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放課後の教室。カーテンが煽られ、窓の外にオレンジ色の光が揺れていた。
「さっき、見たんだけどさ」
蓮司が、何気ない顔で言った。
「日下部と遥、階段の踊り場で……結構、濃かったね」
その一言に、近くの女子が眉をひそめる。
「また? あのふたり、マジでやばくない?」
誰かが笑い、誰かがスマホを取り出して、
すでにSNSに上がっている“それらしい構図”の写真を開いた。
遠くから撮られた、日下部が壁にもたれてうつむいているカット。
その向こうに、遥の後ろ姿が小さく写っている。
「あーこれ、『一線越えた』やつっぽいな」
「てか、加害されてるくせに、あれって……おかしくね?」
「“演技”だったりして」
軽い笑い。
でも、そこに漂う空気は、もう「遊び」ではなかった。
蓮司は、黒板の前に立ったまま、マジックを手に取り、
わざと雑に字を書き殴った。
「加害者はどっち?」
誰かが吹き出した。
「え、それマジ名言」
蓮司は肩をすくめてみせた。
「だってさ。さっき日下部が“睨んでた”の、◯◯だったよね?」
「それな。てか、暴力的だったよ、あれは」
「しかもさ、遥の方から近づいたって噂もあるし?」
蓮司は何も言わずに、チョークを手に取ると、
ふたりの席の間に、一本の線を引いた。
「加害者は……分けてみようか」
右:遥
左:日下部
「セットの加害って、気づかれにくいからさ。
どっちが主犯でどっちが共犯か──見極めるって、教育的じゃん?」
静かな沈黙。
けれど、誰もそれを否定しなかった。
その日の放課後、誰かが遥のロッカーに書いた。
《被害者コスプレやめろ》
誰かが、日下部の机に紙を差し入れた。
《お前も“やってた”んだろ?》
遥は何も言わなかった。
ただ、ロッカーの中にそれを見つけたとき、
目を伏せて、無言のままドアを閉じた。
“仕方ない”と思っていた。
(罰なんだ、全部)
あのとき、あいつを選んだことも。
肩を寄せたことも。
声をかけられて、応えたことも──
全部、間違いだった。
遥の背中が、その日、一度も教室の方を向くことはなかった。
日下部も、机の紙を破ることはしなかった。
丸めることもなく、ただ指先で撫でて──
机に戻した。
(あいつ、見たらどう思うだろう)
怖かった。
遥が、自分のことを“加害者”だと本気で思い始めるんじゃないかって。
けど──
何も言えなかった。
言葉を選ぶたびに、「なにを信じればいいのか」が崩れていった。
蓮司の声が、頭の奥に、静かに響いていた。
「あいつ、もうすぐ“お前”のせいで壊れるよ」
「“守る”っていう“加害”、ちゃんと味わってる?」
ふたりは会わなかった。
あの日、同じ空の下で、すれ違ったまま──
それぞれの「共犯者」にされていくことに、まだ、気づいていなかった。