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もしかしなくても、無色透明なガラスの容器を作り上げるのは、この街…もしくはこの国では難しいことだったりするのだろうか?またしても配慮が足りなかったというのか?
いや、待て。私がガラス瓶を作れるという事実はまだ目の前にいる鑑定士ただ一人だ。しかも、彼は私に対する周囲の反応を予想して気遣ってくれたのだ。
ならば、彼の要望に応えて印象を良くし、ヘタに吹聴しないようにしてもらった方が良いだろう。
「問題無いよ。とりあえず、5つくらい作ろうか」
「同時に5つも作れるのかっ!?じ、時間はっ!?時間はどれぐらいかかるんだっ!?それに消費魔力はっ!?」
「落ち着いて。これから実施するから。見れば大体分かるよ」
彼は魔術に深い関心があるのだろうか?それとも、魔術でガラス容器を作製するのが珍しいのか?とにかく、ガラス瓶を作って見せよう。話はそれからだ。
『我地也《ガジヤ》』を発動させて地面を支配し、操作する。
この場所は施設内だし、床は絨毯なのだが、驚いたことに問題無く使用できた。
この『我地也』、自分が地面と認識していれば土や石でなくとも効果が及ぶらしい。相変わらず便利な魔術だ。
発動できてしまえばこちらのものだ。
砂を生み出し、ガラスに変質させて容器を形作る。蓋に関しては、本当ならばラビックが持ち帰ってきた騎士が所持していた酒瓶に使用されていた物が望ましいのだが、『我地也』だけで済ませた方が簡単なので、蓋もそのままガラスで作製する。
「は、早いっ!?たった十秒足らずでここまでの品質のガラス製品を作り上げられるなんて!?それに魔力の消費量も想像以上に少ないっ!?となれば、構築陣は…っ!?な…なんだこの複雑多岐な構築陣は…!?いや、それよりも、こんな複雑な構築陣を何のことも無いように組み立てられるのか…!?!?」
「こんなところかな。大分驚かせてしまったようだね。説明は必要かな?」
「い、良いのかっ!?見せてもらうだけでなく説明まで!?この魔術だけでも一財産になる筈だぞ!?!?」
「構わないさ。この魔術で儲けようなどとは思いもしなかったし、貴方の反応からして説明されたとしてもそれなり以上の魔術師でなければ使用できないようだからね。余程のことでなければ悪用はされないだろう」
「た、確かにそうだが……。ふぅ……。年甲斐にもなく驚いてしまったな。|竜人《ドラグナム》というのは、皆貴女みたいに規格外なのかね…?」
「さて、どうだろうね。私は碌に人と関わらなかったからね。他人のことはおろか、ただでさえ数の少ない竜人のことなど知るべくもないさ」
『我地也』を披露して見せたら、最初の印象などまるで面影が無く非常に驚かれた。
彼が言うには、この魔術ならば金に困ることは無いと言う。まぁ、その気になればゴドファンスがやったように、貴金属も宝石も思いのままだからな。間違いでは無いだろう。
『我地也』の効果を終了させた後の絨毯だが、問題は無い。元の絨毯のままだ。特に破損したり、砂が間に入っているということは無かった。
他の竜人についても聞かれたが流石に私が知るわけが無い。そもそも私は竜人では無いからな。彼の疑問には答えられない。私個人がこういうものだと思ってもらうより他はない。
「それじゃあ、説明するよ。まずこの魔術の名称なのだけれど…」
鑑定士に『我地也』についてざっくりと説明したところで一度待ったが入り、日を改めて正式な指名依頼として依頼を出すので、改めて一から説明をして欲しいと言われてしまった。
依頼にはエリィが説明してくれた、掲示板に張り付けられた依頼書を提示して受注するものと受付に斡旋してもらうものがあると聞いていたが、それに加えて指名依頼という物があるらしい。この依頼は大きく分類するならば受付に斡旋してもらうものに分類されるようだ。
で、その指名依頼というのはその名の通り、依頼人が個人、もしくはパーティーを指名して依頼するものだ。
理由としては、指名した相手にしかできそうにない内容というある意味深刻なものだったり、気に入った相手にこなしてもらいたいという単純な理由まで様々だ。
今回の指名依頼の理由は、前者に挙げたような私にしかできない依頼だから、だな。ただ、指名依頼は”新人《ニュービー》”や”初級《ルーキー》”では受注できないという決まりらしく、早急に”中級《インター》”までランクを上げることを渇望されてしまった。
仕方が無い。シンシアに事情を説明して明日以降は早朝から依頼をこなし、できるだけ早くランクを上げていくとしようか。魔力のレクチャーは少しだけ待ってもらうとしよう。
今は、依頼の完了をエリィに報告に行くとしよう。
「あ、ノアさん。お帰りなさい。少し時間が掛かったようですけど、何か問題があったんですか?」
「あー、問題と言えば問題かな?指名依頼を出したいから早急に”中級”になって欲しいと頼まれてしまったよ。清算を頼める?」
「はい、ギルド証を預かりますね?それにしても、最初の依頼で指名依頼を望まれるなんて、流石ですねぇ」
「やっぱり滅多なことでは無いんだね?」
「それはそうですよ。一応”中級”から指名依頼は受けられますが、そういった方は元から大きなコネを持っていたりするからですし、コネなしで指名依頼を受けるなんて、それこそ最低でも将来が約束された”上級《ベテラン》”からでないと、指名依頼なんて出てきませんよ。こんなことを聞くのはマナー違反でしょうけど、いったい何をしたんですか?」
指名依頼は”中級”から受けられるが、だからと言って、”中級”に指名依頼が来ることは滅多にないそうだ。それが当たり前になるのは”星付き《スター》”からだと考えてよさそうだな。
だとしたら、”新人”が、それも初めての査定で指名依頼を出したいと言われるのは、異常事態にもほどがあるだろう。エリィが何をしてそうなったのか気になるのも無理はない。
周囲に特に冒険者も聞き耳を立てている者もいないようだし、教えても問題無いだろう。それぐらいにはエリィに対して親しみを持っている。だが、守ってもらいたいことはある。
「まず約束をしてほしいのだけど、何をしたのかを聞いても大声で反応しないで欲しい。それで周囲に反応されると、余計なトラブルが発生するだろうからね。仮に大声を出しそうになったら、悪いけれど尻尾で口を塞がせてもらうよ?その点は了承してほしい」
「わ、分かりました。そうですよね。”新人”が指名依頼を出したいと言われるぐらいですから、それだけのことをしたんですよね?…ええ、了承します。教えていただけますか?」
「うん。と言っても、私からしたら大したことじゃ無い。魔術で無色透明のガラス瓶を作ったんだ。その魔術の説明を詳しく教えて欲しい、という指名依頼を出したいと言っていたよ」
「っ!?!?!?」
私の要求を了承してくれたので何をしたのか説明したら、両目を大きく見開いて驚いていた。
その驚きぶりから考えるに、魔術によるガラスの容器の作製は私の想像以上のやらかしだったようだ。エリィが現在のガラスの価値について詳しく説明をしてくれる。
「ノアさん、ガラスという物は、一般的にはまだ製造技術があまり進んでいません。作れたとしても、透明度はあまり高くなくて、無色透明なものはとても希少なんです。無色透明のガラス細工ともなれば、それこそ、時計が買えてしまうほどの高級品なんです」
「その辺りの情報は資料室には載っていなかったな。そもそも、ガラスの情報が無かった」
「当たり前ですよ。”新人”は勿論、”初級”ではガラスに関わることなんて滅多にないんですから」
「で、それだけの高級品を魔術で生み出せるともなれば、当然、現在の経済にも影響が出てきてしまう、と」
「はい。まず間違いなく。ノアさん、このことは…」
「無用なトラブルを避けたいんだ。自分から吹聴など間違ってもしないし、この事実を知っているのは今のところ、査定を行った鑑定士と貴女だけだよ」
「ヒェッ…。責任重大じゃないですか」
この反応は、後悔か。知らなければ良かった、と思ってそうだな。
私が『我地也』の詳細を説明して他者でもガラスの容器が作れるようにならなければ、エリィの精神に大きな負担がのしかかるだろう。
そうなったのは彼女の責任ではあるが、原因の大元は私だ。ならば鑑定士の要望通り、早急に”中級”にランクを上げて指名依頼を達成してしまおう。
そうと決まれば、早速このままエリィに依頼を斡旋してもらうことにしよう。ギルド証も預けたままなので、ちょうどいいだろう。
「そんなわけだから、早いところランクを”中級”まで上げる必要が出来てね。今日はもう一回依頼を片付けようと思うんだ。斡旋を頼める?」
「ええ、ええ、是非、早急にランクを上げて下さい。私の精神衛生を保つためにも。それと、コチラが依頼の報酬です。続いて、受注手続きも済ませますね?」
エリィから今回の依頼の報酬を受け取る。
金額は銅貨26枚と軽貨500枚だ。この軽貨というのは最も価値の低い硬貨で、軽くて柔らかい金属を用いて作られている。
価値が最も低いのは、大量に入手できる上に柔らかいため加工も簡単で、容易に大量生産できるためだ。
この軽貨が1000枚で銅貨が一枚分となる。その価値と考えると、大分その価値の低さが分かるだろう。とは言え、軽貨が300枚もあれば安価な食事の一品ぐらいは食べられるらしい。それは、銅貨一枚あれば小食の者ならば一日の食事が賄える、ということでもある。
つまり、”囁き鳥の止まり木亭”は結構高価な宿だったということだし、ハン・バガーや東大通りの肉串は、店主が言っていたように、値の張る食べ物だったということでもある。
そして、思っていた以上に銀貨の価値が高く、身分証の無い者が街に入るのには結構な値段がしていたということだ。エリィが銀貨数枚を気軽に払えると聞いて、若干引き気味になったも当然だな。
東門の門番も随分な宿を紹介してくれたものだ。だが、銀貨一枚を魔術でポンッと出したのだ。そのぐらいの余裕はあると判断したのだろう。
それはそれとして、早急にランクを”中級”にするのであれば、是非エリィに聞いておきたいことがあったのだ。
「ところで、”初級”や”中級”になるにはどの程度依頼をこなす必要があるのかな?回数に加えて、他の条件もあったりするのかな?」
「”上級”まででしたら特別な条件はありませんよ。それから、”初級”へ上がるには10回の依頼達成を、”中級”へは同ランクの依頼を50回分こなす必要があります」
「50回分というのを、もう少し詳しく教えてもらえる?おそらく、依頼書のランクが関係しているとは思うのだけど」
「はい。現在のランクよりも1つ上回るランクの依頼は、3回で同ランクの依頼の4回分の扱いになります。それに対して、1つ下回るランクは3回で1回分の達成扱いとなります」
「それはまた、割に合わない配分だね。それも、同格のランクを受けさせるための決まり、ということかな?」
「はい。低ランクの依頼を高ランクの冒険者が独占することが無いように、そして無茶をして命を落とさせないようにするためのものでもあります」
苦労して達成した依頼がそれよりも簡単な依頼と、大して功績が変わらないのだ。報酬が良くても人によってはやってられないと思うだろう。そして、低ランクの依頼も、3回こなすのであれば、同ランクの依頼をこなした方が、報酬面でも割に合っている筈だ。良く出来ている。結局のところ、同ランクの依頼を真面目にこなす事が、ランクアップの一番の近道という事なのだろう。
そして、”上級”に上がるまでは特別な条件は特に必要ないらしい。何でも、このルールになってからの最速記録では、たった1日で”中級”に上り詰めてしまった冒険者も、過去には居たらしい。
「受注手続き、完了しました。それではノアさん、ギルド証をお返しします」
「ああ、夕食時にもう1回ここに来ると思うけど、大丈夫かな?」
「勿論。それでは、頑張ってください」
ギルド証を受け取り、冒険者ギルドを後にする。心なしか、私を見送るエリィの視線に必死さが伝わってくる気がする。
さっさと依頼をこなして彼女を安心させてやるとしよう。時間は午後の鐘が四回鳴って少しした頃。依頼内容は先程と同じく採取依頼。場所も同じ場所だ。夕食時までに問題無く帰ってこれるだろう。
「えっ!?あの、今から街の外へ行くんですか!?」
「私がここから出て大体1時間ほどで採取を終わらせて帰ってきたのは覚えているだろう?門を閉めるまでには問題無く帰って来るとも」
「はぁ…。それにしたって、随分急いでいませんか?先程はそこまで急いでいるようには見えなかったのですが…」
「早急に”中級”までランクを上げる必要ができてしまってね。できれば、明後日か明々後日には”中級”にしておきたいんだ」
「そ、そうですか…。あの足の速さと容易に『格納』を扱える魔術の腕ならば、問題無くできるのでしょうね…。頑張ってください」
西門の門番に再び見送られ、つい先ほど向かった森へと向けて、再び駆け出す。念のため、”新人”の3人組が来ていなかったか聞いたところ、[とても恐ろしい竜人の”新人”に出会った]と言っていたそうだ。
それならば、途中で鉢合わせることは無いだろう。だが、彼等にはトラウマを与えてしまったかもしれないな。煩わしいとは思ったが、やりすぎてしまったのは事実は認めないとな。済まなかった。
さて、反省もしたことだし、さっさと採取を済ませてしまおう。
「というわけで戻ってきたよ」
「いや、早すぎません?夕食時どころか、まだ5回目の鐘が鳴る前ですよ?」
「そうは言うけれど、依頼の内容は先程と同じく採取依頼だったし、場所も同じなんだ。要領を覚えれば、1回目よりも時間が掛からないのは当然だろう?」
「はぁ…。それでは、この後は…」
「ギルドに報告だね。一回目も二回目も五つ依頼を受けていたから、これで”初級”に上がれるよ」
「そのペースだと、早ければ明後日には”中級”になってそうですね。」
一時間もせずに戻ってきた私に流石にツッコミを入れずにはいられなかったようだ。
敬語ではあるが、先程よりも言葉遣いが砕けているように感じる。私としては、変にかしこまられるよりは、ある程度親し気に話してくれた方が気が楽だ。
彼との会話もほどほどにして、冒険者ギルドに報告へ向かおう。
「というわけで、行ってきたよ」
「いや、早すぎません?夕食時どころか、まだ5回目の鐘が鳴る前ですよ?」
「さっき西門で一字一句違わないセリフを聞いたよ」
「そういう反応にもなりますよ。前代未聞ですよ?一度鐘が鳴ってからあの森へ行って、次の鐘が鳴る前に帰って来るなんて…」
「このぐらいならばできない人がいない、というわけでは無いのだろう?この程度のことで一々気にしていたら、疲れてしまうよ?」
「つまり、今後もこのレベルの活動をする予定なんですね?はぁ…。分かりました。とりあえず部屋に案内しますから、査定を終わらせてきてください」
エリィの言う通り、私はこの程度のことならば今後も普通に行っていくだろう。彼女には悪いが、これは彼女の精神衛生を保つためでもある。慣れてもらうしかない。
エリィに案内されて一時間ほど前に退出した部屋へ、再び入室することとなった。
「早速ランクを上げるために依頼をこなしてきたよ。査定を頼むね」
「いや、早すぎないか?まだ一時間も経っていないだろう…」
まさか鑑定士の彼にも言われてしまうとはな。
二度あることは三度ある、という奴か。まぁ、ここまでくると辟易とすると同時に慣れても来たな。彼の反応は隅に置いて、ギルド証と納品物を提出していくとしよう。
「流石に3連続で同じことを言われると、少し辟易としてくるね」
「そう思うならもう少し自重すれば……いや、自重してこれなのか?」
「まぁ、そういうことだね。今後もこんな感じで依頼をこなしていくと思うから、その辺りは割り切ってくれるとありがたいよ」
「……了解した。いやはや、本当に規格外だな。貴女の実力は間違いなく既に”一等星《トップスター》”のそれだよ」
彼の判断は、おそらく短時間で依頼をこなしてきたことだけでなく、先程見せた『我地也』の扱いからも判断しているのだろうな。
例え私が彼に『我地也』の説明をしてそれを発動できるようになったとしても、私のように即座に望んだ物を産み出すような事はできないだろう。彼もそれを理解しているから、私の実力を”一等星”相当だと言っているのだと思う。
「悪いけれど、そこまで頑張るつもりは無いからね?あくまで貴方が出した指名依頼を受注できるようにするためだよ?」
「間違いなくこちらのためにやってくれていることだし、実際とてもありがたいのだがね。人間という生き者は、非常識なことにはツッコミを入れたくなるものなのだよ」
「そして、非常識を起こしたものはそれを非常識とは思わないから齟齬が生まれる、と言ったところか。うん、勉強になる。自覚はしよう」
「だが、自重はしない、と?いや、これで自重してくれているんだったな。はぁ…。まさか、この歳になってここまで感情が揺さぶられることになるとはな…。まぁ、[そういうものだ]と認識出来てしてしまえば楽なのだろうな。うん、査定は完了。先程と同様問題無しだ。一応聞くが、この容器は返却が必要かな?」
「まさか。いつでも好きなだけ作れるものを渡しておいて[返せ]などとはいうわけが無いさ」
「では、これはこちらで使っても問題無いのだね?」
「当たり前だろう。好きに使ってくれ。そもそも、それを自分達で作れるようにしたいから、私に指名依頼を出すのだろう?なら、このぐらいのことでケチは言わないさ」
「感謝する。ギルド証を返却するよ。これで依頼完了の手続きをすれば貴女は”初級”というわけだ。この調子で良いのかは分からないが、今後も頼むよ」
この調子で頼む。と言われなかったのは、この調子で活動すれば、否が応でも目立つからだろうな。
私自身は自分の行動を自重しているつもりで行動しているが、それでも周りから見れば規格外なのだ。その自覚だけは、見失わないようにしよう。
それでは、エリィの所で報酬を受け取り、ランクアップをしてもらうとしようか!