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一週間後、私は孤児院に向けて屋敷を出た。

護衛の件を反対しない代わりに、一つだけ我儘を言ったのだ。

「エリアスを迎えに行くのは、私にやらせてください」

勿論、お父様は快く承諾してくれた。ただし、私の体調が回復してから、という条件の元で。そのせいで、延びに延びて、今日になってしまったのだ。随分と日にちが空いたことに、私は不安を抱いた。

長く待たせちゃったこと、怒っているかな。

エリアスの怒った顔を思い浮かべ、気を紛らわすように窓の外へ視線を向けた。

馬車はちょうど大広場に差し掛かったようだった。

数多くの出店が並び、すでに買い物客の姿が見える。その賑わう光景と、出店に掛けられた布の色鮮やかさが、まるで一枚の絵画のように感じた。

そこを抜けると、また別の賑わいに目を止める。同じような建物が軒を並べている住宅街だ。所謂、平民の住まいだった。広大な敷地を塀で囲っている貴族街とは大きく隔てている。

それがこの世界での関係性を表しているかのようで、私は心配になった。

エリアスは平民だが、さらにその下と蔑まれる孤児である。カルヴェ伯爵邸では、お父様や私がエリアスを守れるけれど、それ以外は……彼自身が戦う必要がある

そんな場所に自ら飛び込もうとするなんて。ふと思うと、一時の感情だったんじゃないかな。あとで後悔するんじゃ……。

「大丈夫ですか、お嬢様」

ニナに声をかけられ、ハッとなり視線を向けた。そう、馬車の中は今、私一人じゃない。ニナもいる。それは私の誘拐騒動後、外出する際はニナの同伴が義務付けられたからだ。

そもそも、貴族令嬢がお供もなしに出歩いてはいけない。

けれど先週は、お母様へのお祈りを理由に、一人で教会に行っていた。その方がエリアスを探しやすいと思ったんだけど。実際は、避けられる結果になっちゃったんだよね。

「気分が優れないようでしたら、引き返してもいいんですよ。旦那様からも言われていることですから」

「大丈夫。ちょっと緊張しているだけだから」

「緊張?」

お嬢様がどうして? と顔に書いてあった。

おそらくニナは、私が先週の出来事を思い出して、行くのを渋るんじゃないか、とお父様に言われたのだろう。今日、私が迎えに行かなくても、屋敷の誰かがエリアスを連れて来ることはできるから。

「今回は伯爵邸に“引き取る”形だけど、使用人を一人“迎え入れる”のと同じことでしょう」

「そうですね。言葉の違いだけで」

「私の護衛になるのだから、皆と上手くいってほしいから」

私はニナの顔色を窺った。そういえば、エリアスのこと、どう思っているか聞いてなかった。孤児を嫌がる人はどこにだっている。しかし、それは杞憂だったようだ。

「ではまず、私と仲良くならなければなりませんね」

ニナの笑顔に、私は馬車の中であることを忘れて抱き着いた。

「お嬢様! 危ないですよ!」

「今度からは気をつけるね」

笑いながらそう答えると、ニナはやれやれといった表情を取っただけだった。

***

「えっ、孤児院を見たいって?」

孤児院に着くと、エリアスはすでに伯爵邸に行く体勢だった。すでに手続きは終えているため、ここでやることは何もない。けれど、私にはあった。

「うん。あの時お礼も言えなかったから、それも含めて。ダメかな」

これを逃したら、多分言う機会がないと思ったのだ。あの時は、エリアスだけじゃなく、他の皆の力で私は助けられたのだから。

エリアスは視線を逸らし、助け舟を求めて司祭様を呼んだ。

無理もない。エリアスじゃなくても、貴族令嬢を孤児院に行かせたくない気持ちは分かる。いくら私の格好が、地味な黒いドレスでも。しかし、司祭様は私の味方だった。

「構いませんよ。エリアス、マリアンヌ嬢をご案内して差し上げなさい」

「……分かりました」

そうして嫌がるエリアスを伴って、孤児院へと向かった。ニナには教会で待ってもらうことにして。

「ウチに来ること、後悔していない?」

道中、私はエリアスに尋ねた。

「なんで?」

「エリアスなら、他にも色々できそうだから」

「例えば?」

侯爵とか……ってウチより爵位が上を言ってどうするの! 孤児のエリアスが貴族社会に入るのは、大変なんだよって言うつもりだったのに。

「えっと……」

言葉に詰まっていると、エリアスからとんでもない発言が発せられた。

「心配してくれるのは有り難いけど、もう覚悟はできているから。それに、好きな子の傍なら、辛いことがあっても平気だと思ったんだ」

「っ!」

私は手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。

ちょっと待って! 『アルメリアに囲まれて』のエリアスって、こんなにぐいぐいくるタイプだったっけ? 甘ったるかった?

「あっ、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなくて。マリアンヌがいるから平気だって言おうと。あっ、これも同じか」

「……お願い、恥ずかしいからやめて」

頭の上から投げかけられる言葉に堪えきれず、私は絞り出すようにして言った。

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