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「完璧だって思うなら好きになってくれたっていいのに」
「好きは別物だろ」
凪は相変わらずツンツンしながら目を逸らす。鏡越しに視線を感じたって、そちらを見たりはしない。
「俺はこんなに好きなのにね」
「はいはい」
「ねぇ、凪。俺の仕事終わったらご飯行こうよ」
「……急に誘うなよ。無理、予約入ってる」
突然話の方向が変わったことで、凪は一瞬言葉を詰まらせた。直ぐに仕事の予定を頭に浮かべて断りを入れた。
「えー。何でよ」
「何でって仕事なんだよ。お前だって仕事してんじゃん」
「じゃあ、俺も凪呼ぶ」
「呼べないから」
何度このやり取りをしただろうか。いい加減飽き飽きするが、凪はこんな時ばかり軽く目を伏せた千紘に気付く。
「いいよね、女の子は。お金払うだけで凪に会えて」
1つトーンを下げて言う時は、千紘の本音が漏れた時。一緒にいる時間が増えて、なんとなく千紘の癖がわかるようになった。
凪は面倒くさそうに息を吐いて「金払っても俺のプライベートは買えないよ」と呟いた。
千紘は一度しょんぼりと気を落としてしまうと、浮上するのに時間がかかる。こんなふうにマイナス思考になるのは、男も女も変わりないんだと凪は思う。
嫉妬に狂った客が凪を束縛しようとする時も、気を引こうと自虐する時も、凪は呼吸をするかのように相手を喜ばせる言葉を選ぶ癖がついている。
「明日ならいいよ、飯」
そう言ってしまってから、無意識に千紘を喜ばせようとしていることに気付いて自己嫌悪した。
「え、ほんと!?」
ころっと表情を変えた千紘を見て、予想通りだと思う反面、こんなふうに他人の感情をコントロールできてしまうことが不快に感じた。
今は仕事中じゃない。金を貰ってるわけでもないのに何で俺はコイツを喜ばせてんだ。そう思いながら、仕事とプライベートの区別がついてないのは自分の方かもしれないと軽く息をついた。
「まあ、飯くらいなら」
どうせ1人で夕飯を食べに行くのだ。そこに千紘がいたって特に変わらない。そう思えるまでには距離が縮んでいた気がする。
凪がそう思っていると、千紘は期待に満ちた目で「その後ホテル行けたりする?」なんて耳元で問う。
口を開けばホテルだのヤらせろだの、こいつはヤることしか頭にないのか。
凪は一瞬そう思うが、セラピストになる前の自分は多くの女性に対してそうだった気がする……とふと思い返した。
男がヤることしか考えてない、って女が怒るのも今になってみればわかることだな……。俺も気を付けないと。
男に好かれて初めて女性の気持ちがわかるなんて、皮肉なものだと凪は思う。しかし、その反面勉強になることも多い。千紘に出会ってから、自分もこんなふうに迫ってた時期があったな、だとかこれは言われたら嫌な気持ちになる、だとか今まで気付かなかった感情を知る機会が増えた。
「凪、怒った?」
「いや……つくづく男ってヤツは、性に忠実な生き物だなって思って」
「ん? 自分だって男なのに?」
「そう。いいよ、俺もヤリたいからって答えるのが正解なんだろうなって思ってた」
「男だから?」
「うん」
「別に、男だからとか女だからとかじゃないよ。凪だから抱きたいし、一緒にいたいだけ。って、前にも言ったと思うけど。それに凪も言ってたじゃん。女も性欲だらけだって」
「ああ、言ったな。そうなんだよなぁ……女風使う女は性欲が凄い。なのに、使わない女は男はヤリ目ばっかって言う」
「実際そういうのもいるから。でも俺は体目的じゃないよ。凪のことが好きなんだってば。本来は付き合いたいんだから」
「じゃあ、俺が付き合ってもいいって言ったとして、その代わり半年セックスなしって言ったらそれも受け入れんの?」
凪は我ながら変な質問をしていると思いながら聞いてみる。体から始まった関係で、今も体だけの繋がりだ。
好意は十分伝わるが、一緒にいるだけでいい、は違う気がした。