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不本意ながら返せなかった魔道具を持って、そのまま辺境伯領へと転移した。
「お嬢様、お戻りになられたのですね! 良かった、これなら間に合います」
唐突にヨハナがやって来て言う。
「へ?」
予告なく帰ってきたのに、自分の部屋に人が居るとは思わなかった。
(教会堂のゴタゴタのせいで、暫く帰って来られなかったのに……)
毎回、ヨハナの勘の良さには驚かされる。
「何を呑気な! 直ぐにお衣装合わせをしなければ、社交界に出向く日に間に合いません」
「……あ、忘れてた」
「そんな事だろうと思っておりました!」
ヨハナは勘ではなく、いつリーゼロッテが戻るかと毎日待っていたのだ。
(もうすぐ、15歳だった。危ない……途轍もないミスを犯すところだったわ)
社交界デビューの日に着るための、衣装の準備がまだだった。1周目でドレスを作っていたせいか、ついそれを持っている気がしていた。
最礼装と、舞踏会用ドレスが必要なので、急いで仕立ててもらわないといけない。
王宮にあがる為に身につける衣装は、王室担当の長官により、細かく定められ発表される。
その日は、規定に沿った最上級の礼装をしなければならないのだ。
(どうやら、前の時と内容は変わって無さそうね)
国王拝謁の儀は、ペティコート、胴衣、裳裾と、髪飾りは羽根と白いヴェールを組み合わせ、さらに髪には魔石か宝石を飾らなければならない。
その他には、白の手袋、靴、それと扇を用意する。
忘れてはいけないのが、衣装に合わせて持つ花を用意すること。白が基調なので、転生前の世界のウエディングドレスに、ブーケを持っているみたいな感じになる。
そんな姿の令嬢達が、ぞろぞろ並んで順番に挨拶をするのだから、かなり凄い光景だ。
よくその中で、ジェラールがリーゼロッテを覚えていたことに、今更ながら感心した。
舞踏会の方のドレスは、変動の激しいドレスコードに合わせる。
前回はデザイナーに全てお任せで、流行に合った物にしてもらったが、リーゼロッテの好きな色、淡いブルーのドレスに仕上がっていた。
(うん。あれは、お気に入りだったわ)
細々したことは侍女達にまかせ、母エディットが親しくしていたデザイナーを呼び、1周目と同じよう希望を伝えた。
採寸を開始しすると――。
リーゼロッテはいつの間にか身長も伸び、ボン・キュッ・ボンとはいかないものの、かなり女性らしい体付きになっていた。
(悲しいかな、転生前のアラサー時代よりも、15歳の今の方がずっと色気があるわ……)
数年後は、リリーそのものになるだろう。リリーを知っている者は少ないので、問題は無いが。
仕上がり日を確認し、リーゼロッテは一度教会へ戻る。
ルイスに会ってからとも思ったが、ジェラールの言葉が頭から離れず――まともに顔が見られない気がしたので、そのまま会わずに転移してしまった。
それから、早速ドレスの仕上がり予定日に合わせて、帰省する日を申請しておいた。
◇◇◇◇◇
――仕上がり日。
リーゼロッテは教会堂を出ると、まずは当日の打ち合わせを兼ね、ブランディーヌの元へと馬車で向かう。
そこからは、伯爵家の馬車に乗り換えたことにし、時間短縮の為に領地へ直接転移するつもりだ。
もともと『時間は有効に使う!』がモットーだったので、計画的に動く。でないと、尻の決まった仕事は終わらないのだ。
デビュー日の打ち合わせを終えると、ブランディーヌからアニエスの状況を詳しく教えてもらった。
ロビンはアニエスの従僕をしながら、時々教会へ出向き、聖職者の資格を取ろうと奮闘しているそうだ。アニエスが教会堂へ入っても、側仕えになれるように――。
教会側も聖女の希望とあり、色々と親切に面倒を見てくれているらしい。
アニエスが教会堂へ移動するのは、近日中になりそうだ。リーゼロッテと入れ替わる時期としては、好都合と言える。
ふと、視線を上げるとブランディーヌが、感慨深そうにリーゼロッテを見詰めていた。
「リーゼロッテ、いよいよね。貴女は本当に素晴らしい淑女に成長したわ」
「お祖母様、ありがとう存じます。失敗しないように頑張りますわ!」
思わず、二人で瞳を潤ませてしまった。
(ここまでお祖母様と親密になれたのは、ループしたおかげね)
◇◇◇◇◇
辺境伯邸に戻ると、待ってましたとばかりにヨハナが待機していて、早速出来上がった衣装の試着を開始する。
(……うわぁ、素敵。なんだか本当に花嫁さんみたいだわ)
飾りやドレープの出方を、デザイナーは何度もチェックしては手を入れる。
暫くすると、ルイスが様子を見にやって来た。
「リーゼロッテ。ドレスの仕上がりは、どうか……な」
鏡の前に立つリーゼロッテに、ルイスは目を奪われ息を呑む。
「どうかしら? お父様……」
照れながら尋ねる。
「……とても、美しいよ。綺麗すぎて、息ができない程だ」
ルイスが掠れた声で言った。
(うっ……恥ずかし過ぎるんですけど!)
思わず俯くと、近付いたルイスがスッとリーゼロッテの髪に何かをさした。
「え?」
「髪飾りに合わせた宝石は大事だからね。ほら、見てごらん」
鏡を見ると、魔石とダイヤが散りばめられた、ネックレスのようなヘッドアクセサリーが、髪と額に輝いていた。
リーゼロッテは息を呑む。
「綺麗……。これ、お父様の……?」
魔石はルイスの瞳の色、強めのブルーにグレーが混じったアースアイのように、何ともいえない美しい色合いだった。
「気に入ったかい?」
「はい、とても!」
「ダンスパーティー用にはこちらだ。着けてくれるかな?」
執事のマルクがベルベットのケースを開けると、同じ魔石で作られた、ネックレスとイヤリングが入っていた。その輝きに、見惚れてしまう。
(確か美しい魔石って……た、高そう!)
ルイスや使用人達がそわそわと、リーゼロッテの返事を待っているようだったので、慌てて返事をする。
「も、もちろんです! でも、こんな高価なもの……良いのでしょうか?」
「リーゼロッテに、私が着けてもらいたいんだよ」
「それでしたら……。ありがとう存じます、お父様」
なぜか「ホッ……」と、その場に居た使用人たちから安堵のため息が聞こえた気がした。
(……んん?)
そして、その意味を――リーゼロッテは、社交界デビュー当日に知ることになった。