「ポジティブマンが俺にこう言ったんだ。
“キャプテンが新しい勇信を生むのって、ある種の特殊能力だろ。あまり落ち込むまず、前向きに生きるんだ”って。
べつに大した話でもなかったんだが、この言葉で少し救われた。そう、俺は属性を持つ勇信を作る『能力』を持ってる」
母体ではない勇信にはない発想だった。
「……まあ、軽く肯定的なアドバイスをしてやっただけさ」
ポジティブマンはうれしそうに立ち上がり、リビングルームを歩きはじめた。
誰かに褒めてもらいたくて歩いているのを皆がわかっていた。
しかし誰も、ポジティブマンに興味を示さなかった。
「俺は整形して、自由になりたかった。吾妻勇信じゃない自分として、外を歩きたいって。そうした心が、デザイナーを生んだ」
「そう、私はデザイナー」
「俺の願望がこうして形になったんなら、すぐに動いてもらいたい。
……ってことで、次のステップに移行する。具体的なシナリオの作成だ」
「どうするつもりだ」
「これから俺はシナリオに集中する。そうすることで何が起こるかは、もうわかるだろう」
「遅かれ早かれ、シナリオ属性の俺が生まれる」
「そういうことだ」
おおっ!
「シナリオ属性の勇信が生まれれば、あとはそいつに任せておけば、いずれ物語は完成する」
おおっ!
「キャプテンの能力か……。さらに俺が増えるデメリットはあるにせよ、救世主となる俺が生まれる可能性もあるな」
「今さら5人だろうが10人だろうが、本質的には同じだ。ふたりの時点でアウトだからな」
「だな。シナリオライターが生まれたら、心置きなく創作できるようサポートする。資料の調査や現地取材など」
「キャプテン、さっさとシナリオライターを生んでくれ」
「仮想現実じゃあるまいし、そんなすぐできるかよ……」
チリンチリン!
そのとき、キッチンのベルが鳴った。
「朝食の用意ができたぞ! 今日は目玉焼きとベーコンだ。それとシェフ特性ドレッシングがかかった、キャベツの千切り」
「ああ、俺は本邸で朝食だったな。忘れてた」
沈思熟考が言った。
「今日は忙しくて行けないと言えばいい。兄さんが帰ってこなかったんだから、抜けてもいいさ」
「そうだな」
沈思熟考はしばらく考え込んだあと、電話で朝食の不参加を告げた。
「さあ、列に作って並ぶんだ」
キャプテン、ジョー、あまのじゃく……。
この世に生まれた順に沿って、勇信たちがキッチンの前に列を作った。
シェフから食糧配給を受ける彼らの姿は、軍隊のそれよりもはるかに整然としていた。
すべての呼吸が完全に一致しており、極めて効率的に朝食がテーブルに並んだ。
朝食がはじまると、勇信たちは静かに座って食べた。
同じ勇信であるため会話は無益だった。
ただそれぞれが、頭を整理しながら黙々と食事を口に運んだ。
人生のデザイン……そしてシナリオ。
全員がこれからの未来に思いを馳せていた。
「おい、シェフ! ついにたどり着いたな」
静かなテーブルに、あまのじゃくの声が響いた。
シェフが作る朝食が、ようやく一定水準へと達したのだ。
きれいに千切りされたキャベツ。
吐き気を催さないドレッシング。
多くの失敗を重ねてできた半熟の目玉焼きと、ちょうどよい火加減のベーコンだった。
「メニューは全員同じだが、食材の産地がすべて別々だ。食中毒の心配をせずに、好きなだけ食べてくれ」
「料理人としての心構えもバッチリだな。完璧な衛生管理と、危機管理だ」
「食べ物は生命の源だろ?
なぁ、デザイナーよ。俺は勇信の健康をデザインする。そんなふうに言ってもいいか?」
「かまわない。健康のデザインは、私の管轄外である」
ごく普通の朝食が、勇信たちに小さな希望を与えた。
これまで問題だった食糧が解決しはじめたことは、この上ない安心につながるのだ。
「料理教室なんて通わずとも、独学でもいけるんじゃないか」
「その時間がないんだよ。1秒でもはやく多くのレシピを習得しなければ、きっと問題が起こる。
偏食こそが猛毒! いくらそれぞれの産地が違っていても、偏食を続ければいつかは病院送りになっちまう」
シェフは料理のレッスン動画を見ながら言った。
すでにランチを考えているのだ。
「とにかく料理に関しては、すべてシェフに任せよう」
満足のいく食事によって、10分ほどでテーブルから食べ物は消えていた。
その中でただひと皿。
デザイナーの皿だけは、半分以上が残っていた。
「デザイナー。どうして食べない?」
「顔面のデザインは、ただ整形するだけでは事足りない。自らの肉体をもデザインすることで、私の目的は完遂へと向かうのだ」
「痩せるつもりか」
「筋肉を削ぎ落とすのか……地獄だな」
ジョーが言った。
「すまない。そしてありがとう」
と誰かが言った。
デザイナーが歩むであろう今後の苦難。
それが何なのか、皆が理解していた。
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