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ルシナさんの心遣いを無駄にしないため、おれはこっそりと外へ出た。すると人化フィーサが小走りでおれを追いかけて来た。
「待って~! イスティさま、わらわも行くなの!」
彼女は結構長いこと眠っていたが、様子を見るに完全に回復したとみえる。
「もういいのか?」
「バッチリなの~! イスティさまはギルドに行くなの?」
「ん? ルシナさんに聞いたのか?」
「聞かなくても聞こえてきたなの。だから一緒に行くなの!」
回復した彼女を拒む理由は無い。おれは彼女と手を繋ぎながら、ドワーフが多くいる小屋に向かうことにした。
「イスティさま。疲れは?」
「もちろんあるよ。眠くならないからってのもあるけどね」
「ふ~ん……」
しばらく歩いた所でそれっぽい場所にたどり着いた。ルティたちと岩石を壊しまくった小屋と違い、紹介された所は人が多く行き交っている。町召喚で巻き込まれた冒険者の姿もちらほら見かけるところを見れば、今度は本物のギルドのようだ。
「え~と、確か奥まった所の小屋……」
「どこに行くなの?」
「”メタルスミス”って所かな。金属加工に精通する職人がいるらしくてね」
何かの手がかりをつかめる可能性があるし、行って損は無いはず。
「錆びた剣を加工するなの?」
「知識を得られればいいかなと思ってね」
「浮気は許さないなの!」
「……おれのメインはフィーサだよ」
ガチャで出た錆びた片手剣をいつまでも手元に残しておけない。しかし、捨てるわけにもいかないのが現状だ。
「ごめんください!!!」
この町の小屋はドワーフに合わせているのか全体的に小さい。それだけに声を張り上げてきたことを伝えなければ、彼らを蹴ってしまう恐れがある。
そう思って声を張り上げたが――
「どあほ!! やかましいわ! そんな大声出さんでもわしはここにいるわ、ボケェ!!!」
「すみません。念には念を入れた方がいいと思いまして……」
口の悪い声の主はすぐ目の前にいた。小屋が小さいからといって大声を出す必要は無かったみたいだ。
「――で、何を知りたいんだ? そこのミスリルか? それとも錆びた奴か?」
ドワーフのおっさんは錆びた剣をちらっと見たかと思えば、フィーサに気づいてすぐに彼女を眺めている。人化しているのに一目見ただけで分かるとはただ者じゃない。
「わ、わらわのことが分かるなの!?」
「……ふん、どこからどう見てもミスリルだろうが! 錆びた剣と同様にしばらく磨いて無いからすぐに分かったぞ!」
「磨く……ですか?」
「愚か者め!! 宝剣だろうが何だろうが使い続けるつもりなら磨け。そうでなければ老朽化が進むぞ」
宝剣フィーサはガチャで出した時点ですでにレベルが九百だった。それだけに武器屋で売られている物とは手入れの仕方が異なると思っていた。
しかし――
「いや、彼女の見た目はこんなにも幼いんですよ?」
フィーサはどう見ても少女そのものだ。おれに対する言葉遣いも幼さを見せている。とてもじゃないが老朽化するようには見えない。
「見たところあまり使っていないな。武器は使わなければ駄目になる。ミスリルは錆びにくいが古くなるのは避けられん。言葉遣いが幼いからと油断しているとすぐに駄目になるぞ! 見た目と言葉遣いなぞ、誤魔化しもいいとこだ!」
フィーサの見た目と言葉遣いは素直に受け入れていた。しかし、まさか手入れが必要だったとは驚きだ。
「おいアック・イスティ。小屋に飾っている武器を全て磨け。それが終わったら、ミスリルのことを報酬代わりに教えてやる」
「小屋の武器を……全部!?」
「終わったら声を上げて知らせろ!」
全部を磨くってそれはあんまりだろ。
ぱっと見だけでも武器だけで数十本以上、ほとんどは斧だが磨く面積が広いものばかり。岩石を破壊したと思えば次はひたすら磨くことになるなんて。
――と思いながらもおれは何とかノルマを終わらせる。
「お、終わりました……!」
「遅いっ!! 普段から剣の手入れをしていないから遅くなるんだ!」
疲れ果てているおれに対し、ドワーフのおっさんは怒声と同時に姿を見せた。そのまま小屋の奥から加工に使うための樽を手にしてくる。
「その樽にミスリルだ!」
「はい?」
「早くしろ! その樽にソイツを入れてる間、お前には称号スキルが伝わる! 伝わったらもうここに来るな!」
言われた通りに樽の中を覗き込むと、水銀に似た色の液体が満たされている。フィーサには錆といったものは見当たらないが、ここは覚悟を決めてやるしかない。
「フィーサ、ここに足を上げて入ってくれるかな?」
「……」
どうやら気が動転して言葉を失っているようだ。その隙に小柄な彼女を抱えて樽に移動させた。フィーサは元々軽い布で全身を覆わせているし、それくらいは余裕だった。
得体の知れない液体に入ってもらうのは正直戸惑うものだったが、ドワーフのおっさんがうるさいのでやるしかない。
「よし、アック・イスティ。お前の魔石を出せ!」
「魔石を?」
「ミスリルの名前が見える魔石だ」
「あ、あぁ、フィーサの……」
ドワーフのおっさんは羊皮紙を魔石に押し当て、すぐに握手を求めてきた。
「スキルの伝授はどうやって……?」
「お前がその魔石に触れることで直にミスリルを磨くことが出来る。磨くことでソイツは成長出来るはずだ」
「彼女を樽に入れた意味はどういう――」
「へっ、風呂代わりだ。お前、ロクに洗ってやっていないだろ? ついでに洗ってやれ! 済んだら樽を洗って、ルティシアに返せ!」
入れる必要が無かったのでは――と言ってももう遅い。せっかちなドワーフにしてやられた感じか。
「お前はロキュンテに住むドワーフのお気に入りだ。いつでも技術供与をしてやるぞ」
ルティの樽は使い回しされてんのか?
この扱いだけで判断すれば、おれはお気に入りじゃなくて便利屋扱いなのでは。