コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
6 マーブルテクスチャ
朝から、嫌な予感はしていた。
『陽葵おねーさん、今日は気をつけてね★』
乱数からの不可解な連絡。
どういうこと?という、返信の答えはいまだに届かず、スマートフォンを気にしながら社の最低な飲み会で安酒を煽っていたのはつい先刻のこと。
目の前には、嬌声を上げる不愉快な女と踏みつけられている大切な人。
そして、頼りないはずの先輩。
「ひ、一二三から離れろ!」
珍しく、声を荒げている。
当の一二三は、どっぽ……どっぽ……と泣きじゃくっている。
「あらぁ、久し振り会う同級生に、その態度は酷いんじゃなぁい?」
あいつ、何処かで見たことあるな……
ふと立ち止まり思案するが、二人へのフォローが先だろうと、陽葵は素足のまま駆け寄った。
「一二三さん……」
静かに声を掛け、肩に手を添える。
「ひっ……!オンナノコ!」
一二三さん……もう、私のことは、見えないんですね。
着ていたジャケットを脱ぎ、一二三の頭に掛ける。
そして、独歩に耳打ちをする。
〝先輩、マイク、お借りしますね〟
返事も待たずに、独歩のジャケットを弄り、政府支給のマイクを奪い取ると、陽葵は、二人と女の間に立った。
独歩は、目の前の光景を疑った。
大事な幼馴染を壊した張本人、そして、大切な後輩が対峙している。
「ひ、陽葵!無理だ!」
女の子がマイクを使うなんて、考えたこともなかった。
推奨もされていなければ、許可すらされていない。
だが、目の前の二人は、それを握り締めている。
その顔は、いつもの後輩のそれじゃなかった。
「先輩、大丈夫です。……扱えるんです……」
思えば、彼女が入社してきたのはこんな時代になって少し経ってからのことだた。ふわふわとした、今時の女の子だった。
でも、今の彼女は。
陽葵は、例えるなら、まるで軍人の様ではないか?
「来ないのなら、こちらから行くぞ」
陽葵がマイクを起動する。
見覚えのある光景。あれはまるで。
「俺、の……スピーカー……?」
画面に映し出されているのは、黄金の薔薇、そしてアスクレピオス。
(俺達を、模している、のか……?)
「うふふ、貴女の大事なモノも、その子なのねぇ?」
有り得ない光景だが、陽葵の渾身のそれも、相手には効いていないようだった。
「これが効かないのか。……それもそうか。では、これならどうだ?」
目紛しく展開される、別の風貌のマイクとスピーカー。
それも、見覚えのあるものばかりだった。
その光景は、まるで珈琲に垂らしたミルクの様で、目が回りそうだった。
「あっ見つけた!」
乱数は自分のした行いに感謝をし、幻太郎は呆れ、帝統は感心していた。
クリーニングに出したという体で、陽葵のスーツに丁寧にドライクリーニングとアイロンを施し、ついでと言わんばかりにGPSを取り付けていたのだ。
「さっすが僕!なぁんか、嫌な予感がしたんだよねぇ〜」
タクシーから飛び出しながら、スキップで繁華街に繰り出す。
「乱数、貴方ねえ……」
幻太郎のお小言など、耳に入らない。
だって、あんなに面白そうなことが起きているのだから。
「おい、あれ見ろよ……にゃ?」
リーマンのスピーカーみてぇだなと帝統が言い掛けたところで、別のものに変化してゆく。
「おやおや……」
幻太郎も珍しく驚いた様子だった。
自分の人生の中で、こんなにワクワクすることなんて滅多にない。
早く辿り着かなきゃ。
「幻太郎!帝統!早くー!」
ワクワクと、不安と、煌めくネオンの渦の中、乱数は堪らず走り出していた。
陽葵は憤る気持ちを落ち着かせようと、シャツのボタンを外した。
これが効かないとなると、混ぜ合わせても問題の無い手を考えなければダメだ。
倒す必要はない。
追い払えればいい。
「うふふ。そろそろ諦めたらどぉ?」
妙に甲高く、不愉快な喋り方が鼻につく。
この女に一矢報いなければ、気が済まない。
たとえそれが、エゴでも。
——此処に居られなくなっても。
「これなら、少しは効くんじゃないか?」
次の手を展開する。
相手を真っ直ぐ見据える巨大な瞳。
耳を劈く喧しいスピーカー音。
そして、頭の痛くなる様な言葉を次々と紡ぎ出す。
「くっ……」
よし。喰らわせた。
だが、こちらも既に膝が折れる寸前だ。
「……あら」
相手の間抜けな声と共に、不意に腰を抱かれた。
独歩……ではなさそうだ。
「ねえねえ、面白そうなこと、してるね♡」
聞き覚えのある、少年の声。
「やれやれ、4対1なんて、些か卑怯な気がしますけど……」
「あ?勝てればなんでもいいんじゃねぇか?」
後ろにいる二人を隠すように、つい先日も助けてくれた三人に体を支えられる。
「……ホンモノ、呼び寄せちゃったか」
陽葵が呟く。
遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。
誰かが騒ぎを見て呼んだのだろう。
「これは分が悪いわねぇ……あたし、帰るわぁ」
今日のところは、ね。と捨て台詞かのように言い去り、辺りに静けさが戻る。
「よし、一件落着★」
「あ、ありが……」
〝お前のことを、俺は知っている〟
ありがとうと言いかけたところで、およそ少年にそぐわない声で耳打ちされた。
「じゃ、タクシー待たせてあるし、僕の事務所にいこっか★」
従う以外の選択肢は、今の所持ち合わせていなかった。