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ゑぬ。
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「……はぁ。」
窓の外を流れる雲を目で追いながら、頬杖をついたイオリの意識はとうに授業から離れていた。
(暇だなぁ……。)
(先生何言ってるか全然わかんないし、公式とか覚えられないってぇ…。)
黒板を埋めていく無機質な数式の羅列が、イオリの目にはただの呪文のようにしか映らない。
「えー…じゃあここの問題を、逢沢。」
不意に名前を呼ばれ、イオリの背筋がびくりと伸びる。
「はいっ!!?」
「答えられるか?」
「えー……。」
ノートの上に視線を彷徨わせるも、そこにはろくに書かれていない空白が広がるばかり。
(ヤバい全然わかんない…。)
「…イオリさん、答えは-5xですわよ。」
隣の席から、囁くような小声が耳元に届く。
「あ、ありがとうアスカちゃん!」
「声がでかい……!」
教室中の視線が集まるのも構わず、イオリは元気よく立ち上がった。
「答えは-5xです!!」
「……正解だが、なんでも黛に頼るのはダメだぞ。」
「自力で解けるようになりなさい。」
「はーい!」
軽い返事とともに、けろりとした顔で席に着く。その隣で、アスカは額に手を当てて小さく息を吐いた。
(まったく……返事だけは一丁前ですわね…。)
◇
放課後を告げるチャイムが鳴る前、校内放送がざわめく教室に低く響く。
「えー…今朝、虚獣出現がありましたが、」
「まだ警戒態勢は解かれていないそうなので…皆さんくれぐれも気をつけて帰ってください。」
淡々とした声色とは裏腹に、教室の空気にはほんの一瞬だけ緊張が走った。だがそれも束の間、ホームルームの終わりと同時に元の喧騒に呑まれて消えていく。
もう皆、虚獣に慣れていた。
(はぁ…今日はなんにもありませんわね。)
机の上を片付けながら、アスカは窓の外へぼんやりと視線を投げた。
(…バイト入れておけば良かったですわ。)
そんな小さな独り言も、後ろから飛んできた影に容赦なく掻き消される。
「アスカちゃん!」
勢いよく背中に飛びついてきた重みに、アスカの体が大きくよろめいた。
「うぐぅっ……毎回毎回タックルしてくるのやめてくださいまし!」
「ご、ごめんね〜!」
悪びれた様子もなく、ぺろりと舌を出すイオリ。
アスカが睨みを利かせる間もなく、イオリは両手を合わせて拝み始めた。
「それでアスカちゃん、今日こそオカルト部…。」
「嫌ですわ。」
食い気味の即答に、イオリはがくりと肩を落とす。
「お願いっ!!」
「ほんとに廃部になっちゃうよ!?」
「まだ廃部になっていませんでしたの…?」
わざとらしく驚いてみせるアスカに、イオリは涙目で詰め寄る。
「もうわたくしは半退部状態ですわ。」
「なんでよぉ!?」
「なんでって……あなたとわたくししか部員がいないからに決まっているでしょう!?」
呆れ半分、諦め半分のため息が漏れる。
「別にいいじゃん!」
「ボクと一時間弱おしゃべりできる部活だよ?!」
「もうただのおしゃべり部ですわ…!」
「…というか!なんで先生はさっさと廃部にしませんのよ…!?」
頭を抱えるアスカをよそに、イオリはお構いなしに腕を引っ張り始める。
「とーにーかーく!来てよぉ!」
「オカルトの新しいネタも入ったし!」
アスカ「……。」
しばしの沈黙。それは了承と諦めが半々に混ざった、いつもの間だった。
◇
夕日の差し込む部室の扉を開けながら、アスカは小さく肩を落とす。
(結局来てしまいましたわ…。)
「ほら、いつもの定位置!」
誰も座らないもう一つの椅子を横目に、二人は慣れた様子で向かい合わせに腰を下ろした。
「…それで、新しいネタってなんですのよ。」
「七不思議とか…都市伝説とかは、もうあらかたやり尽くしましたわよね?」
これまで積み上げてきたノートの山を思い出してか、アスカの声にはわずかな倦怠が滲む。
「こほんっ……それは…。」
わざとらしく咳払いをひとつ。もったいぶるように間を置いてから、イオリは声のトーンを落とした。
「四大魔女の噂〜!!」
「……四大魔女?」
アスカは思わず聞き返した。聞き慣れない言葉だったからだ。
オカルト部に所属している以上、それらしい怪談や都市伝説はそれなりに耳にしてきたつもりだ。だが、『四大魔女』などという名前にはまるで覚えがない。
イオリの机の上には、いつの間にか開かれていたノートが一冊。 そこには大きく『四大魔女』と書かれ、その周囲を囲うように、意味の分からないメモや落書きが並んでいる。
「そう!四大魔女…。」
「なんですのそれ…。聞いたことないのですけど。」
「ここ最近、鳥名木市にこんな噂があるらしいの…。」
芝居がかった声色で、イオリはゆっくりと語りだす。
「「真夜中には四大魔女が現れる…。魔女たちは厄災を振りまき…やがて世界をも滅ぼすだろう…。」」
「って!めっちゃ面白そうじゃない!?」
目を輝かせるイオリとは対照的に、アスカの表情は冷ややかなままだった。
「はぁ…いかにも嘘くさい噂ですわね。」
「こんなの、今どきの小学生でも信じませんわよ。」
「別に小学生が信じてなくてもいいもーん!」
「そこじゃありませんわよ…。」
食い違う論点に、アスカはこめかみを押さえる。
「ってことで、今月はこの噂を中心に調査しようよ!」
「…別にいいですけれど…。」
「よしっ!じゃあ、これに決定!!」
「決めるのが早すぎますわ…。」
勢いだけで話を進めるイオリに、アスカが呆れ気味に釘を刺す。
だがイオリはあっさり興味を失ったように、頬杖をついて窓の外を眺め始めた。
「……。」
先ほどまであれほど目を輝かせていたというのに、もう視線は夕焼けに染まった校庭へ向いている。
「………んー…。もう帰る?」
「まだ部室に入ってから十分も経ってませんわよ!?」
「えへへ……ボクは話したいこと話し終わったし。」
「はぁ……なら、もうわたくしも帰りますわ。」
諦めたようにノートを閉じ、鞄を持ち上げるアスカ。その隣で、イオリはすでに帰り支度を終えていた。
「じゃあ一緒に帰ろーよ!」
「今朝も一緒に登校したじゃないですのよ!」
「関係ないよ〜。」
「……まったく…。」
夕焼けに染まる廊下を、二人分の足音が並んで響いていく。
◇
橙色の光が長く伸びる帰り道、イオリはスマホの画面を眺めながらぽつりとこぼした。
「アスカちゃん〜。」
「なんですの?」
「虚獣っていつになったら消えるの?」
ふと真面目な声色になったイオリに、アスカは一瞬だけ目を細める。
「なんでわたくしに……そんなの、分かるわけありませんわ。」
「最近暗いニュースばっかりだなぁ〜。」
ため息交じりにつぶやいたのも束の間、イオリの表情はすぐにぱっと明るく切り替わった。
「……あっ、アスカちゃん見てこれ!」
画面をぐいっと差し出してくるイオリに、アスカは半眼のまま覗き込む。
「…はぁ、またこの方?」
最近ハマっているんですの?」
画面の向こうに映る何かを見つめ、アスカは小さく呟いた。
「魔法少女。」
その一言だけが、夕暮れの帰り道にやけに静かに落ちた。
コメント
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作者コメント┊︎ 部員が二名なのに廃部にならないことには決してつっこまないように。
「四大魔女の噂」、イオリちゃんのテンションが毎回楽しいですね!アスカちゃんの冷静なツッコミとの掛け合いが絶妙で、夕暮れの部室の空気感がすごく伝わってきました。最後の「魔法少女」の一言、何か繋がる伏線なのかな…気になります。二人の距離感が微笑ましくて、次も読みたいです🕯️