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「匡、ボーナス出たら何に使うんだ?」
食事を終え、毎週欠かさず見ているバラエティ番組を前に寛ぐ。友人というよりは家族のような関係だ。ソファに深くもたれて、熱いコーヒーを二人で飲んだ。
「貯金と、実家に少し仕送りして。それから……清心にも今まで世話になった分、返していきたいな」
これはかなり真剣に言ったんだけど、何故か彼は容赦ないデコピンをしてきた。
「痛い! 何?」
「馬鹿。昔のことはいいんだよ。どうせなら将来のために管理しといて」
清心は済まし顔でコーヒーを口にする。
ところが言葉の意味が分からず、匡は首を傾げた。
「えっと……将来って……」
「色々あるだろ。ここよりもっと広い部屋に二人で引っ越すとか」
テレビの音が一瞬聞こえなかった。
清心の声はむしろ小さいぐらいなのに、今も鼓膜に張り付いている。
「二人で……まだ、俺と一緒にいてくれるの?」
「逆に訊くけど、出て行くつもりだったのか?」
「い、いや……でも、ずっとここにいるわけにはいかないかなって」
狼狽えながら言葉を零すと、清心は大袈裟にため息をついた。座面に手をつき、こちらへ寄りかかる。
「前にも言ったろ。嫁に来いよ、って」
「……」
あぁ。
確かに言った。……覚えてる。
一年前、俺が倒れた日。この家の廊下で、よく分からないプロポーズをしてくれた。
冗談だと思ってたけど、本気で言ってくれてたんだ。
「いいの? 俺なんかで」
「俺なんかとか言うなよ。そんなネガティブ思考じゃ、またあの十字路に迷い込むぞ」
「それはやだな。……清心と、ずっと一緒にいたい」
悲しくて泣いたことは数え切れないけど、嬉しくて泣いたことは思い出せない。
匡は目元を軽く擦る。
そんな彼を見て、清心は優しく微笑んだ。
「これからは恋人として。改めてよろしく」
「うん! こちらこそ」
手を取り、繋ぎ合う。
離れることがないように強く握った。
彼が好きだ。
一緒にいると時間を忘れてしまいそうだけど、もうここは時間の止まった世界じゃない。有限の中、与えられた時間を大切にしたい。
人には言えない、言っても信じてもらえない体験をした。……今も見えない力で結ばれている。
二つの道が交差した場所に迷い込んだから手に入れた。
何年先もずっと一緒にいられるように、あの出来事は胸の中に仕舞っておこう。