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「加藤さんの頑張りには、わたしも感心していたのに。本当に申し訳ないことをしてしまって」と笹岡さんも頭を下げた。
みんなにすまなそうな顔をされて、わたしは逆に恐縮してしまった。
「い、いえ。そんな、皆さんで謝らないでください。わたしとしては、自分の力では絶対できないことをいろいろと経験させていただけただけでも、ありがたいことだと思っています」
「加藤さん……」
紀田さんはもう一度深々と頭を下げた。
「いえ、本当にもう、お気になさらないでください」
紀田さんはため息をついて、それからわたしに親しみのこもった目を向けた。
「わたし、仕事を超えて、とても楽しみにしていたんですよ。加藤さん、お会いするたびにどんどんお美しくなられていたから。香坂さんがあれほど強く『この人じゃないとだめだ』とおっしゃった理由がわかってきて、イベントでどんなお姿を見せていただけるのかワクワクしていたんですけれど。だから本当に残念で」
思いがけないほめ言葉に、わたしは頬が熱くなってくるのを感じていた。
「そんなふうに言っていただけて、ほんとに光栄です」
その後、ジムやエステ、それに毎日食事を提供してくれたカフェの皆さんに挨拶してから〈リインカネーション〉を後にした。
皆さんにはああ言ったけれど、一人になってみると、心にぽっかり穴が開いたことがわかった。
おかしな話だ。
モデルを続けることを悩んでいたのだから、やめることができてちょうど良かったと思ってもいいはずなのに。
でも、なくなってみてはじめて、自分が今回のプロジェクトでどれほどの充実感を得ていたか痛感していた。
本当は続けたかった。
でも、やっぱり、自分には分不相応なことだったんだ。
モデルをすることも。玲伊さんと日常的に接することも。
長い長い夢を見ていた、そんな気持ちだった。
そんなことを考えながら、ビル前でぼんやりと信号待ちをしていると、玲伊さんが「優ちゃん」と追いかけてきた。
「玲伊さん」
荒い息が少し落ち着くと、彼は頭を下げた。
「昨日は本当にすまなかった」
玲伊さん、いつもより硬い表情をしている。
慌てて、わたしは顔の前で大きく手を振った。
「いえ、謝るのはわたしの方です。昨日は混乱していて、それに酔って頭も痛くて、せっかく来ていただいたのに追い返すようなことをしてしまって、本当にすみませんでした」
「いや、とにかく俺が悪かった。それで、しつこいようだけど、優ちゃんにどうしても話したいことがあるんだ。今晩、どこかで会えないか」
わたしは彼の目を見て、少しの躊躇も見せずに頷いた。
「わかりました」
玲伊さんはほっと息をついて、少し表情を緩めた。
「それじゃ、後で時間と場所、メールする」
「はい」
「承知してくれてありがとう、優ちゃん」
「そんな……実はわたしも玲伊さんに話したいことがあるので」
「そうか」とひとつ頷くと、じゃあ、と彼は店に帰っていった。
今夜で、夢から完全に覚めることになるんだろうな。
なんだか立ち去りがたくて、わたしは彼が店に入ってゆくまで、その後ろ姿を眺めていた。
***
「ただいま」と書店の引き戸を開けると、祖母が驚いた顔でわたしを見た。
「おや、今日はずいぶん早いんだね」
「うん。っていうか、明日から、もうずっとあそこには行かない」
祖母は顔をしかめて訊いてきた。
「何か、あったのかい?」
「よくわからないけれど、雑誌側の都合でモデルが変わることになって」
「変わるって、じゃあ優紀はもうお払い箱ってことかい」
「そうだよ。だから、明日からはもうおばあちゃんに迷惑かけないですむから。今までごめんね」
荷物を置いて、すぐ戻るね、と言って2階に上がろうとしたとき、祖母がわめくように言った。
「なんだってそんなことになるのさ。優紀がどれだけ頑張ってたか、玲ちゃんだって、その編集さんだって知っているはずじゃないか」
「おばあちゃん、違うの。玲伊さんや担当の紀田さんのせいじゃない。皆さん、ちゃんと謝ってくれたから」
「でも、優紀はくやしくないの、苦手な運動も一生懸命やって、好きなものも食べずに我慢……」
「仕方ないことなんだよ。おばあちゃん、お願い。もうそれ以上、言わないで」
なんとかそれだけ言って、わたしは自室に向かった。