言わなきゃ。ちゃんと。
「ひなは、鷹也の子なの」