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星咲の家庭訪問を経て、明くる日の放課後。
誇らしげに室内を見渡す教官女性を前に、俺は暗澹たる気持ちで席に着いていた。
「みなさんは世界を救う美しい花の種子です。ここでしっかり、勉強と訓練をして立派に花開いてください」
星咲の薦めにより、俺は【アイドル候補生】を教育する【シード機関】の授業を受けていた。
このまま何もしなければ死ぬと言われれば、アイドル活動をする他ない。
そのためにも事前準備は必要、いわゆる魔法少女アイドルとしてデビューするための養成所に通うことになった。
魔法少女の才能がある者や、すでに俺のように【魔史書】を持ち、生きているだけで【幸福因子】が必要としてる子が集まる【シード機関】。後者は【幸福因子】を早く摂取できる立場にならないといけないので、デビューまでの最短コース【スピードクラス】を受講する。
つまり、ここの教室内にいる女子たちは既に死へのカウントダウンが始まっているわけだ。30人近くの女子たちが真剣に講義に臨んでいる。
なかには【魔史書】を手にした段階で魔法力の残量が少なく、事前準備も十分にできずに魔法少女アイドルとしてデビューせざるを得ない子達もいるとのことで、俺達は恵まれている方だと星咲は言っていた。
ちなみに俺は【銀白昼夢】を使って、女子姿で講義を受けている。
星咲いわく、男子で魔法少女アイドルは今まで存在しないそうだ。その辺は鈴木くんが世界初だけど、好きに公表していいと言われたが……『世界初、男子で魔法少女』という大層な看板は背負えない。それとさすがにこの美少女まみれの教室に、一人男子で出席する度胸はない。
「アイドル候補生13番、白星きらさん。先程の講義内容に関する質問を復習のためにします」
この白星きらという名は、俺の芸名だ……。魔法少女には星咲や切継のように本名で活動している奴もいれば、俺のように芸名の子もいる。
正直、この名前が決定するのに俺と星咲の間で一悶着あった。
星咲が『可愛いからコレでいいの!』と声高に主張し、俺が反対の意を示すと『襲うよ?(性的に)』と脅されたのであえなく降参した。
「はい、教官殿!」
「元気なお返事でけっこうです。では、魔法少女アイドルの禁則事項を述べてください」
「はい! 一つ目は恋愛禁止です」
恋愛ができない、か……。
俺みたいな人間が誰かと恋をするなんて、きっとできないだろうと諦めていたけれど……いざそれをハッキリ言い切ると複雑なものがある。
中学時代のいじめの主犯格、魔法少女アイドルの白雪という悪魔がいたのもあって女子は苦手だ。それでも夢来のような天使が世の中にはいるってことも理解している。
俺だって思春期な男子なわけで……ちょっとぐらい期待するときもあったけど、命の方が大事だ。
「二つ目は事務所にある【中二病患者のリスト】に載っている人物以外を殺処分してはならない。例外は周囲の一般人、および魔法女子や自分の命が脅かされた時のみです!」
これは大志を殺した双子姉妹もそうだったが、俺たち【アイドル候補生】の上の階級、【アイドル研修生】になると自身のアンチライブに備え、リハーサルとして【患者】の『人類崩壊変異体』を殺処分していくのがアイドルデビューするための試験らしい。
「三つ目はむやみに【幸福因子】を用いて、一般人の記憶を除去してはならない、です」
魔法少女は【幸福因子】を魔法力に変換することができる。逆に魔法力を【幸福因子】に戻すことも可能で、この【幸福因子】を一瞬で大量にぶつけると人間の記憶をある程度消去できるそうだ。
簡単にいえば、幸せにさせまくる麻薬を散布してバカにするという表現がしっくりとくる。
これは魔法少女らが【幸福因子】を呼び覚ますきっかけを作り、ライブなどで『嫌な事を忘れさせる空間』を形成できるのに起因している。これにより【絶望因子】を体内に宿す人間を浄化している。
蓄えた【幸福因子】があれば他人の記憶を抹消できる。ただし【絶望因子】よりも強過ぎる【欠望因子】は消す事ができず、よって【欠望因子】を持つ者の記憶を抹消することはできない。
双子妹が俺に対し、辛辣に殺すと宣言した理由はここにあった。記憶を消せない俺を【欠望因子】の持ち主と判断したようだが、見当違いだったのだろう。
「さすが白星きらさんです。よくできました! では魔法少女アイドルになったからには目指すべき序列がありましたね。その辺をみなさんに説明してみてください」
「はい、教官殿!」
俺は教官殿の問いに応えるべく、つらつらと魔法少女アイドルの序列、その上位300位内について詳しく述べてゆく。
魔法少女アイドルは3100位から1位まで100位ごとにその序列に名称がつけられている。中でもトップ300位からは序列名と特殊な呼称が備わっている。
「序列300位内からは【超越アイドル】と呼ばれます。そして【姫階級】の地位と栄誉がもらえます。称号は【花姫】です」
切継も【姫階級】だ。
【花姫】なんてのは『トップ300以内に入ってようやく花として開花』したなんて意味を持っているらしい。
魔法少女って意識高い系の集まりかよ、と突っ込みたくなる。
「次に序列200位内からは【高貴なるアイドル】とよばれ、称号は【戦姫】です」
序列196位の切継は【戦姫】だ。
戦闘において強者にのみ送られる称号なのだそうだ。
「そして100位内が【無敗のアイドル】です。称号は【絶姫】」
ここまでくれば完全無欠、絶対無敵の存在にして敗北などありえない、という意味がこもった称号らしい。
「最後は上位10人にのみ送られる序列、『永遠不滅のアイドル』です。称号は【不死姫】」
序列8位の星咲は【不死姫】。
死なず、朽ちず、消えない。物理的に死ぬことのない永遠の存在。そしてそこまでの知名度になれば、人々とアイドルたちの心に深く刻まれる存在、という意味があるそうだ。
だから【不死姫】と呼ぶらしい。
「以上がトップ300位内にまつわる序列名と称号の種類です」
「素晴らしい! 白星きらさんは本日入校なのによく把握していますね」
もちろん姫階級以下の序列は3200番台まで100位ごとに存在する。
ちなみに俺は3200位以降の【アイドル候補生】で、その数は現在300人ほどいるとのこと。
近い序列だと3100位台の【アイドル研修生】、3000位台の【見習いアイドル】、2900位台の【駆け出しアイドル】だろう。
目下、俺の目指すべきは3200位台の【アイドル研修生】だ。あの大志を殺した双子も【アイドル研修生】だから、顔を合わせたくないのが本音だが【アイドル研修生】にならなければデビューはない。
「みなさんも白星きらさんのようにしっかりと理解しておくように」
ちなみにこの教官がなぜ、俺を名指しで質問し続けているかと言えば……おそらく期待されている。教室内の【アイドル候補生】には知られていないが、【シード機関】側の教官たちはトップアイドルである星咲が俺の【継承の魔史書】を開花させた経緯を把握している。なにしろ彼女の推薦で入校手続きを全て短縮できたのだから、その辺の事実確認は済んである。
ちなみに親には心配をかけたくないので、この事はまだ話していない。
後日、魔法少女アイドルとしてのデビューが正式に決まれば、政府の職員が説明に訪問するそうなのだが……波乱の幕開けになりそうだ。
「では今日の講義はこれにて終了です。みなさん、しっかりと復習しておきましょうね」
こうして講義は終わり、教室内はざわめきに満ちる。
俺はとっととこんな空間から抜け出すべく、帰り仕度を素早く済ませて席を立つ。
「あ、あのっ」
しかし、その足を止めることになってしまう。
理由はこの声が俺に向けられたものだからだ。
「わ、わたしは……甘宮恵っていうの……」
唐突の自己紹介に驚きつつも俺は彼女の方に向き直る。
たしかこの子は……俺の右隣の席に座ってた子だったか。小学3年生ぐらいの年齢で、ゆるふわロングのハーフツインテールな美少女だ。
「えっと、おれ……私は白星きらっていいます」
「ど……ど、同学年の子、少ないから、その」
俺の返答に彼女、甘宮恵はこちらの顔色を窺うようにポツリポツリと言葉を落としてゆく。
たしかに彼女の言う通り、小学生はクラスの1割ほどしかいない。7割以上が中学生で、俺と同年代の女子高生が2割ぐらいだろう。
って、待てよ。
そうか、今の俺は小学校中学年の女子の身体になっている。
だから甘宮恵は、自分と同じぐらいの学年に見える俺に話しかけたと。
「不安に、なっちゃうよね……ずっと憧れてた魔法少女アイドルが……本当は死なないためのお仕事だったなんて……」
こんなに小さくて、オドオドした子が死のプレッシャーを感じながら講義を受けている。遅れながら、俺はその残酷さに気付く。
「家での居場所もなくなっちゃたし……」
寂しそうに呟く甘宮恵。
この子の家庭内は複雑なのだろうか。
あまり突っ込まない方がいいのかもしれない。
「えっと、急に……ご、ごめんなさい。みんなも、大変だもんね……」
きっとこの子は人見知りな方なのだろう。それでも勇気を出して、一生懸命に俺へと語りかけている。それはきっと、不安で寂しいからに他ならない。
「あ、あ、あのっせっかくだから……ヒ、【魔史書】の……お名前を言い合いっこしよ?」
正直、こんな女児は放っておいてさっさと家に帰りたい。
しかし、あまりにも不憫に見えてしまったので、少しだけ付き合うことにした。
「いいよ」
そう言うと、彼女の顔にとろけた蜂蜜みたいな笑顔が広がる。
「や、やったぁ! わ、わたしの【魔史書】はね『お菓子作りの宮殿』なの」
「お……わ、私の方は『夢見る星に願いを』だよ」
「わっ。よかったぁ。白星さんの【魔史書】も【魔法級】なんだね。わたしも一緒だよ」
【魔史書】の中でも最低ランクの【魔法級】同士、ということで、甘宮恵はホッとしている様子だった。
どうしよう。
名称的には【魔法級】、もしくは【崩壊級】だけど俺の【魔史書】は最高ランクの【神話級】だ。その辺は事前に星咲から聞いていたが、この空気だと正直に言い出せない。
「え、えっと……うん」
だから俺はコクリと頷いてしまった。
彼女の喜びに、敢えて水を差すようなことはできなかった。
すると周囲で俺達の会話を耳にしていた数人の女子たちが、何かコソコソと言い合っている。
『あの子、【魔法級】だって』
『澄ました顔で回答してたのにね』
『澄まし顔っていうか無表情?』
『教官殿がお気に入りの態度だったから、すごいのかと思ったけど』
『期待はずれね』
なんて囁き声がいくつか上がっていく。
それには甘宮恵も気付いたのだろう。
「あ、あの……ごめんなさい……」
しゅんとしょげる彼女を見て、俺は大したことないと右手を振る。
それでも、首を横にふるふると振り続け、申し訳なさそうに顔を下に向けてしまう甘宮恵。
よくよく耳を澄ませば、なにやらブツブツとうわごとのように何やら呟いている。
「どうして……わたしは、ダメな子……こうやって、足を引っ張っちゃうの……ごめんね、ごめんね……友達に、なりたかったのに……」
「友達?」
思わず聞き返してしまった俺に、甘宮恵は慌てたように顔を上げる。
「ええと、本当に……ごめんなさい。ただ、わたしは……白星さん、と……」
ギュッと両の手を握り怖々と俺を見つめてくる彼女に、なんだかなぁと溜息が出そうになる。
「あ、あの、わたしと……そ、その、お友達になってほしいの」
そんな純粋な思いと態度をぶつけられ、了承しないわけにはいかない。
まして、相手は小学生女児だ。
さすがに魔法少女を嫌う俺だといっても、幼い少女を傷つけたいとは思えない。
このぐらいの年頃の子なら、そこらの魔法少女アイドルみたいに……まだ心は汚れきってはいないはず。これは決して幼い女子が懸命に頑張る姿を見て、感化されたわけではない。
敢えて言うなら、そう、情報共有するための手段だ。
魔法少女アイドルの常識や情報はもちろんのこと、俺は怪しまれない程度には小学生女児の事情に通じてなくてはいけない。
今の俺の姿形は完全に女子小学生なのだから……この子から、小学生女児たる振舞いを学ぼう。
「そ、そのっ……」
急なことを言っているのは彼女自身も自覚しているのか、断られるのを危惧して不安そうに瞳を揺らしていた。
「……いいよ。わたしと甘宮さん、お友達になろう」
承諾の返事をすれば、甘宮さんはホッと一息ついて『ありがとう』と言ってくる。
屈託のない微笑みを浮かべ、もじもじと自分の耳たぶをいじる甘宮さんは本当に俺と友達になれたことが嬉しいようだ。その純真なるお礼を前に、思わず俺の凝り固まった顔もわずかにとろけてしまう。
すると、甘宮さんはなぜか目を丸くして、ジーッと俺を見つめてくる。
口を半開きにし、何かに驚いているようだ。次いで、頬や耳が燃え立つ夕日のようにゆで上がり、照れるようにして顔を逸らした。
「白星さんって……笑うと、かわいすぎ……」
彼女が何やら呟いたけれど、俺には聞き取れなかった。
小学生女児とお友達か。
ははは、俺は何をやってるんだろうな……。