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「おいおい、今日の夕飯これだけ?」
帰宅した透が、ダイニングテーブルを見て露骨に顔をしかめた。
並んでいるのは、小松菜のお浸しと、豆腐のそぼろあんかけ、それにご飯と味噌汁。
「……これでも頑張った方なの。今月は電気代が上がったから、食費をさらに削るしかなくて」
「チッ、これだから無能は困る。俺は外で戦ってるんだ。肉の一切れも出せないのか?」
そう言って彼は、私の目の前でスマホを取り出し、デリバリーアプリを開いた。
迷う様子もなく、5000円もする高級ステーキ重を注文する。
「あ、透さん。私のパート代、今月分はもう……」
「うるさい。これは俺の金で食うんだ。お前には一口もやらないからな」
彼は鼻で笑い、ソファに深く腰掛けた。
自分の贅沢には数千円、数万円を平気で使うのに
家族の食卓には千円の追加すら惜しむ。
その矛盾に、胸の奥が冷たく冷えていくのを感じた。
私は無言で、自分の分の質素な夕飯を口に運ぶ。
ふと、透が脱ぎ捨てたジャケットのポケットから、一枚の紙が覗いているのが見えた。
彼がシャワーを浴びに席を立った隙に、私はそっとその紙を抜き取った。
それは、百貨店の外商カードの利用明細だった。
利用金額、30万円。
品目には「レディース・ハンドバッグ」と記されている。
もちろん、そんなバッグは私の手元にはない。
「……やっぱりね」
悲しみよりも、納得が勝った。
私には月5万円の生活を強いておきながら、自分は外で「金持ちの男」を演じ、女に貢いでいる。
このマンションという「虚飾の城」が、彼の歪んだプライドを肥大化させてしまったのだ。
私はその明細をスマホで撮影し、元の位置に戻した。
そして、昨日父から届いたメールを読み返す。
『更新拒否の通知、本日発送した。数日中に届くはずだ』
その時、玄関のインターホンが鳴った。
書留の配達だ。
「俺が出る!」
シャワーから上がってきた透が、バスタオルを腰に巻いたまま、いそいそと玄関へ向かう。
おそらく、注文したステーキが届いたと勘違いしているのだろう。
「あ? なんだこれ……『重要・賃貸借契約に関するお知らせ』?」
封筒を開ける透の背中が、一瞬で強張る。
私はダイニングの椅子に座ったまま、静かにその光景を見つめていた。
「おい、美咲!これ、どういうことだよ? 『次回の更新は行わない』……『期間満了をもって立ち退きを求める』って書いてあるぞ」
透が真っ青な顔で、書類を突きつけてくる。
私はわざとらしく首を傾げてみせた。
「ええっ、どういうことかしら……。オーナーさんの気が変わったのかしらね?」
「ふざけるな! 滞納もしてないのに、こんなの認められるか!俺がどれだけこのマンションを気に入ってると思ってるんだ!」
激昂する透。
でも、彼はまだ気づいていない。
更新拒否の理由が「家主側の自己使用」───
つまり、オーナーである私の父が
「娘を自由にするために」この部屋を返してもらうことにした、という最強のカードを切ったことに。
「……困ったわね。でも透さん『もっといいタワマンに引っ越してやる』って言ってたし、大丈夫よね?」
「っ……!」
透の顔が屈辱で赤黒く染まる。
彼に、新しいマンションを借りる初期費用なんて一銭もないことを私は知っている。
(さあ、地獄のカウントダウンが始まったわよ、透さん)
設楽理沙
#仕事