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ホラー小説 影と光の狭間で~m×k~
第一章 古い校舎
秋の夕暮れ時、俺は一人で旧校舎の廊下を歩いていた。木造の古い建物は、少しの風でもギシギシと音を立てる。今日は映画研究部の撮影で、この廃校になった小学校を使わせてもらうことになっていた。
「めめー!どこおるん?」
関西弁の声が廊下に響く。俺たちの間では「康二」と呼ばれている男だ。明るくて人懐っこい性格で、いつも俺のことを気にかけてくれる。
「ここだよ」
俺は三階の教室から顔を出した。康二が階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
「なんでそんな奥におるん?みんな探してたで」
息を切らしながら現れた康二は、いつものように人懐っこい笑顔を浮かべていた。夕陽が差し込む廊下で、その笑顔がやけに眩しく見える。
「機材の準備、手伝ってもらえる?」
「もちろんや!めめのためやったら何でもするで」
そんな風に言われると、なぜか胸がざわめく。康二とは高校に入学してからの付き合いだが、最近になってその存在が妙に気になるようになった。
俺たちは映画研究部に所属している。今日は部の先輩から頼まれて、卒業制作のホラー映画のロケハンに来ていた。この旧校舎は昭和初期に建てられたもので、十年前に廃校になってからは地域の文化活動にのみ使用されている。
「それにしても、ええ雰囲気やな」
康二が窓の外を見ながら呟く。夕陽に染まった校庭には、誰もいない鉄棒やブランコがぽつんと立っている。
「ホラー映画にはぴったりだね」
「めめ、怖いの苦手やったよな?」
そう言われて、俺は苦笑いを浮かべた。確かに俺は怖がりだ。お化け屋敷なんて絶対に入れないし、ホラー映画を見るときはいつも誰かの後ろに隠れている。
「大丈夫だよ。康二がいるから」
その言葉を口にしてから、俺は自分でも驚いた。いつからこんなことを平気で言えるようになったんだろう。
「おお、めめが頼りにしてくれるんか。嬉しいわ」
康二の顔がぱっと明るくなる。その表情を見ていると、胸の奥が温かくなった。
機材を運び終えて、俺たちは一階の職員室で休憩することにした。部長からもらった鍵で電気をつけると、古い蛍光灯がちらちらと点滅しながら明るくなった。
「お疲れさま」
康二がコンビニで買ってきたお茶を俺に差し出す。
「ありがとう」
缶を受け取るとき、康二の指が俺の手に触れた。一瞬の接触だったが、なぜかドキリとした。
「明日は先輩たちも来るんやったな」
「うん。撮影の段取りを確認して、来週から本格的に始まる予定」
俺は缶のお茶を飲みながら答えた。少し温まった液体が喉を通る。
「楽しみやな。めめの演技、見てみたいわ」
「俺は裏方専門だよ。カメラワークとか編集とか」
「そうなん?でも、めめやったら絶対にかっこいい役者になれるのに」
康二は本気でそう言っているようだった。その真剣な表情に、また胸がざわめく。
外はすっかり暗くなっていた。秋の日は短い。窓の外を見ると、街灯のない校庭は真っ暗で、何も見えない。
「そろそろ帰ろうか」
俺が立ち上がろうとしたとき、どこからともなく音が聞こえてきた。
コツ、コツ、コツ。
規則正しい足音だった。
「今の聞こえた?」
康二も立ち上がって、耳を澄ませている。
コツ、コツ、コツ。
また聞こえた。上の階から聞こえてくるようだ。
「誰かおるんかな?」
「でも、俺たち以外は誰も来てないはず…」
管理人さんからは、今日は俺たちだけだと聞いていた。それに、足音の感じが妙におかしい。リズムは規則正しいのに、どこか不自然な響きがある。
「ちょっと見に行ってみよか」
康二が提案する。
「え、でも…」
俺は躊躇した。怖いものは見たくない。でも、康二が一人で行くのはもっと嫌だった。
「一緒に行くよ」
「ありがとう、めめ」
俺たちは職員室を出て、階段に向かった。古い木造建築特有のきしみ音が、足音と混じって不気味な音楽を奏でる。
二階に上がると、足音は止んでいた。静寂が廊下を支配している。
「もう止んでもうたな」
「何だったんだろう…」
俺たちは慎重に廊下を歩いた。教室の扉は全て閉まっているが、どの部屋からも物音は聞こえない。
「あれ?」
康二が一つの教室の前で立ち止まった。
「どうしたの?」
「この部屋、さっき通ったときは閉まってたのに…」
指差された教室の扉が、少しだけ開いている。
「風で開いたのかも」
「でも、風なんて吹いてへんで」
確かにそうだった。今日は無風だ。
俺たちは顔を見合わせた。扉の隙間からは暗闇しか見えない。
「中、見てみる?」
康二の声が少し震えている。普段は怖いもの知らずの彼も、さすがに不気味に感じているようだ。
「…うん」
俺は勇気を振り絞って頷いた。
康二がゆっくりと扉を開く。ギィィィという音が響いて、俺はぎくりと身をすくめた。
教室の中は月明かりが差し込んでいて、机や椅子のシルエットがぼんやりと見える。窓際の席に、何かが座っているような気がした。
「あそこ…」
俺が指差すと、康二も同じものを見ていた。
「人…おるな」
小さな影が、一番後ろの席にじっと座っている。
「すみません」
康二が声をかけた。
影は動かない。
「大丈夫ですか?」
俺も声をかけてみたが、やはり反応はない。
「ちょっと近づいてみよか」
康二が先頭に立って、教室の中に入った。俺もその後に続く。
一歩、二歩、三歩。
だんだん影の正体が見えてきた。
それは確かに人の形をしていたが、どこか違和感があった。顔が見えない。いや、顔がないのかもしれない。
「おい…」
康二の声が震えている。
そのとき、影がゆっくりと振り返った。
そこには、のっぺらぼうの顔があった。目も鼻も口もない、平坦な顔。
「うわあああああ!」
俺と康二は同時に叫んで、教室から飛び出した。階段を駆け下り、一階の玄関まで一気に走った。
「はあ、はあ、はあ…」
俺たちは玄関で立ち止まって、荒い息を整えた。
「今の、何やったん…」
康二の顔は青ざめている。
「わからない…でも、確かに見たよね」
「うん…のっぺらぼうの…」
俺たちは震えながら外に出た。夜風が冷たく頬を撫ぜる。
「とりあえず、今日はもう帰ろう」
「そうやな…」
俺たちは急いで駐輪場に向かった。自転車にまたがって、旧校舎を振り返る。
三階の窓に、さっきの影が立っているような気がした。
「康二、あそこ…」
「見んといて。早く帰ろう」
俺たちは自転車をこいで、その場を離れた。
第二章 不安な夜
家に帰り着いても、俺の心臓はまだドキドキしていた。さっき見たものが現実だったのか、それとも見間違いだったのか、判断がつかない。
シャワーを浴びて、ベッドに横になる。でも、目を閉じるとあののっぺらぼうの顔が浮かんでくる。
携帯電話が鳴った。康二からだった。
「めめ、大丈夫?」
「まあ、なんとか…君は?」
「全然眠れへん。あれ、なんやったんやろな」
電話の向こうで、康二の声も震えている。
「わからない…でも、確かに見たよね」
「うん。めめが一緒やったから、まだ良かったわ。一人やったら絶対パニックになってた」
そう言われて、俺の胸が温かくなった。俺も康二がいてくれて良かった。一人だったら、もっと怖かっただろう。
「明日、先輩たちに相談してみよう」
「そうやな。何か知ってるかもしれへん」
俺たちはしばらく電話で話していた。怖い体験をしたばかりなのに、康二と話していると不思議と安心できた。
「康二」
「何?」
「今度、何かあったら絶対に一人で行ったらだめ。俺も一緒だから」
その言葉を発するのに俺の心臓がまた違う理由でドキドキした。
「ありがとう、めめ」
「当たり前。康二のことは俺が守るから」
電話を切ってからも、自分の言葉が頭の中で反響していた。「康二のことは俺が守るから」。
なぜそんなに俺は康二の事を気にかけてくれるんだろう。友達として?それとも…
そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。
第三章 先輩の話
翌日の放課後、俺たちは映画研究部の部室で先輩たちに昨日の出来事を報告した。
「のっぺらぼう?」
部長の田中先輩が眉をひそめた。
「はい。教室の一番後ろの席に座っていて、振り返ったら顔がなくて…」
俺の説明を聞いて、先輩たちは顔を見合わせた。
「実は、その学校には昔から噂があるんだ」
副部長の山田先輩が重い口を開いた。
「噂?」
「ああ。廃校になる前から、夜中に子供の霊が出るって話があった」
俺と康二は身を乗り出した。
「詳しく教えてください」
「昭和三十年代に、その学校で火事があったんだ。夜中の火事で、宿直をしていた先生と、たまたま学校に残っていた生徒一人が亡くなった」
「生徒?」
「小学三年生の女の子だった。その子は顔に大きな火傷を負って…」
山田先輩は言いにくそうに続けた。
「顔が判別できないほどの火傷だったらしい」
俺と康二は背筋が寒くなった。
「それで、のっぺらぼうに見えたのかもしれませんね」
田中先輩が推測した。
「その子の霊が、まだ学校にいるってことですか?」
「あくまで噂だけどね。でも、廃校になってからも時々目撃談があるらしい」
俺たちは黙り込んだ。昨日見たものが、その子の霊だったのかもしれない。
「撮影、大丈夫でしょうか?」
康二が心配そうに尋ねた。
「うーん、どうだろう。でも、せっかく許可をもらったし、他に代わりの場所もないからな」
田中先輩は困った顔をした。
「俺たち、もう一度行ってみます」
俺が言うと、みんなが驚いた顔をした。
「大丈夫なのか?」
「確認したいんです。本当に霊なのか、それとも見間違いだったのか」
「めめ…」
康二が心配そうに俺を見た。
「一人じゃ行かないよ。康二と一緒に」
「俺も行くで。めめが行くなら」
康二が頷いた。その時の表情は、いつになく真剣だった。
「わかった。でも、絶対に無理はするなよ。何かあったらすぐに逃げろ」
田中先輩が念を押した。
部活が終わって、俺と康二は再び旧校舎に向かった。今度は昼間の明るいうちに行くことにした。
「本当に大丈夫?」
自転車をこぎながら、康二が心配そうに声をかけた。
「大丈夫だよ。昼間だし、康二もいるから」
「めめは勇気あるな。俺やったら一人では絶対行けへん」
「康二がいてくれるから、勇気が出るんだよ」
そう言ってから、俺は自分の言葉に驚いた。最近、康二に対してこんな風に思うことが多くなった。
旧校舎に着くと、昼間でも薄暗く見えた。古い建物に午後の陽射しが斜めに差し込んで、長い影を作っている。
「行こうか」
俺たちは玄関から中に入った。昨日は暗くてよく見えなかったが、昼間に見ると内装も相当古いことがわかる。廊下の木材は所々腐食していて、壁紙も剥がれかけている。
「昨日の教室、確か三年二組やったな」
康二が教室の表札を確認しながら歩く。
二階、三階と上がっていくと、昨日問題の教室に着いた。扉は閉まっている。
「開けてみよう」
俺が扉に手をかけると、ギィィィという音がした。
教室の中は昼間でも薄暗い。窓が汚れているせいで、陽射しがほとんど入ってこない。机と椅子が整然と並んでいる。
「あそこ」
俺が昨日の席を指差すと、確かに一番後ろの席に小さな影があった。
「まだおる…」
康二が息を呑んだ。
俺たちは慎重に近づいた。今度は昼間なので、もう少しはっきり見える。
それは確かに小学生くらいの女の子だった。古い制服を着て、じっと座っている。やはり顔は見えない。
「あの…」
俺が声をかけると、女の子はゆっくりと振り返った。
昨日と同じように、顔がのっぺらぼうになっている。でも、よく見ると完全に何もないわけではない。うっすらと目や鼻の輪郭のようなものが見える。
「火傷の跡…かな」
康二が小声で呟いた。
女の子は俺たちを見つめている。敵意は感じられない。むしろ、寂しそうに見えた。
「君は、ここで亡くなった子?」
俺が優しく尋ねると、女の子は小さく頷いた。
「一人で寂しかったの?」
また頷く。
「俺たち、映画を撮りに来たんだ。邪魔しちゃってごめん」
すると、女の子は首を横に振った。そして、何かを言おうとするように口を動かした。でも、声は聞こえない。
「何て言ってるのかな?」
康二が俺に小声で尋ねた。
女の子は立ち上がって、窓の方に歩いていく。俺たちもその後に続いた。
窓から外を見ると、校庭が見えた。女の子は校庭の一角を指差している。
「あそこに何かあるのかな?」
「明日、みんなで見に行ってみよか」
康二が提案した。
女の子は俺たちを振り返って、また小さく頷いた。そして、だんだん透明になっていく。
「消えていく…」
「また会えるかな?」
俺の言葉に、女の子は最後にはっきりと頷いてから、完全に姿を消した。
第四章 校庭の秘密
翌日、俺たちは先輩たちと一緒に旧校舎を訪れた。昨日のことを報告すると、田中先輩も興味を示した。
「その子が指差した場所を見てみよう」
俺たちは校庭の一角に向かった。そこは体育倉庫の裏側で、雑草が生い茂っている場所だった。
「ここかな?」
康二が草をかき分けると、古い石碑のようなものが見えた。
「これは…」
田中先輩が石碑の文字を読み上げた。
「『ここに眠る 桜井美咲 享年八歳』」
俺たちは息を呑んだ。
「お墓…」
「正確には慰霊碑だね。火事で亡くなった子の」
山田先輩が説明した。
「美咲ちゃんっていうんだ」
俺はその名前を心の中で繰り返した。昨日会った女の子の名前。
「ずっと一人でここにいたのかな」
康二が慰霊碑に向かって手を合わせた。俺も同じようにした。
「美咲ちゃん、今度映画を撮らせてもらうね。一緒に見ててくれる?」
俺が心の中でそう語りかけると、風もないのに桜の木の葉がさらさらと音を立てた。
「返事してくれたのかな」
「きっとそうやで」
康二が笑顔で言った。
その日から、俺たちの撮影が始まった。最初はみんな恐る恐るだったが、美咲ちゃんが危害を加えないとわかると、次第にリラックスできるようになった。
時々、撮影中に美咲ちゃんの姿を見かけることがあった。廊下の向こうに立っていたり、教室の窓から覗いていたり。でも、邪魔をすることはなく、むしろ見守ってくれているようだった。
「美咲ちゃん、映画好きなのかな」
撮影の合間に、俺は康二に話しかけた。
「子供やから、珍しいんちゃう?カメラとか、見たことなかったかもしれへん」
俺たちは美咲ちゃんのために、毎日花を慰霊碑に供えるようになった。コンビニで買った小さな花束だが、美咲ちゃんは喜んでくれているようだった。
そんなある日の撮影中、事件が起きた。
俺がカメラを回していると、突然画面にノイズが走った。
「あれ?」
モニターを確認すると、教室の中に美咲ちゃんが映っている。でも、その表情がいつもと違う。何かを訴えるような、必死な表情をしていた。
「どうしたの?」
俺が美咲ちゃんに話しかけると、彼女は窓の外を指差した。
外を見ると、黒い車が校門の前に止まっている。スーツを着た男性が数人、こちらを見ていた。
「誰やろ?」
康二も窓から外を覗いた。
そのとき、校舎の玄関から大きな音がした。誰かが入ってきたようだ。
「おーい、誰かいるかー?」
大声が響く。
「どうしよう」
先輩たちも困惑している。
「とりあえず、下に降りてみよう」
俺たちは一階に降りた。玄関に、スーツの男性が三人立っていた。
「君たち、何をしているんだ?」
一人の男性が威圧的な口調で尋ねた。
「映画の撮影です。許可をもらって…」
田中先輩が答えようとすると、男性は手を上げて遮った。
「この建物は来月から解体工事が始まる。今日中に機材を撤去してもらいたい」
「え?」
俺たちは驚いた。
「解体?聞いてません」
「急に決まったことだ。この土地を買い取った業者から連絡があった」
男性は事務的に説明した。
「でも、まだ撮影が…」
「今日中だ。これ以上ここにいることは許可できない」
男性たちは有無を言わさぬ口調で、俺たちに退去を求めた。
仕方なく、俺たちは機材を片付け始めた。美咲ちゃんはどこにいるのだろう。姿が見えない。
「美咲ちゃん…」
俺は心の中で呼びかけた。
撤収作業をしていると、康二が俺の袖を引いた。
「めめ、あそこ」
三階の窓に、美咲ちゃんが立っていた。いつもよりもはっきりと見える。そして、とても悲しそうな表情をしていた。
「また一人になっちゃうね…」
俺の胸が痛んだ。せっかく友達ができたのに、また一人にしてしまう。
「なんとかならへんのかな」
康二も同じことを考えているようだった。
機材を全て運び出し、俺たちは旧校舎を後にした。振り返ると、美咲ちゃんが玄関に立っていた。手を振っているようにも見える。
俺たちも手を振り返した。
「また来るからね」
俺は心の中でそう約束した。
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