……別れを告げられたところで、何も心は動きもしなかった。
ただ、空虚な思いだけが広がって、重い足取りで自宅へ戻った。
出勤にはまだ時間があって、冷めた気を少しでも持ち直そうとして、わざと凝った朝食を作った。料理を作っていれば、余計なことは何も考えずに済んだ……。
作り終えたオムレツをスプーンで突き崩しながら、
もう少しメレンゲを泡立ててみたら、ふわっとした食感になるのかもしれない……などと考えている自分は、まるでデータ収集でもしている本物のアンドロイドのようにも思えておかしくなった。
「こんな風にしかできないのだから、仕方がない……」
誰に言うともなく呟く。
自分はいつまでも仕方のないままで、本気の恋愛などはできないのかもしれないと思うと、
ため息しか出なかった……。
クリニックへ出ると、長く事務を任せている松原さんに「先生、ちょっと……」と、呼ばれた。
「何ですか?」
まだ他には誰も出勤して来ていない診療ルーム内で、
「……政宗先生、また受付の子が辞めると言ってきたんですが、その…関係を持たれたんですか?」
探るようにも訊いてきた。
「関係……」今朝の光景がぼんやりと浮かぶ。
「……もう、いい加減にしていただけませんか? 先生がそうして関係を持つ度に辞められていたんじゃたまりませんから」
「そう、ですね…」適当に相槌を打つ。
「おわかりになっているんですか? お誘いもほどほどにしてくださいと……」
くどくどと苦言を吐く彼女に、(誘ったわけでもない)と思う。
「それから、誘っておいてあっさりと振るのもいい加減にしてください。そのせいでみんな辞職をしてしまうんですから」
(振ったつもりもない)と、加えて思う。向こうから勝手に誘いをかけてきて、早々に離れていっただけに過ぎない。
黙っていると、「聞いていられますか?」と、問いただされた。
「聞いて…いますよ」
言いながら、掛けているメガネのブリッジを指先で押し上げた。
それだけの仕草に、彼女の顔が微かに赤らんだのが知れた。
「……これからは、気をつけますので」
彼女の手を取り、「悪かったですね…」謝罪の言葉を口にすると、
「…そ、そんな…い、いいですから謝ってくださらなくても」
掴んでいる手を、真っ赤になって引こうとする。
彼女も、私の外見に捕らわれている……では髪にでも触れておけば、おとなしくさせられるでしょうか。
横の髪を掬って耳にかけると、耳の縁が朱く染まった。
「や、やめてください! そういうところが、勘違いをされると言っているんです!」
声を上げるのに、「そういうところ……?」と、わざと顔を近寄らせる。
鼻先が触れそうになったところで、
「…と、とにかく、もうお付き合いは控えてくださいっ!」
彼女は後ずさると、診療ルームを走り出て行った。
ルーム内に一人になると、ふっ…と笑いが漏れた。
こんな付き合い方しかできない自分が恨めしく思える。
ただ相手の心を読んで、こうすればその場を凌げるだろうと……誰に対してもそんな関係でしかいられないことに、つくづく嫌気が差してくる。
習得した心理学を駆使しているだけに過ぎない自分は、本当にアンドロイドか何かと同じなのかもしれないと再び感じたら、
自嘲気味な笑いが口元に浮かんだ……。
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