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「何時でも綴じ蓋になる準備は出来とるでー」
現れたのは見た目ほぼ同じの箱ティッシュ型。
ただ瞳がつぶらだった。
やる気は同じように満ち溢れているようだ。
そして関西弁風……。
「うちを灰汁取りに使ってくれてもよかったんやでー」
とエンボスタイプに言われたので、次の機会には是非使わせてもらうと伝えると、四つ角の一つを使ってくるくるくるっと回って見せた。
たぶん、喜んでくれたんじゃないかな? と思う。
レンソを茹でるのは自分でやろうと、フライパンでお湯を沸騰させる。
お湯を数センチしか入れない方式なので、あっという間に沸騰した。
塩を二つまみほど放ち、レンソの葉を広げ入れてから蓋をした。
三十を数えて蓋を取り、ひっくり返して再び蓋をして三十を数える。
一分以上だとタイマーを使いたくなるのだが、それ以下だと数を数えてしまうのは私だけだろうか?
参考までに夫は十秒以上だとタイマーを使っている。
茹で上がったレンソを余熱が取れるまで流水にさらしておく傍らで、茄子の煮浸しにかかった。
鉄板のめんつゆ味だ。
市販されているめんつゆは甘いという夫の意見があって、自宅ではオリジナルのめんつゆを作ってストックしている。
そのままのノリで、醤油、みりん、出汁の素、水を使って調合した。
割合は、大さじ二、大さじ二、小さじ二分の一に、計量カップ四分の三。
これが二人分だ。
「……そちらが、主様お好みのめんつゆでございますか?」
「うん、そう。これで二人分だから……」
「今回使う分以外のストックも作っておきます」
「ありがとう。お願いしますね」
私の考えを明確に見抜き、手早く手配してくれるノワールには感謝しかない。
仕事ができる人との作業は、しみじみ楽だ。
更に性格の良さがプラスされると、今回のようにストレスレスな作業になるのだろう。
つい慣れている二人用の分量で作ってしまうが、それでも問題はなさそうだ。
熱したフライパンに油を引いて、皮側からスビナを焼く。
スビナに火が通ったぐらいで、先ほど作っためんつゆにたっぷりめのダイコーンおろし、すりおろした少量のウガッショ、めんつゆと同量の水を入れてひと煮立ちさせる。
「……ダイコーンおろしは、もっとすりおろした方がよろしゅうございますか?」
「うーん。一本じゃ足りなかったね。たっぷりめだと美味しいから、追加をお願いしてもいいかな?」
「無論でございます」
丁寧に頭を下げたノワールが、極みシリーズの卸し金にダイコーンをあてる。
「……職人技!」
思わず拍手をしてしまった。
ノワールが握り締めたダイコーンは、一瞬のうちに数センチを残してすりおろされてしまったのだ。
一流料理人も顔負けだと思う。
本当にシルキーは凄い。
ん?
ノワールが凄いのかな?
「恐縮でございます」
静かな微笑を浮かべたノワールは、私の手元を確認しながら、九人分の煮浸しを作るべく、フライパンへ材料を投入し始める。
私は再びひと煮立ちしたので弱火に切り替えて、レンソとるみくのごま和えに取りかかった。
流水で適度に冷めたレンソを絞り、水気をしっかりと切ってから、三センチほどに切る。
「あ! ノワール。白だしってあるかしら?」
「はい、ございますよ? 御方が支援された『和の食材』店、人気の一品でございます」
こじゃれたガラスの小瓶に入った白だしが出された。
「わかりやすい店名だねぇ」
日本人が転生や転移したら真っ先に向かいそうな店名だ。
夫が支援したというのなら、これは日本の調味料じゃないよ! という悲劇にも見舞われないだろう。
「御方支援店の中でもこだわりが強い店なので、品質は常に御方がいらしたときの状態を維持していると聞き及んでおります」
「それは上々。王都を離れるときまでに、一度は覗いてみたいかな?」
「そのときはお供いたします」
ノワールのことだ、私が満足する分をストックしてくれているだろうが、それでも自分の目で見たい。
家具選びよりも断然、楽しい予感がするのだ。
「ふふふ。楽しみだわ」
今一緒にいる人たちとなら大勢での買い物も楽しそうだが、ノワールと二人きりの買い物もまた、楽しいのだろう。
ボウルの中に白だしとごま油を小さじ一、醤油小さじ二を投入。
白ごまはすりごまを大さじ一と、たっぷりめに入れてから、ローストしなくても香ばしい香りのするるみくとレンソを入れて、よくよく混ぜた。
「……ここまで作っておいて今更なんだけど、ネルたち用にもっと細かく刻んだものを用意した方が良かったかしら?」
「いえ、その点の心配はございません。主様に遠慮して上品に食べていたようですが、彼女たちには頬袋があります。人間の一口分に相当する量を一口で頬袋に詰め込んで、ゆっくりと咀嚼する食べ方もできるのです」
リス族の不思議で片付けてもいいのだろうか。
あの小さな口で人間と同量を、一口で食めるのはどう考えても不可能だと思うのだが。
ホラー的な感じで、顔と同じ大きさぐらい口が開くのかもしれない。
今まで全く気がつかなかった!
食べる瞬間はシュールに思えてしまうが、頬袋をパンパンに膨らませるリスの可愛さときたらないので、彼女たちが頬袋に詰め込む様子もやはり可愛らしいに違いない……うん。
マナー違反でないのなら、口に含むところから咀嚼まで観察したいなぁ、と邪な思いを抱きつつ味見をする。
ごま油と白だしがきいている、食べ慣れたごま和えの味だった。
るみくの食感も大変好ましい。
ネルたちも、きっと喜んでくれるだろう。
バッサの綴じ蓋を外せば、いい感じに煮切れている。
頃合いだろうと火を止めて皿へ盛ろうとしたら、これぐらいは自分で! と雪華が手を挙げたので任せた。
皆楽しそうに皿を手にしながら自分の分を盛っている。
仕上がったそばから盛られていく、バイキングが連想された。
そっとレンソとるみくのごま和えのボウルを置けば、ネルたち三人が目をキラキラさせながら山盛りにしてよそっていく。
ちなみにバッサの味噌煮を盛ったローレルの目は、ぎらぎらしていた。
早く食べさせてあげたい。
肉じゃがもいい感じに味が染み込んでいそうだったので、フェリシアを招き寄せて味見をさせる。
イモッコとミートスライムをスプーンの上に載せて。
「はい。口を開けてね。味見ですよ。あーん」
「あ、あーん?」
私にならって口を開けてくれたので、そっとスプーンを差し入れる。
たぶん初めてのあーんに、大きく目を見開いたフェリシアが、肉じゃがの旨味にうっとりと目を閉じる。
「……わ、私。こんな美味しいものをいただいてしまって、よろしいのでしょうか?」
「口に合ったなら良かったわ。勿論、私の家族には美味しいものを食べてもらわないとね」
「家族! 私は果報者です!」
「本当……主様に購入された私たちは、幸せ者ですよねー」
ミートスライムを多めに盛った皿をフェリシアに持たせたセシリアは、自分用の皿には多めのキャロトを盛った。
好き嫌いはなるべくしない感じで、こうやって自分の好きなものを今後も是非主張してほしい。
「スビナの煮浸しも盛ってよいのじゃな? 味見はすませておるからのぅ。毎日食べても飽きない、大変美味な一品に仕上がっておったぞ。さすがは御方の最愛。胃袋を掴んでくるところは、夫婦そっくりじゃ!」
彩絲が絶賛してくれた。
夫と同じ料理上手と言われるのが嬉しい。
私は笑顔で大きく頷いた。
彩絲は遠慮なく、味のしみたダイコーンおろしを山盛りにして、スビナの上へ載せていた。
「豆腐とかめーわの味噌汁、御飯は仕上げてございます」
すっかり御飯を炊くのを忘れていた!
日本人にあるまじき!
と、内心衝撃を受けて固まってしまった私の前に土鍋で炊かれた白米が美味しそうな御飯と、最初に見たときよりも赤さがより鮮やかになったかめーわが、印象深い味噌汁を見せられた。
ノワールのそつのなさに何度目かわからない感動をし、感謝も覚えながら、少なめに御飯を盛り、豆腐とかめーわのたっぷり入った味噌汁の器を持って、既に皆が待っているダイニングへと向かった。
どこからともなく飛んできて肩に止まったランディーニに、全部味見をすませたが、最高に美味だったぞ! と囁かれたのには驚かされた。
全然気づけなかったからだ。
こんなときにこそ、ランディーニの隠密や隠蔽が発揮されているのかもしれない。
ダイニングに移動すると、全員が食事の開始を今か今かと待っているのが見て取れた。
ちゃんとドロシアの席が用意されており、彼女も食べる気満々なのに思わず笑みが零れる。
「これは?」
和食のテーブルには置かれそうにない、フルートグラスが置かれている。
「主様が初めて手作り料理を与えてくださった記念に、開けさせていただきました」
「御方が和食に合うように作らせたシャンパーニュじゃな。この年の品は最高傑作と言われておったのぅ。さすがはノワールじゃ」
「貴女に褒められても、何もお出ししませんよ?」
和食にシャンパーニュ!
夫とも経験していない組み合わせだ。
飲んでも大丈夫だろうか? と思いつつ、乾杯のグラスが満たされるのを見つめる。
夫からの駄目出しはなかった。
帰宅したら、この組み合わせを楽しみましょうね! と頭の中で囁いたら、最高のシャンパーニュを用意しておきますね、と返事があったので、安心する。
良いことの初めては夫と一緒が一番いいのだなぁと、しみじみ感じ入りながら、皆のグラスが満たされるのを待った。
「乾杯!」
長ったらしい挨拶など無用だろう。
私は乾杯の音頭だけを取った。
「最高ですわー! バッサ!」
くっと一息で最高級シャンパーニュを飲み干したローレルの、バッサの味噌煮に感動する声が、まずはダイニングに広く響き渡った。
「私はそのままで食べるのも新鮮で、勿論好物なのですが! 主様の作られるバッサの味噌煮は、生でいただくのと比べものにならないほど、美味ですわ~。味噌味ってこんなに美味しいものだったのですわねぇ~」
「そうよねぇ。味噌ってかなり味の強い調味料だと思うし、見た目もちょっと一般受けしなさそうだけど、味は最高よね! うーん。凄いわぁ。こんなに味がしみているのに、煮崩れしていないなんて!」
ローレルと雪華が感動している。
雪華に至っては、幾度も食べているようで、感想がなかなかに玄人っぽかった。
「基本、魚より肉が好みじゃが、奥方の作るバッサの味噌煮は、生肉を軽く上回るかのぅ……」
「……言葉が足りませんよ、ランディーニ。ブラックオウル種は、生肉が大好物な種族でございます。例外はございません。つまりは主様のバッサ味噌煮は、最高に美味しいということでございます」
口調でランディーニが喜んでいるのは分かっていた。
より丁寧な説明をしてくれるノワールは、私を慮ってのことだろうが、やはりランディーニのフォローは自分の仕事と思っているような気がして、自然な微笑が零れてしまう。
「主様! るみくとレンソのごま和えが、大変美味しゅうございます!」
「レンソが、青臭くないのが不思議だわ……不思議だわ……」
「ごまの香りがとっても、香ばしいのです! こんなにるみくがたっぷり入った、レンソの和え物をいただけるなんて! 私たちは本当に幸せ者なのです!」
三姉妹もごま和えを堪能している。
何故か横一列に並んで、三人揃って頬袋をぱんぱんにしている様は、想像していたよりも愛らしかった。
これを機にどうやらレンソが苦手だったらしいネマが、美味しく食べられるようになってくれたらいいのだが。
向こうだと、ほうれん草はリスに与える餌として好ましくないものだった。
もしかしたらネマの苦手意識は、その辺りに起因しているのかもしれない。
獣人に分類されるリス族には、種族的に食べられない物は少ないとのこと。
やはり同じ料理を一緒に美味しく食べられるのは嬉しい。
「キャロト……キャロトが美味しいのは分かっていましたが……どうして、こんなにイモッコが美味しいの? ミートスライムの肉汁が染み込んでいるからなのかしら。それとも主様が選択された調味料がすばらしいからなの?」
キャロト嫌いの人が見たら絶望しそうなほどに、肉じゃがに入っていた大量のキャロトを速攻で食べ尽くしたセシリアが、イモッコの美味しさに感動しているようだ。
肉を後回しにして野菜優先で食べるのが、何とも兎人らしい。
「うむ。主が使う調味料が秀逸なのじゃ。和食に使われる調味料は、ほんに美味なものが多いのぅ。広めてくださった御方に感謝せねばならぬ」
「やはりそうですか! ミートスライムの肉汁だけだと、自分には重すぎるのですが、今回は肉汁がこんなに美味しいものだと感心もしてしまったのです! 勿論イモッコやキャロトの美味しさには遠く及びませんが、主様が作ってくださる肉料理なら、私でも美味しくいただけそうです!」