テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜明け前
ボロボロになったコートを脱ぎ捨て、俺は事務所の裏口からこっそりと入り込んだ。
「……痛たた。和幸、救急箱や」
応接間でシャツを脱ぐと、肩の斬り傷がズキズキと痛みおる。
(鮫島の野郎、最後にええプレゼントを残していきおったのう…)
和幸が青い顔をして手際よく手当をしてくれる。
「兄貴、これ……結構深いっすよ。お嬢にバレたら一発でアウトっす」
「……わかっとる。…『猫と喧嘩した』で通すんや」
「無理がありすぎませんか、それ」
そんな軽口を叩いとるうちに、奥の部屋からパタパタと足音が聞こえてきた。
どうやらひまりが目を覚ましたらしい。
俺は慌てて包帯の上から新しいシャツを羽織り、一番上のボタンまでキッチリ閉めた。
「パパ!帰ってたんだ! ……あれ、お顔に絆創膏貼ってる」
ひまりが俺の顔を覗き込む。
頬に掠った傷を、和幸がこれ見よがしに幼児向けキャラクターの絆創膏で隠しおったんや。
「……ああ、これか。…さっきな、道端で困っとる猫を助けようとしたら、ちょっと照れ隠しに引っかかれてな」
「猫さんに? パパ、おっちょこちょいだねぇ」
ひまりはケラケラと笑い、俺の腕に抱きついてきた。
その瞬間、肩の傷に衝撃が走り、俺の顔がわずかに歪む。
「……うっ」
「パパ?おてて、痛いの?」
ひまりが心配そうに俺の肩に手を置こうとする。
俺は反射的に一歩下がり、努めて明るい声を出した。
「……なんでもあらへん!ちょっと肩が凝っとるだけや。それより、ひまり。今日はワシが特製カレー作ったるわ。……和幸、材料買ってこい!」
「……へいへい、わかりましたよ」
それから二時間。
俺は左腕をかばいながら、不器用な手つきで野菜を切り、肉を炒めた。
和幸や長治も手伝いに加わり、事務所のキッチンは戦場のような騒ぎになったが
出来上がったんは、どこにでもある普通のカレーライスや。
「わあ、美味しそう!いただきまーす!」
ひまりがスプーンを口に運ぶ。
「……美味しい! パパ、隠し味に何か入れたの?」
「……ああ。…そらもう特別なおまじないや。度肝抜くぐらいのな」
「?よくわかんないけど、パパのカレー、元気が出るね!」
ひまりの笑顔を見て、ようやく俺の戦いは終わったんやと実感した。
鮫島は消え、過去の因縁も警察が預かっていった。
ワシの右肩には一生消えん傷跡が残ったが、そんなもんは、この穏やかな食卓を守るための安い代償や。
「パパ、また作ってね」
「…おう。今度はもっと美味いの作ったるわ」
俺は絆創膏を指でなぞりながら、少しだけ苦い、だが最高に温かいカレーを口にした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#シリアス
17
134