1 ラテ
「あーんもう、これも、ボツ!もぉー」
調子悪ぃなぁ……とソファに雑にもたれ掛かった飴村乱数は、横に転がしておいた温くなったエナジードリンクとタバコを手に取る。
「休憩するかぁ……うわ」
「社長、エナドリよりこちらのほうがカフェインが多いらしいですよ」
秘書に雑にエナドリとタバコを奪われる。
彼女はタバコも控えてくださいと言い、そっとテーブルにカフェラテを置いた。
秘書の、丁寧な物言いに対してエナドリという言葉遣いの不自然さに思わず笑みが溢れる。
「今日はふわふわラテアートに挑戦してみました」
テーブルの上のそれを見ると、こんもりと盛られたミルクの泡に顔のようなものが描かれている。
「……ひなた、これは……」
「ウサギです」
およそウサギに見えないそれを、写真に撮り、仲間内のグループチャットに送信するまで5秒。
『おっ、なんだコレ餅か?!』
『おやおや、異物混入ラテですか?』
『う!さ!ぎ!です!』
一瞬で既読がつき、リプライが来るチャットに返信しながら、乱数の秘書である陽葵が詰め寄ってくる。
「乱数!なんでこういうことするの!!!」
陽葵は、ぷりぷりしながらうさぎだったものの上から砂糖をザバっと乗せる。
「しゃ、ちょ、ぉ!んもー2人が来るまでこのままにしとこうと思ったのに潰れちゃったじゃんー」
言いながら、陽葵から奪い返した煙草を咥える。
「ら……社長、そろそろ来るんじゃないの……んですか」
今まで営業職をしていたとは思えないほどたどたどしい敬語でため息をつく彼女。
シンジュクで営業職をしていた彼女を秘書にヘッドハンティングしてから数ヶ月。まだ慣れないのだろうか。
ヘッドハンティングをした理由は、トラブルがあったからと言えばそうだが、彼女がどちら側なのか?見極める必要があると、直感的に感じたからだ。
それ以上に、彼女は面白い可能性を秘めている。
煙草を吸う腕を、ソファの後ろから掴まれ制止された乱数は悪戯っぽく笑った。
何にせよ、面白いのがいちばん。じゃなきゃ意味が無い。
「ん、じゃあさ、預かってよ」
そっと振り解いた手で煙草を咥え直し、陽葵の細い首を左手で引き寄せ唇を寄せる。どうすれば彼女と面白い経験が出来るか?乱数にとっては、それが重要な事だった。
たのもー。と、ドアノブに手を掛けた瞬間に、グループチャットの着信が入り、夢野幻太郎は扉を開ける手を止めた。
これはまた、なんとも形容しがたい……恐らくウサギか何かですかね。
『おっ、なんだコレ、餅か?!』
友人の素っ頓狂なリプライにふっと笑みを零し、更にリプライをする。
『おやおや、異物混入ラテですか?』
美味しそうですね、小生にも……と打ち込んだところで反論のリプライが来た。
『う!さ!ぎ!です!』
ふふ、矢張りウサギでしたか。
そういえば、こんなDJいましたねぇ……と、再びドアノブに手を掛け扉を開ける。
目の前には、口吸い寸前の男女がいた。
乱数が咥えているのは、火のついた煙草。
大方、口移しで煙草を渡そうとしているのだろう。
可能かどうかは別として。
こちらに気付きもしない熱心な2人に声を掛けるとしますか……
「おやおや、公私混同とは感心しませんねえ」
「お前、何してんだよ?ってか危ねーな!」
いつの間にか隣にいた、有栖川帝統が乱数の口許から煙草を奪い取って自身の携帯灰皿に乱暴に突っ込んだ。
「おや、帝統。いつの間に来ていたんです?」
ひょいと携帯灰皿を受取り、中の煙草の火を揉み消しながら問う。無論、いつ来たのかなどどうだって良い事なのだが。
「オンナの顔に火傷でも出来たらどうすんだよ」
帝統はそう言いながら、テーブルの上のウサギだったものを勝手に口に含む。
まるで、自分のオンナかのような口振りに、噴き出しそうになっていると、其所からブーッと何かを噴き出した音が聞こえてきた。
「うわっ、甘ッ」
噴き出す程甘いとは、どの程度なのだろうか。
「あぁ、それ社長用なので……」
陽葵が申し訳なさそうにタオルを手渡す。
「帝統はん……ヒトのモノに手を出すなんて、お行儀が悪いですよ」
「いや、だって3日前から飲まず食わずでよー」
幻太郎なりのダブルミーニングとカマかけなのだが、見事空振りに終わったようだ。
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