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明くる日の朝。
俺がいつものごとく、ざわめき満ちる教室に入れば、腐れ縁の優一がホクホク顔で近付いてきた。
「おうっ、鈴木! 今日も星咲さんは可愛いな」
「おー、夢来の方が可愛いぞ」
「おまえ相変わらずだなー。今日は切継ちゃんも来てるから、我が校アイドル二大巨頭のおでましだ。ここは世界一、朝から眼福を味わえる教室だぜ」
「はいはい……で、俺の席はいつものごとく、埋まってるってわけか」
視線を自分の席に向ければ、星咲目当てに集まった生徒や他クラスの生徒達で埋まりに埋まり尽くしていた。
無口な切継と違い、星咲は社交的だ。その甲斐あってか、あいつに群がる愚民たちは後を絶たない。正直、隣の席の俺としては騒がしいことこの上ないので、迷惑千万なのだが……本人も嫌な顔はしてないし、普通に高校というものを満喫できてなかった分、今を存分に楽しんでいる雰囲気に文句も言い辛い。
「あれ? 鈴木くん?」
人だかりの中心、星咲が俺の登校に目ざとく気付く。
「あ、みんな隣の席の鈴木くんが来たから、ね? どかないと迷惑になっちゃうよ」
なんて星咲が毎度のごとく言うものだから、周囲の視線がチクッと俺に刺さる。
「星咲さん、優しいよね」
「星咲さんは鈴木くんにいつも気をつかってるよね」
「鈴木ってさ、毎回星咲さんに見られてるよな……」
「まさか星咲さんって……いや、鈴木相手にそんなわけないか……」
「あー俺も体調不良で星咲さんと、転入前に知り合える運命だったらなぁー」
なんて隣にいる優一まで、みんなと一緒になって嘆くものだから不快指数がうなぎ昇りだ。
「いや、ほんと代われる運命だったら代わって欲しかったわ」
せめてもの反撃を口にして、俺は自分の席につく。
本音をもらしながら席につけば、お約束事のように星咲が俺に絡んでくる。
「鈴木くん、どうだった?」
どうだった、とはきっと【シード機関】のことだろう。
そういうのは人がはけてからしてほしい話題だったが、ここでとやかく言うのも面倒だったので素直な感想を述べておく。
「特に何も」
「ふぅん?」
なんとなく【シード機関】の話題が続きそうだったので早めに内容を切り替えてしまう。
「そういえば星咲。アイドルが好みそうなシール? って何か知ってるか?」
「シール?」
「そう、シールだ」
実は昨日、お友達になった小学生女児、甘宮恵が明日はシールの見せ合いっこをしようと提案してきたのだ。俺は『なんでシール?』という疑問を飲み込み、アイドルの間じゃシールが流行っているのかもしれないと予想した。
しかし、シールなんてものを高校生の俺が喜び勇んで持っている、なんてありえない。だからその辺の事情に詳しそうな星咲から、どんなシールを持って行けばいいかを聞き出したかったのだ。
「シール……うーん。そういえば小学校低学年から中学年の頃、女子の間ではシールが流行ってたよね?」
「……そうか?」
記憶をほじくり返してみるが、確かにそんなような風景があったかもしれない、と思えるぐらいだ。
「なんでシールなんか?」
「いや、こっちが聞きたいぐらいなんだが……アイドルの間でシールが流行ってるんじゃないのか?」
「そんなことないけど。誰かにシールを持って来てとか言われたの?」
「い、いやっ……」
小学生女児とお友達になった、なんて事実をこの場で口にはしたくない。
「ふーん? 鈴木くん、何かボクに隠しごとしてないかなー?」
にまぁーと笑う星咲。
面白そうなネタを前にした悪辣記者のような、怪しい笑みを向ける星咲には事実を言うわけにはいかない。
「シールが必要なら一緒にボクと買いに行く?」
この発言で、クラスにザワリと波紋が広がるが……俺の顔面には苦渋が広がる。
ほんと、わかってやってるのか? お前みたいなトップアイドルに俺なんかが誘われた、なんて勘違いでもされたら面倒事になるんだっての。
「い、いやっ……必要ない」
俺と星咲の一連の謎な応酬を耳にしたクラスの連中は、首を傾げるばかりだろう。
みんなから『何の話をしてるのか』と問いただされても、俺はむっつり顔で『星咲に聞いてくれ』の一辺倒。対する星咲もニコニコ顔で『鈴木くんが教えてくれないから、わからなーい』と言い出す始末。先にアイドル関連の話をふったのはお前だろ! とツッコミたくなるのを我慢して無言を貫き通す。
「やっぱり星咲さんと鈴木くんって何かあるよね」
そんな誰かの呟きが耳を掠めた。
周囲の喧騒に呑まれるばかりで俺は気付いていなかった。
クラスの隅でジッと俺と星咲の様子を観察している切継愛の視線に。
◇
放課後、【シード機関】にて。
休憩時間中、俺は隣の席にいた甘宮恵に約束通りシールを見せた。
「これが、お……わたしのシール」
何のシールを買えばいいのかわからなかった俺は、どうせ金を払うなら自分の知ってるものが欲しかった。最近ちょこっとやり始めた『シャドウブース』というアプリゲームの、ウェハース(108円)を3つほど購入し、3枚のシールを手にしたのだ。
幸いにして俺の好きなブスキャラのキラシールが当たったので、損をした気分にはならなかった。
「えっと……白星さんのシール……う、うん……す、すごいね?」
俺のシールを目にした甘宮恵の返答はぎこちなすぎだ。そんな反応に、『シャドウブース』のシール付きウェハースなんて買わなければよかったと思った。
「えっと……えっとね、これが私のシール帳なの」
シール帳と来たか。
なにやら煌びやかにデコレーションされたソレを、彼女は宝石を扱うかのように慎重な手つきで俺に見せてくる。余程大事なものだと判断した俺は、ゆっくりとそのシール帳を手に取り、めくる。
「す、すごい……」
そこには未知の世界が広がっていた。
まず、おれが持ってきた単調な四角いフォルムのシールなど一枚も見当たらない。大小さまざま、姿形も自由自在、まさにシールの宝庫に収まるべくして収まった宝石たちを前に、感嘆の息を漏らさざるを得ない。
一元にシール帳といえど、乱雑に張られているわけではない。
動物をモチーフにしたキャラものから始まり、雫や木々、可愛らしい植物キャラなどの自然環境もの、少女キャラや化粧品、リボンやアクセサリーなどのキラキラビーズ入りものなど、綺麗にバランスの取れた配置で保管されているのだ。
「これは……予想以上にす、すごすぎる……」
「ほ、ほんと? よかったぁ、白星さんに気に入ってもらえて! と、とくにわたしの大好きなシールはねっラメ入りぷっくりシールなの!」
彼女が指差すのは確かに可愛らしいクマさんのシール。
しかし、これもただのシールではない。親指サイズの大きさで、ぽこっとふくらんでいる。さらにシールの中に水が入っているのか、底のクマさん絵柄が綺麗に輝いている。
「普通のぷっくりシールも可愛いの」
下にイラストが描いてあるタイプから、シールそのものがキラキラチェリーや水滴型のものまである。指先で押してみるとぷにっとしていて、妙に癖になる感触が心地よい。
「こっちは香り付きシール。いい匂いでしょ?」
リンゴやみかんのシールに鼻を近づければ……。
ぬああああ。なんと食欲のそそる香りなんだ!
みずみずしくジューシーなッリンゴが食べたくなってしまう!
「こ、これがシール帳……なんて素晴らしい……芸術かよ」
「そんなに喜んでもらえるなんて、わたし嬉しい。今度いっしょにシールを買いにいこうよ」
「お、おう……あ、はい」
シール革命によって打ちひしがれている俺に対し、妙に興奮気味の甘宮恵は更なる追撃を敢行してきた。
「あの、白星さん。お、お友達の印に、その……わたしのプロフィール帳に白星さんのプロフィールも書いて欲しくて」
そう言ってバインダー式の可愛らしい装丁が施されたノート? を手に取った彼女はカチリとバインダーを開ける。そして一枚の用紙を取り外し、俺に手渡してきた。
「こ、これは……」
「うん、いろいろと白星さんのことを書いてくれると、いっぱい白星さんのことを知れるから」
手渡された紙には、誕生日や好きな食べ物、嫌いな芸能人、愛読してる漫画のタイトル、休日は何をしているか、好きな人は誰かなどの質問事項が記されていた。
「白星さんのプロフィール帳も渡してくれれば……わ、わたしなんかでよければ書くよ?」
書きたい、と女児の顔が語っている。
しかし、そんなものを俺が持っているわけもない。
「えっと……今日はプロフィール帳を忘れて来ちゃったから、明日書いてもらってもいいかな?」
ぱっと顔を輝かせる甘宮恵を見て、内心で出費がかさむなぁとゲンナリする。しかも傍で期待の眼差しを向けてくるものだから、今すぐにでもプロフィール帳を書いてほしいって女児の熱い思いがガンガン伝わってくる。
仕方なく、いろんな質問の答えを自分なりに書き加えていく。
「白星さんの好きなマンガ……リボソとかちゃーおにはないマンガだね。呪術旋回とチョリソーマン……脱走のフリーランに進撃の狂人かぁ、わたしも読んでみようかなぁ」
そして最後の枠には、おそらく甘宮恵直筆のオリジナル質問コーナーがちょこっと足されていた。
質問の内容は『どの事務所に所属するか』という内容だった。
ちなみにアイドル事務所の大手は三つで『スターズ』『戦国』『ときめきはーと』だ。
『戦国』はアンチ・ライブを得意とする魔法少女が多い。つまりは武道派だ。対する『ときめきはーと』は純然たるアイドルとしての広報宣伝活動が多い。強力な【魔史書】を持たない魔法少女の比率が多く、戦闘以外の分野、楽曲作りや歌唱やダンス、ライヴやイベントなどに力を注ぐ場面を多く提供してくれる事務所だ。
そして、その両方をバランスよく取り入れたのが『スターズ』。
星咲や切継が所属する事務所だ。
ちなみにアイドル序列、現トップ10位の割合は『戦国』所属が5人、『スターズ』が3人、『ときめきはーと』が2人となっていて、事務所の力関係がわかりやすい。
「所属事務所、か……」
そう口にしてチラリと甘宮恵を見れば、彼女は顔を真っ赤にしている。しかし、口をつぐんで何も喋る気配はない。
そんなあからさまな照れ隠しをされれば、いくら何でも彼女の真意がわかってしまう。
きっとこの子は俺と一緒の事務所になりたいのかもしれない。
ちょっと意気投合すると、一緒のグループやクラブに入りたがる。いわゆる、小学生あるあるだ。
しかし面と向かって聞けないから、こんな手段を取ったのか。
なんていじらしくて純粋な……コホン。
なんて姑息な手段なんだ。まぁいい。
この子からは小学生の振舞いが何たるかを学んでいる。持ちつ持たれつの利害関係が一致しての絡みなわけだ。この子が俺と同じ事務所に所属したいというのなら、俺としては傍に小学生の見本がいるのは好都合。
正直に書いてやろうではないか。
俺は星咲が所属している『スターズ』と記入。
あいつがいるなら、色々と工面してもらえるだろう打算と期待を込めての選択だ。
「ほ、ホッシー様や魔王さまの事務所なんだね」
魔王……?
なんてダサい名前なんだろう。
しかしやはり星咲は有名なようだ。
「甘宮さんは星咲……さんについてどう思うの?」
「も、ものすーっごく可愛くて……強くて、輝いてて……全魔法少女アイドルの憧れ、だと思う」
甘宮さんはトロンとした表情で語る。
さすがは【不死姫】なだけあって、星咲の評価は【アイドル候補生】の間ではめちゃくちゃ高そうだ。
「魔法少女に変化? かく、めい? を起こした【百合姫】さまって先輩たちが呼んでるのを聞いたこともあるよ……序列の他にも、何か……わからないけど、すごい人だと思う」
【百合姫】……嫌な予感しかしない。
まぁ、あいつの評判は総評して『すごい』の一言か。
そうこうして小学生女児が何たるかを甘宮恵から学び、休憩時間は終わった。
次の講義はレッスンだ。
何のレッスンかといえば、ダンスレッスン。
戦いだけでなく、アイドルとして人々の心を掴むのならば最低限は歌って踊れなければお話にならない。
だからこそ【アイドル候補生】のうちに詰め込めるだけ詰め込むらしい。もちろんデビュー後も練習を積み重ね、パフォーマンス力を上げなければいけないようだが……。
今日は俺たち【アイドル候補生】の1ランク上の序列、【アイドル研修生】によるダンスレッスンの直接指導なのだ。
いったいどんな【アイドル研修生】が来るのやら、教室内の空気は期待でざわついている。もちろん俺もどんな奴に教わるのか、興味がないとは言わない。
だが、どうにも嫌な予感がする。
そんな俺の思いはどうやら的中してしまった。
「さてさて、演舞の時間じゃな」
「お姉ちゃん。ダンスレッスンですよ」
教室内に入って来たのは、ゴシックロリィタ服に身を包んだ金髪ツインテールの少女二人組。
そして、その美しく整った顔は瓜二つ。
「うむうむ、そうじゃったなぁ。さてさてみなの衆」
「足腰立たなくなるまで全力レッスンか、筋肉痛で明日は地獄にもだえるレッスン、選んでください?」
大志を殺処分した張本人たち。
双子の姉妹、汝乃ロアと汝乃リアだった。