BEAST軸
死ネタ
嘔吐表現有り
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ガチャ
扉を開ければ、暗い静かな廊下が俺を迎える。 普段は気にも止めない静寂が今日はやけに不気味で、早く此処から離れようと足を一歩進めた。途端に、グラリと体が傾く。最近まともに休んでいなかったからだろうか、視界が揺れ、喉奥から酸味の強い液体がこみ上げてくる。
あ、駄目だ
そう感じたときには既に手遅れで、強い嘔気に抗えず口からビチャビチャと胃液を吐き出した。
「あ、まぁた君は…」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、背中に暖かい手が添えられる。
「もー、いつも云っているじゃないか、無理はしないでねって。どうして限界を超えるまで頑張るの…」
声が耳に届くたびに、冷や汗が背中を伝っていく。
「ほら、辛いだろうけど立って。寝台に横になったほうが少しはマシになると思うから」
背中をさする手が、優しい声音が、何故だか恐ろしいものに感じる。
此処は俺の家だ
自分しか居ないはずの場所に、どうして人が居る。どうして此奴は俺を介抱する。
「て、め…誰だ…?」
震える体を無理矢理動かし後ろを向けば、黒い蓬髪の男が驚いたように目を見開いていた。
「誰、って………何?働きすぎてご主人様の顔すら忘れちゃったの? 」
知っている。此奴が誰かなんて判りきっている。俺は、この男を厭というほど見てきたのだから。忘れるはずが無い。否、忘れられるはずが無い。
「…まぁいいや。忘れたんならまた教えてあげる。私は太宰治。君の元相棒であり君という犬の「違う」
ドク、ドク、ドク
心臓の音が煩い。身体が不自然に汗ばむ。
「…あのね中也。いくら私の犬が厭だからといっても、事実は覆らない。君が私のわんちゃんであることには変わりないのだよ」
「違う、違うだろ」
先程から感じていた違和感が、より強烈なものへと変わっていく。
「手前は、こんなんじゃないだろうが」
「中也…?」
男が心配を宿した瞳で俺の顔を覗き込んだ。
一つ一つ、自分の知る太宰との違いを確かめる。
「太宰はそんな顔しねぇ」
記憶を辿るように
「太宰はそんな声出さねぇ」
間違いを正すように
「太宰はもっと冷酷だ」
現実を受け止めるように
「だざいは、おれなんかみちゃいない」
叶わない夢を抱かないように
強く自分に言い聞かせる。
「……おまえはだざいじゃない。だざいは、もういないんだ」
「……………そう、だね」
男は今にも泣き出してしまいそうな、それでいて酷く安心したような表情を浮かべて笑った。
「どうして、わたしじゃなかったのかなぁ」
真っ暗な廊下には、首輪を付けた一匹の犬だけがただ呆然と佇んでいた。
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涙が出てきた